019折れず曲がらず、でダンディ!

登場人物
飯田テオ(イイダ テオ):迷うべきことはなく
雨水レイン(ウスイ レイン):不安にすべきこともなく



「なに、この、感覚は――」
 女性の声。
 これは夢だ。夢世界ですらない、ただの夢。
 だが、その夢は確かに、《過去》を映し出していた。
 夢の中、オレンジのリーゼントを持つ高校生、飯田テオは違和感を感じる。
 ほんの些細な違和感だ。だが、《それはやけに危険に》感じる。
 次の瞬間、さらなる声が聞こえた。それは矢纏椿(ヤマト ツバキ)前会長、いや、過去においては現役のはずの生徒会長の声。
「早く離脱するんだテオ! 急いで!」
 焦り。椿の声は焦りに満ちている。
「さもないと君まで――っ!」
 そこで声は途切れた。訪れるのは一切の音を排除した静寂。
 だが、その静寂は長くは続かない。そこに現れた、《者》によって破られる。
「はろーはろー。夢はハッピー? 現実はアンハッピー? そんなあなたに永遠のハッピーをプレゼント~」
 言葉は伝わる。しかし、目の前のそれは人かどうかすら判然としない。《おそらくは》人であろう。だが、その確信をどうしても持つことができない。
 恐怖。
 テオは恐怖を覚えた。その《者》に対する恐怖。根拠など分からない。分からないからこその、絶対的な恐怖。
 その《者》はテオを指差す。テオは、息を飲んだ――。


 ●


 深夜の学生寮。
 自分のベッドの上、体を起こして顔を抑える。
「これが、私の失われた記憶――」
 テオの顔は、ひどく汗をかいていた。


 ●


「ふむ」
 テオは考えていた。
 目の前には小さな村が広がっている。畑が多く、前時代的だ。
 そこかしこでは影で形作られた人々が、それぞれの生活を続けている。
「ふーむ」
 テオは考える。この世界について。
 ここはゆめじが作りし本物の夢世界。らしい。
 先ほど、放課後の教室でスポーツ新聞をチェックしていたテオは、突然の夢路生徒会長による真実の告発を聞いた。
 テオたちが取り戻した会長の記憶。それが開示されたのだ。
 しかし、その内容は今のテオにとって意味のないものだった。
 そして、その告発の途中で急にこの夢世界へと落とされたのである。
「ふーむ」
 と、テオの横、すぐ隣から、その声は聞こえた。
 路肩の石に座り込むテオを真似て、隣に座り、頬杖をつき、考えているような様子で。
「ふーむ」
 もう一度うなった。
「レイン、あまりおちょくらないでくれないか?」
 テオは苦笑いをした。
 いつの間にか隣に座っていたのは雨水レイン、つい先月テオとおつきあいを宣言した少女だ。特権者のほとんどがこの世界に強制的に落とされているらしく、レインも落とされた口だろう。
「ふっふっふ」
 レインはなにやら含んだような顔で意味ありげに笑う。
「テオ、実は悩んでないでしょ?」
 テオは両手を上げた。お手上げというように。
「まったくもって」
 その通りである、と。
 確かに会長が明かした秘密は衝撃的かもしれない。簡単に言えば会長達はテオ達を利用していたのだし、その一方で気を使ってもいたのだ。
 他の特権者達はそれぞれに思うところがあるだろう。
 だが、最早テオにはどうでもよいことではないかと思えていた。
 テオは今まで他校の生徒とも、自分と同じ学校の生徒とも戦いを共にしてきた。
 嘘と真実、そういうものはいかようにあろうとも、そこに戦う皆の意思はそれぞれに真実だ。今更会長が真実を明かしたからと言って、テオがやろうとすることにはあまり変わりがない。
「テオはみんなの幸せがあればいい。結局はそのための戦う相手の姿が分かっただけだもんねー」
 レインは言う。つまりはそういうことだ。もともと背後というのは関係がない。テオにとって大事なのは自分が大事にしていることだけなのだ。ただ、その大事なものが普段自分の周りで笑っている皆の顔というだけだ。
 むしろ相手がはっきりしてすっきりしたと言える。
「でも、その一方で不安があるって顔だよねー」
 レインはテオに擦り寄った。
「レインはなんでもお見通しだなあ」
 テオはちょっと情けない顔をしてみせた。
「ふふふ、好きな人のことは分かるものなのさ!」
 ちょっとテオっぽく口調を変えて、レインは言う。
「参りました」
 テオは観念してみせた。
「で、不安は何かなー? レインちゃんに話してみなさい」
 ふむ、と、テオは言葉を捜した。
「誰なのか、と思ってね」
 誰なのか。そうテオは言い、レインは続きを待った。
「会長の記憶を取り戻すと同時に、私も七日間の記憶を一部取り戻した」
「ふんふん」
 レインは促す。
「そこで前会長達がゆめじの用意したこの状況を打破しようとした時、何者かが現れて邪魔をした、ようなのだ」
 ようなのだ、とはテオも詳しいところまで思い出せるわけではないからだ。
「その何者か、人かすら分からない《それ》がなんなのか。それがある以上、敵の正体が完全に分かったわけではないんじゃないかと思ってね」
 テオは言う。ゆめじだけが全てとは限らないのかもしれないということだ。ゆめじという相手は見えた。だが、まだ何か潜んでいるかもしれない。本当に潜んでいるかも分からないが、自分の記憶にある以上、それは無視できる要素ではない。
「テオはやることがはっきりしてるけど、まだ分からないこともあるって、そういうことかー」
 レインはまとめた。
「じゃあさ」
 立ち上がって言う。勢い良く、跳ねる様に。
「私が不安を取ってあげましょー」
 右手の人差し指を左右に揺らし、演技がかってウインクする。
「ほう?」
 テオが言った次の瞬間。レインはテオの左頬にキスをした。
「な、ななな!?」
 テオの顔が真っ赤にのぼせる。
「ふっふっふー」
 レインは笑った。
「テオには私がいるよ。二人でいれば大丈夫。こないだだって二人でやれたでしょ? だから、大丈夫だよ」
 根拠はない。だが、そこには事実がある。先月の事件を解決した事実。二人で協力した事実。それはテオにとって何よりも、誰よりも心強い《真実》だ。
「ははは!」
 テオは笑った。レインを抱きしめた。思わずキスしたくなったが、レインに止められた。
「二回目のキスは全部が終わってからにしよう! ね!?」
「ふぁい……」
 顔を思いっきり手で押し返されて、返事が妙な声になる。
 しかし、抱きしめた手はそのままに、テオは言った。
「レイン、やはりキミはダンディな女性だ!」
「女の子だからダンディって言うのかわかんないけどね!」
 二人で笑う。笑えばもう、やることは一つだ。
「この世界から出よう」
「うん」
 この世界から出なくてはならない。ゆめじが作った永遠の偽りの世界。
 意思を決めれば、周囲には影の人々が集まり、徐々にレテへと変化していく。二人を元の世界に返すつもりなどないと言う様に。
「レイン、行こう!」
「おっけー!」
 二人はアレセイアを起動する。
 レテが道を塞ぎ、その先に光る祠が見える。
「ふ、出口を教えているようなものだな!」
 テオとレインは走り出した。迷いも不安も、もう何もないのだから。


END


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