003昼休みの激闘、でダンディ!
登場人物
飯田テオ(イイダ テオ):腹を空かせた伊達男
達磨光瑠(タツマ ヒカル):くせっ毛女子
久保井雀蘭(クボイ ジャクラン):武闘派女子
小一屋梅代(コイツヤ バイヨ):花も恥らう十七歳の乙女
久保井雀蘭は廊下を歩く。
肩ほどまで伸ばした髪は明るく染まり、一房だけ赤いメッシュ。目じりの尖った鋭い眼差しで口はきつく結ばれている。足取りはやや速く、規則正しい。
どこから見てもきつい印象。実際にきついところがあり、武闘派として見られる彼女だが、実は裁縫が得意であったり面倒見がよかったり、これでいてなかなか年頃の女の子でもある。
そんな雀蘭は学校の廊下を歩き続ける。階段を下り、用具倉庫の前を通り過ぎ、規則正しく足早に、堂々と歩いていく。
彼女の目指す先は購買だ。今は昼休み。パンを買うつもりで歩いているのだ。昼休みの購買は激戦が繰り広げられる。それゆえにもたもたする暇などないのだ。
廊下の角を曲がり、購買までもう目と鼻の先となったとき、それに気づいた。
無視してもいい。なんとなくそう思ったが、一応のこと拾っておくことにする。
こうして雀蘭は、それを掴みあげたのである。
●
「光瑠、落し物」
ただそれだけを告げられて、達磨光瑠は振り返った。
「ぶうぇ?」
口の中で咀嚼していたパンによってへんちくりんな声が出る。
振り返り、見ればそこにいるのは雀蘭だ。
「はい、光瑠のでしょ」
そういって雀蘭はそれを投げて転がした。
床に転がされたそれは人であった。どうやら男子生徒らしい。らしい、というのもその男子生徒は酷く汚れていた。全身に靴で踏まれた痕があり、もみくちゃにされた様子が見て取れる。髪の毛など元の髪形が分からないくらいにぼさぼさだ。
「こんなゴミ知らないよ?」
光瑠は切り捨てた。
「ゴミでもちゃんと分別して捨てるべきだろう。こないだこのゴミを光瑠と一緒に見たよ?」
雀蘭もゴミという部分はさらりと流した。
「こんなゴミ、一緒にいたっけ……?」
「ふ、ふふふ、先輩方、なかなか心に刺さる物言い痛み入りますね……」
ゴミが喋った。
「最近のゴミは喋れるらしい」
雀蘭はセメントである。
「はっ!」
気合一発。ゴミ、男子生徒が立ち上がった。
「少々お待ちを!」
言うがいなや、男子生徒の手に長方形の小ぶりな櫛が現れた。三歩下がり、しぱっと一瞬で服をはたく。ついで髪を上に、横に、下に、三度撫で付ける。
早変わり、とでも言うべきか。瞬きの間にゴミから男子生徒へと復活していた。
「おー」
ぱちぱちと二人分の拍手。
男子生徒は背を但し、右手を胸元にあててお辞儀をした。
「こんにちは先輩方。飯田テオです」
ウインク一つ。
「ああ、テオか。おはよう」
光瑠による素っ頓狂な挨拶。
「達磨先輩、おはようございます。もうお昼ですがね」
「ほら、やっぱり光瑠のじゃないか」
「のっていうか、ただの知人じゃん」
「知ってるんだから拾ってあげなよ」
「余計なお世話だよー」
「あの、先輩方――」
テオは、悲しそうな顔で口にした。
「なぜこうなったかは、聞いてくれないんですね――」
飯田テオ、涙がしょっぱい十五歳の春である。
●
テオを交えての昼休み。三人は教室のひとところに集まり、食事をしていた。テオだけ食べるものはなかったが。
「伝説のあんぱん?」
雀蘭と光瑠に聞かれ、テオは答えた。
「そう、伝説のあんぱん! その味は上質なフォアグラの如くクリーミー、高貴なピエール・マルコリーニのチョコのように甘い!」
手を広げて宙を見つめ、情熱的に解説する。
夢路第一中学・高校の購買には伝説と呼ばれるあんぱんがあった。様々な噂があるが、とかく旨いあんぱんらしい。数が少なく、競争率が極端に高いのだ。
「伝説のあんぱんてそんな味だっけ?」
「あたしが食べたのとは違うような……」
「しかし、その争奪戦は激しく、私は敗れ去ったというわけです」
二人の呟きを無視してテオは解説を終えた。
「まあでも、あのあんぱんは美味しいよね」
「そうだね。あたしも何度か食べたが、美味しかった」
