001これが紳士のプロローグ、でダンディ!


登場人物
飯田テオ:通りすがりの伊達男
男子高校生A
男子高校生B



 赤黒い空の下、前髪が直角に下に折れ曲がった特徴的な少年がいる。
 やや赤みがかった茶色のその髪は少年の頭よりひとまわり大きなボリュームがあり、後頭部と頭頂部を繋ぐ直角から前髪へ真っ直ぐな形を辿り、前髪は前頭部で直角に下に折れ曲がって右へ流れている。
 異様とも言える髪型の少年は、服装も異様だ。黒いごく普通の学ラン姿、の上に紫色のマワシを締めていた。
 異様な少年は目の前を指差す。そこには、廃墟を背後にして立ち尽くす、白い制服姿の少年がいた。
 困惑するような白い少年に向かって、異様な少年は歯を剥き出し、感情を露にし、しかしその一方で勤めて不細工にはならないように、叫んだ。
「ナンセンスだ――!!」



 ●



 上薙私立夢路第一中学、三年二組。
 放課後の教室で、傾き始めた日を浴びた異様な髪型の少年、飯田テオはスポーツ新聞に目を落としていた。
 教室のど真ん中にある自分の席に座り、背筋を伸ばして新聞を読む。左手は耳に挟んだ赤鉛筆を無意識にもてあそびながら、しかし彼の意識は新聞には無かった。
 失われた記憶、か――。
 ぼんやりと考えをめぐらす。
 昨年末の七日間、夢世界の記憶がすべての人間から抹消されたという事実。
 テオは思う、確かに杞憂すべき問題だと。実際にそれを境に前生徒会長が意識不明になったし、夢世界に関わる三つの学校がお互いを意識するのも分かる。
 だが、その一方でテオは強い思いを抱く。
 それでいいのか、と。
「ようオヤジ、相撲情報のチェックは捗ってるかぁ?」
「オヤジと呼ぶな! ダンディと呼びたまえ!」
 からかい混じりに声をかけてきたクラスメイトは手をひらひらさせて教室から出て行った。
 憤慨した顔で見送った後、テオは再び思う。
 彼もそうだったな――。
 今しがた出て行ったクラスメイトは、昨年に妹が原因不明の病気で意識不明になったという。彼だけではない。どのくらいの数がいるかはわからないが、【犠牲者】はいるのだ。
 街の知らない人たちも、隣のクラスの友人も、等しく犠牲になった人間はいるのだ。
 レテに食われた人間。
 夢世界に出没する怪物、レテ。夢世界に迷い込み、怪物に食われた人間は、現実世界で意識をなくす。
 そう、犠牲者は既にいるのだ。
 ゆえに。
 このような事態だからこそ――。


 ●


 彼は叫ぶのだ。


 ●


「一時的といえど共闘し、敵を倒して記憶を取り戻すのが真の男、ダンディではないのか!?」
 テオが指差す白い少年。その更に後ろ。
 小屋一つあろうかという巨大な人型、顔を持たぬ漆黒の巨人。レテだ。
 白い少年は困惑の顔を見せる。失われた七日間から、三つの学校がお互いに不審を持っているのは今や珍しいことではない。すべての生徒がそうではないが、この少年のように迷う者も少なくない。
「迷いがあるなら見ているがいい。しかし、キミが真の男だというなら――」
 テオのマワシが淡い紫の光を放つ。
「心意気を見せるがいい!!」
 言うや否や、テオは飛び出す。漆黒の巨人に向かって一直線に。
 マワシの光が輝きを増す。テオの特権、昇華の力によって身体能力を引き上げている証だ。
 テオの走る速度が最高に達したとき、頭から巨人レテにぶつかる。
 テオの体は巨人の半分ほどしかない。しかし、巨人に掴みかかったテオはそのまま怒涛の勢いで巨人を押し出し続ける。
 二十メートル。距離にしてその程度を押し出し続けたところで、巨人の肩が盛り上がった。巨人も満身の力でテオを止めたのだ。
 巨人の足が、大地に根ざすように止まる。瞬間。
 テオが動く。右拳は上に、左拳は下に。そして、”漆黒の巨人は空中で逆さま”に。
「仏壇返し……!」
 強化された身体能力にテオの技が合わさったことにより、漆黒の巨人は中空に浮かび為すすべが無い。
 巨人が一瞬だけ身じろぎをし、次の瞬間には霧散していた。
 テオの隣に、白い少年がいる。何を思ったかは分からない。だが、強い眼差しで”振り終えた武器を握り締めて”いる。
 テオの顔が、ふっと緩む。前髪をかき上げ、白い歯がきらめく。
「ふっ、……ダンディ!」
 テオは思う。みな、大事なことを忘れているのだと。
 そして、それを忘れないために、自分はいるのだと。
 それが今の、彼の存在意義なのだ。


END


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