004見越しちゃう入道、でダンディ!
登場人物
飯田テオ(イイダ テオ):妙なことに詳しい伊達男
九那々星(イチジク ナナセ):運動神経の鈍い女の子
綾坂雪織(アヤサカ セツリ):噂を吹き込まれる人その一
久保井雀蘭(クボイ ジャクラン):噂を吹き込まれる人その二
見越し入道知ってるかい?
今の時代、見越しちゃう入道ってのがいるらしいよ……。
●
「ねえねえ、見越し入道って知ってる?」
夢路第一高校一年四組の教室で、独特な色合いの髪を持つ女生徒、九那々星が聞いてきた。
「ふむ?」
聞かれた男子生徒も独特な髪を持っていた。こちらはその形が独特であり、後頭部から頭頂部、頭頂部から前髪、前髪から下に向かってきっちりと直角と直線で構成されたリーゼントと思しき髪型だ。
飯田テオである。
「道に突然僧が現れ、見上げれば見上げるほど大きくなる妖怪。対処法を間違えると殺されてしまったりなどする」
答えながら、那々星の髪を見る。ピンクと白、それぞれがまばらに入り混じったマーブルのアイスクリームのようなそれを見つめながら続ける。
「それがどうしたのかね?」
問い返された那々星が勢いよく前に出た。リーゼントに当たりそうなのでちょっと首をすくめる。
「今はその進化版、見越しちゃう入道が流行ってるらしいよ!」
しばし間を空ける。
はて、見越しちゃう入道とはいかがなものか。いささかちょっと、砕けすぎてやしないだろうか――。
そんな考えをめぐらせつつ、とりあえず口を開く。
「ほう」
相槌。
「でね! 見越しちゃう入道に出会った人は五月病になっちゃうんだって!」
「ほほう」
再びの相槌。
――ネーミングだけでなく、もたらされる害もまた現代的である、と……。
そのような思いを得た途端、那々星が更に乗り出してきた。
那々星の額がリーゼントを押しつぶす。
「興味持ちなさいよ……」
力のこもった言葉で圧迫。
「い、いやいや、そんなことはないぞ。うん。五月病になんてなったら大変だ」
那々星を引き剥がし、まあ落ち着いてと一言を加える。
「ただの五月病じゃないのよ」
やや口を尖らせて不服な顔の那々星だが、口調は真剣味を帯びていた。
「五月病になったらもう、半分くらい意識が戻らなくてあの病院に運ばれちゃうんだって」
「あの病院――」
あの病院。リーゼントを直しながらその言葉の意味を考える。つまり、レテに食われた患者が搬送される病院のことだ。
「見越しちゃう入道は、レテなんだよきっと」
那々星の言うことは真実だと、テオには思えた。
「会長が留守にしている影響、というやつだな」
現在、夢路町の三つの高校の生徒会長が〈失われた七日間〉について話し合うために学校を空けている。そのために各学校の領域で夢世界のほころびが出ているという。
見越しちゃう入道の噂もその一つだと思われた。
「その噂の詳細は掴めているのか?」
「もちろん!」
那々星は親指を立ててみせる。
「では決まりだな」
こうして、見越しちゃう入道討伐が開始された。
●
「ねえオヤジ、縁結びの都市伝説を実行すると五月病になるって知ってる?」
「は?」
いささか既視感を覚えながら間抜けな問い返しをする。
飯田テオは昼休みを学友と過ごしていた。学食のパンを机に広げた瞬間、切り出された会話がこれだ。
「神社で縁結びのやり方があるっていうんだけど、それをやると五月病になるらしいの」
聞きながら、一抹の不安を抱えてテオは問う。
「その五月病はもしや――」
「そう、最近流行ってる病院に運ばれちゃうっていうあれよ!」
得意げに話す女子生徒。
しかし、テオはがっくりとうなだれた。
――会長がいないだけでこれだけほころびが出るって、凄いなあ。
乾いた笑いが顔に張り付く。
「――他人に、頼むか……」
窓の外を見て、呟いた。
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別の時間。テオと同じ心持ちであるとは思えないが、窓から外を見る女子生徒がいた。
