002いざ入学式、でダンディ!

登場人物
飯田テオ:進級してきた伊達男
達磨光瑠(タツマ ヒカル):くせっ毛二年生
安藤中也(アンドウ チュウヤ):生活指導担当教師




 様々な生徒がいる。
 そんなことはどこの学校でも同じだが、その様々な生徒を規則である程度管理しなければならないのもどこの学校も同じだ。
 ここ、夢路第一中学・高等学校でも同じである。
「あー……」
 生活指導室の薄暗い部屋の中、煙草をくゆらせて高等部生活指導担当教師の安藤中也は口にした。
「飯田、……テオ?」
 疑問系。しかし、目の前の特徴的な生徒はそれに答えた。
「はい。父がイギリス人です」
「あ、そう」
 生真面目な答えに中也は後ろ頭をぼりぼりと掻いてしまう。
 中也はまだ三十半ばと若い教師だ。だが、人生経験はそこそこ積んできたつもりだ。そんな彼でも、目の前の“異形”は新鮮に感じられた。
「じゃあ、髪の色は――」
「地毛です。問題はありますでしょうか?」
 問題、ねえ――。
 思う。問題なんじゃねえかなあと。しかしこうも堂々とされると言い出しづらい。
 煙草の煙を無意識に吐き出す。
「先生、校内は禁煙では?」
 テオの問いに、しかし今度は堂々と答える。
「ここは俺の城だ。禁煙にした覚えはない。もちろんお前には煙草は吸わせん」
 答え、顎だけに残した無精まがいの髭をしごく。
「で、お前、その髪型なんだが――」
「ダンディです」
 さえぎられた。思わず聞き返す。
「――は?」
「ダンディです」
 二度言われた。
 テオはその異形ともいえる、後頭部から頭頂部へ直角につながり真っ直ぐ前髪へ平らに固め再び下に向けて前髪から直角に折れ曲がったその髪型を振り上げた。
「この髪型は私の思うダンディの象徴であり、その誇り。ダンディとはつまり紳士。この髪形を維持することこそが私が常にダンディであるという誓いとその証なのです!」
 後光が差した。いや、テオが窓側に立っているだけなのだが。
「――っく」
 中也の口から声が漏れる。
「っくっはっはっはっは!」
 笑い声。天井を仰ぎ、右手で顔を覆い、隠すこともなく笑っている。
「ふむ? なにかおかしかったでしょうか?」
 テオの問いに、しかし中也は笑いながら、ひらひらと手を振って答えた。
「いや、いやいやいや、お前サイコーだよ」
 ひとしきり笑った後、告げる。
「よし、行ってよし」
 そして付け加える。
「とりあえず他の生徒に悪影響がないようにな」
「ありがとうございます!」
 テオが生活指導室の扉に手をかけ、ふと振り向く。
「安藤先生、その髭ダンディですよ」
 サムズアップも忘れない。
「さっさと行け、入学式始まっちまうぞ」
 安藤中也は苦笑いだった。