テオは悔しそうに顔を歪める。
「私も、食べてみたい――!」
「うーん」
光瑠が言い出した。
「三人で協力したら食べられるかも?」
完全な思い付きであったという。
●
集団。人の集まり。時にそれは暴力にもなりうる。
「うおおおおおお、あんぱんだ! あんぱんを寄越せー!」
「今日こそは俺が!」
「あたしよ! あたしが口にするのよ!」
その集団はまさに暴力であった。
男も女も、すべての生徒が血眼になり、購買へ走る。
廊下の角を曲がり、購買はすぐそこ、となった瞬間。
集団の動きが止まった。
「な、なんだ!?」
生徒の集団が団子になり、ひとところで足止めされる。
その先頭には一人の男子生徒。
「お前、一年の飯田!?」
「ぬぅおおおおおおおおお!」
テオが集団を力づくで止めていた。
「達磨先輩、今です!」
「とう!」
勢いよく、物陰から光瑠が飛び出す。購買へ一目散だ。
「ああ、お前らグルだな!? あんぱんのためにそこまでするつもりか!?」
「ははははは! 戦いとは非情なものなのです!」
光瑠は走る、全力で、購買のおばちゃんめがけて。瞬間。
「あ」
どちゃり。そんなような音がした。見れば光瑠が顔面から床に激突している。
「た、達磨先輩!?」
「うぇー、転んだー……」
その場でうずくまる光瑠。
「あたしに任せろ!」
今度は物陰から雀蘭が飛び出した。
「ふ、予備戦力は控えておくもの! お願いします! 久保井先輩!」
テオの声援を背に受けて、雀蘭は駆けつけた。一目散に、“光瑠の”もとへ。
「――あれ?」
間の抜けたテオを無視し、雀蘭は光瑠に手を差し伸べる。
「痛いか?」
「ぶええ、おでこすりむいた」
「いやそうじゃなくて!?」
テオの突っ込みもむなしく、雀蘭は光瑠の手当てに忙しい。
「おい、どけよ飯田!」
言われてテオは思った。
――こ、ここで道をあけるのは恥ずかしい気がする!
「ど、どけぬ!」
「なにい!?」
「ダンディとしてどけんのだあああ!」
心の叫び。引くに引けない男の叫びである。
と、ずしり、という音がしたような気がした。
――?
不思議に思ったテオの顔が、影に包まれる。見上げてみれば、巨人がいた。
「コー……、ホー……」
怪しげな鉄のマスクから、息遣いが聞こえる。それは、鉄のマスクと女子生徒の制服を纏った巨人だった。
「だ、だれだ貴女は!?」
貴女、と言えたのが奇跡かもしれない。
「ああ!? あなたはボディビルディング同好会の次期部長候補、小一屋梅代ちゃん!」
集団の中の女子生徒が叫ぶ。
「コー……、ホー……」
「身長二メートル、体重一一〇キロ、体脂肪率五パーセント! 舞い降りた筋肉の異名を持つ梅代ちゃんだわ!」
思わず後ずさるテオ。
「こ、これは――。本当に、人間なのか!?」
「ああ、酷いわ! 花も恥らう十七歳の乙女の梅代ちゃんに向かってなんてことを!」
「あ、いや、そんなつもりは――」
そこまで言った瞬間。
めきり、と。
テオが筋肉に包まれた。
「ぎゅうおおおおおおお!?」
丸太のような二本の腕と、分厚い鉄板のような胸がテオを締め上げる。
「んに”ゃああああああああ!?」
変な声がでた。
と、梅代の鋼鉄のマスクが、テオの顔に近づいた。
「あなだ、わだじのごのみ――」
なぜかマスク越しに顔の赤らみが分かる。
「やめろおおおおおおおお!!」
次の瞬間、いろいろなものが折れた音がした。
●
保健室。
午後の日差しを受けて、雀蘭は目を細める。
細めた目線の先には二つのベッド。
一つは光瑠が眠っている。怪我は額のすりむきだけだが、これみよがしに寝ている。
もう一つはテオが眠っている。なんだかいろいろ折れてしまったようで、もう暫くは起き上がれないかもしれない。
雀蘭は窓の外に目を向けた。ブラインド越しに暖かな校庭が見える。
とりあえず、先回りできるならさっさとあんぱんを買えばよかったな――。
二人が起きたら伝えようと、そう思った。
END
※小一屋梅代は適当にでっちあげました。
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