久保井雀蘭である。
「む、久保井先輩、黄昏ていますな」
話しかけたテオに、雀蘭が振り返る。
「飯田だっけ?」
「先輩が黄昏れてると絵になりますね! 実にダンディ!」
問われたテオはしかし、有無を言わさず話を交ぜ返す。
まずは一人目と思いながら。
「久保井先輩、女子は迷信とか信じると聞きます」
話を切り出した。
●
同日、夢路男子寮一〇四号室。
綾坂雪織はイヤホンを外して聞き返した。
「……五月病? 早すぎないか?」
聞き返されて、話を振った男、テオは深刻そうに話を続ける。
「とは、思うんですけど」
耳から赤鉛筆を外し、弄ぶ。考えているのは五月病のことではない。どうやって雪織を働かせるかだ。
とりあえず五月病というレテの被害が広がっていると話す方向でまとめようと、話を進める。
これで二人。こんなもので十分だろうと、心のうちで頷いておいた。
●
飯田テオはため息をついた。
まあとりあえず、これで私は見越しちゃう入道に専念できるな――。
そう考えながら廊下を歩く。
行き先は高等部第二保健室。見越しちゃう入道の噂の場所だ。
「見越しちゃう入道の噂は確か――」
テオは噂の内容を頭に思い出す。高等部第二保健室、通称〈開かずの保健室〉。何のことはな
い、ただ使われていないだけの保健室なのだが、その保健室の廊下側のベッドで寝ると、見越しちゃう入道が現れる。見越しちゃう入道は〈どうしても見上げて
しまう〉存在らしく、どんどん大きくなるらしい。
「――そして大きくなった見越しちゃう入道に食べられる、と」
見越し入道とはそもそも、見上げれば見上げるほど大きくなり、人に害をなす妖怪だ。それが昨今では見上げるしかないとはなかなか強制的な都市伝説になったものだ。
「お、ここだ」
そうこうしているうちに第二保健室に着く。
「まずは軽く下見と行くかな」
噂どおりなら寝なければいい。とりあえず下見をして損はないだろうという判断だった。
●
「で、那々星。君はそこで何をしてるんだ?」
保健室の扉を開けて開口一番。テオは疑問の言葉を投げていた。
「んー? あー、テオー――」
言葉を返した那々星はしかし、既に保健室のベッドでほとんど眠りかけている。
「ほらー、やっぱり敵情視察ー? 必要じゃないー?」
こっくりこっくり舟を漕ぎながら質問に答える。
「噂のベッドの隣でー、横になったら何かー、見えるかナーとオモッテー」
だんだん目が閉じてゆく。
「そしたら眠くなってー」
テオは突っ込んだ。突っ込まざるを得なかった。
「君が横になっているベッド。それは噂の廊下側のものだが……」
思わず顔を手で覆ったテオである。
「あれー?」
那々星のいぶかしむ声とともに、保健室が薄暗く、赤い光に満たされていく。
「む!? やはりそうなるか!!」
夢世界に落ちたのである。
「あー、テオー、なんか見えるよー」
目をやれば、那々星が寝ているベッドの枕元に黒い人影が立っている。小さな子供程度の身長。レテだった。
「まさかこれが!?」
テオが驚くと同時に、もはや半分夢心地の那々星がレテに手を振る。
「わー、やっほー」
途端、レテが見る見る巨大になっていく。そのスピードは凄まじく、驚いていた数瞬ですでに天井に頭がつかえているほどだ。
「これが見越しちゃう入道の正体!? 確かに見上げるしかない!!」
ベッドの上から覗き込まれるのである。さもありなん。
「わーすごーい、おっきくなるー」
「ええい、さっさと起きるんだ那々星!」
テオが那々星をベッドから引き抜くと同時に、見越しちゃう入道が天井を割った。
●
校舎が割れる。夢世界の退廃的な風景の中、学校の校舎を黒い巨人が割り崩し、校庭へと躍り出る。
巨大なレテ、見越しちゃう入道だ。その身長は校舎の三階に届きそうなほどで、動くたびに空気の動く大きなざわめきが耳を打つ。
「く、学校が壊されるとは――」
全壊ではなく、一部が崩されただけだが、このエリアの中心である学校が確かに崩されたのである。
会長が留守でよかった――!!