 ●


「うぇばぁ」
 あくびが出る。喋ってはならないという意識が、あくびに変な声を思わず乗せてしまった。
 達磨光瑠は暇だった。
 在校生が整列し、座らされた椅子の群れ。その中に溶け込んでいるとは言いがたい容姿の女生徒。それが光瑠だ。
 乱れ放題に跳ねまくった長い髪を背に垂らし、子供みたいに足を椅子の前に投げ出す。
 喋ってないからいいよね――。
「――ということで、今日を迎えられるということは――」
 体育館に声が響く。壇上の校長だ。
 早く終わらないかなー――。
 光瑠はこのような行事が苦手だ。そもそもおとなしくしていなければならないと、誰かに強制されるのが嫌だ。
 早く終われ――。
 子供なのである。
 校長の話がいつも通り長くなりそうなので、逃避のために頭の中で思いを駆け巡らせる。
 様々なことをとりとめもなく空想と想像を交え、最後に思いついたのが異様な髪型の少年だった。
 あいつ、結局見つからなかったなあ――。
 春休みよりも少し前、光瑠は夢世界においてその少年に助けられた。現実に戻った後、礼でも言おうかと高校中を回ってみたが、独特で目立つあの髪形はついに見つけられなかった。
 同じ制服だったんだけどなあ――。
 同じ学校の制服である以上、同じ学校だと思っていたのだが、会えていない。
 あー、あれはコスプレだった、とか――。
 突拍子もないことを考える。いい加減校長の話に頭が麻痺してきた証拠だ。
「――では、新入生と進級生を拍手で迎えましょう」
 校長が告げた。同時に体育館中に拍手が鳴り響く。
「――あっと」
 光瑠も慌てて拍手する。
 体育館の花道を、新入生の顔ぶれが列になって歩いてくる。小学校から上がって来たばかりのまだ幼い顔ぶれが通り過ぎていく。
 流石に緊張してるねえ――。
 校長の話が長くても、新入生の緊張を解くまではいかなかった様だ。
「うぇぶあ」
 再びのあくび。拍手を止めなかったのが奇跡だ。
 さっさと終わらないかなあと光瑠が思ったとき、僅かに周囲がざわついた。
「……?」
 周囲を見れば、新入生の入場は終わり、進級生が入場しているところであるらしかった。
 光瑠が顔を、花道に向けると――。
「――あ」
 そこに、あの少年がいた。キャラメルオレンジの目立つ色、そして直角を繋げて固めたような異様で巨大な髪型、それを誇らしく見せ付けながら鷹揚に拍手に答えつつ歩いてくる少年が、そこにはいた。
 少年と光瑠の、目が合った。
「……」
「……」
 お互いに驚いたような顔。しかし、すぐさま少年が表情を変える。変わったその表情は右目を瞑り、にやりと笑う、渋い顔。
 ウィンクだった。
「キ……、キヒヒ――」
 笑いがこみ上げる。
「キャーハハハハハ!」
 光瑠は思わず笑い転げた。なんせあのへんてこで渋い顔の少年は、自分より一つ下の後輩だったのだから。


 ●


 廊下。
 昇降口から入ってすぐ、下駄箱の前にある掲示板に張り出されたクラス割。その張り紙の前に新高校一年生が群がっている。
「ふ、4組か」
 群れの中、他の生徒から一歩引かれてぽっかりとした空間の中、テオは自分のクラスを確認していた。
「おーい」
 そのテオの背中に、とびっきりの気安さを持って声がかけられた。振り向いた先にいたのは壮大なくせっ毛。光瑠だった。
「ああ、ええと」
 一瞬言いよどむ。
「達磨。達磨光瑠っていうんだ」
「達磨先輩、覚えましたよ」
 にやりと笑う。そのシニカルな笑顔は瞳から星でもこぼれそうだ。
「キヒ、ヒハハハハ!」
 思わず笑ってしまう光瑠。しかしテオは顔をしかめた。
「達磨先輩――」
 光瑠は思った。ああ、笑ってしまったのはまずかったかと。しかし、テオは違うことを言い出した。
「その笑い方は淑女らしくありませんな。もっと上品に笑うといいと思いますよ」
「あー……」
 暫しの沈黙。だがそれは、再びの笑い声によって破られた。
「キャハハハハ! 面白い! やっぱお前面白いよ!」
 テオのほうは不服だが、これが光瑠なのだと思い直すことにした。
「飯田テオです。よろしく、達磨先輩」
 軽く頭を下げ、右掌を上にして差し出す。
「? 変な奴だね。握手はこうだよ」
 光瑠はテオの右手を横から握る。
「よろしく! テオ!」
 やや勢いを付けて上下に手を振られつつ、テオは苦笑いをするのだった。


 このとき、二人の気づかないうちに、周囲の生徒は異様な二人組みに近づかないようにすべく、三歩引いた位置から奇異の視線で見守っていた。




END


※安藤先生は勝手に作って出しました。



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