夢世界のことゆえに現実に影響はないと思いつつも、会長がいたら学校を壊すなどもってのほかと怒りを顕にしたかもしれない。
崩壊した保健室から那々星を背負って校庭に出る。背中からはいびきが聞こえた。
「いい加減に起きるんだ、那々星!」
言葉に反応したか、眠い目をこすりながら起きた那々星はあくびをした。
「ふぁ〜。朝ごはん何?」
「あれを見ろあれを!!」
見越しちゃう入道を指し示す。
「わあー! おっきいね!」
もはや突っ込むのも諦めて、テオはアレセイアを起動させた。
「とりあえずこれ以上の被害が出ないうちに見越しちゃう入道を倒すんだ」
紫の光とともに、マワシが装着される。それを見た那々星も慌ててアレセイアを起動させた。
見越しちゃう入道がテオたちを振り向く。対してテオは四股を踏んで見せた。
「やるぞ!」
「うん!」
相撲の立ち合いを構えるテオと、漆黒の槍を構える那々星。奇妙な二人だが、同じクラスのこの二人は妙に息が合うことがある。戦いもまたそうだった。
「おう!」
気合一つ。テオが突っ走る。頭からの前傾姿勢。身を低く、潜り込むような走りで見越しちゃう入道に向かう。
あからさまに大きな見越しちゃう入道にこのまま突っ込んでも踏み潰されるのがオチだ。しかし――、
「階段!」
那々星の声とともに、テオの眼前に階段が伸び上がる。迷いもなく駆け上がるテオ。
階段の伸びる先は見越しちゃう入道の正面、顔のど真ん中だ。
「せい!」
階段から飛び出し、見越しちゃう入道の巨大な顔に張り手一発。顔に対して小さな手だが、昇華の力で強化されたその一撃はのっぺらぼうな見越しちゃう入道の顔面を正面から砕いた。
張り手に入道の体がかしぐ。
瞬間。
テオの体を空中で横から風が薙いだ。強烈な風。それは巨大なものが横から〈振りぬかれてくる〉ためのもの。
見越しちゃう入道の巨大な左手が、無造作にテオに叩きつけられてくる。
「ぬおおおお!?」
巨体の手が振りぬかれる。
しかしてテオは、巨人の左手の、その上空を飛んでいた。
足元には一枚の壁。いや、正確には塀だ。その塀が下からテオを突き出し、変わりに入道の左手に砕かれたのだ。
地面に降り立つテオ。塀に打たれたわき腹が少々痛む。
「ごめん! とっさだったから!!」
塀を出現させた那々星が謝る。しかし、テオは口の端を上げて笑って見せた。
「いや、ナイス判断だ那々星!」
確かにわき腹は痛む。だが、入道の左手をもろに喰らっていたら全身が砕けていただろう。それだけ質量が違いすぎた。
テオは考える。この巨大すぎるレテを倒す方法を。自分の攻撃ではやつにダメージを与えるのは至難の業だ。だから口にした。
「那々星!」
伝える。
「私が隙を作る。君が倒すんだ!」
「え、でも!?」
テオは走る。既に伝えるべきことは伝えた。那々星は運動が壊滅的に出来ないが、自分とは上手くやれる仲間だ。だから走る。見越しちゃう入道めがけて一直線に。
「もー! 階段!!」
那々星も動く。やけくそだが、仲間が伝えてきたのだ、応えなければならない。
伸び上がる階段をテオは走る。今度はもぐりこむそれではない、高飛びの選手のように助走のために勢いよく走る。
テオの左側で塀が吹き飛ばされた。入道の攻撃を那々星が弾いたのだ。しかしそれには目もくれない。
階段から飛び上がる。
「うおおおおお!」
入道の頭、それよりも更に上に跳ぶ。
身を翻し、右腕全体で見越しちゃう入道の、その首の後ろ側をホールドする。
「鴨のおおお、入れ首いいいいい!」
テオの右腕、そのすべてが、最大限の昇華の力で入道の首に食い込む。ごきりという耳障りな音。そしてそのままにテオは地面に向かって両足を〈落とす〉。
「ふん!」
テオの両足が、大地を踏みしめた。同時に、見越しちゃう入道の両手が地面に突き刺さる。入道が前のめりに、動きを止めた瞬間であった。
「今だ!」
「やああああ!」
那々星が走る。走りながら、昇華の力が発動する。
那々星の槍、グングニルは昇華の力を発動することによって敵の弱点、その一点を貫くことができる。入道が動きを止めた今、運動神経が壊滅的な彼女でもその弱点を突くことは可能なはずだ。
槍がうなる。那々星の目に、弱点がポイントされて浮かび上がる。狙うは見越しちゃう入道、その首筋だ。
「あ!?」
瞬間、那々星が何もないところで転んだ。
時間がスローで引き延ばされる。テオのなんともマヌケな愕然とした顔が見える。自分は徐々に倒れていく。
「グングニル、お願い!」
願いをこめて、とりあえず投げ込んだ。
「てい!」
グングニルが宙を飛ぶ。果たしてそれは――。
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黒い巨人が、音もなく崩れ去っていく。
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「ん? おい、あれ見てみろよ」
五月のやや暑くなり始めた日差しの中。教室の窓から校庭を見下ろした生徒が近くの生徒に声をかけた。
「ああ、オヤジと九か」
校庭のど真ん中、テオと那々星が天を仰ぎ見るように大の字で寝転んでいた。
「どうせまたなんか、馬鹿やったんだろ」
あの二人は馬鹿コンビだからなあ。そんな他愛もない会話を、二人の生徒はしていた。
こうして、見越しちゃう入道の噂は消えていったのである。
END
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