006見られてみましょう蒔菜さん
登場人物
出衛工蒔菜(でえく まきな):観察対象
園田雄々勢(そのだ おおぜい):観察者
久保井雀蘭(くぼい じゃくらん):依頼人
達磨光瑠(たつま ひかる):友人
女生徒A:クラスメイト
・五月X日、昼休み
僕が蒔菜たんと出会ってから一年とほんの少しが流れた。出会った時から姫の愛らしさは変わらないが、かなり心を開いてくれたように思う。
僕としてはうれしい限りだ。
●
日差しが少しずつきつくなってきた五月。昼休みという一時の休息を楽しむ教室で、それは回っていた。
くるくると回るそれは人の頭より少し大きなプロペラであり、また、帽子のように見て取れた。なぜそう見えたのかといえば、それを被っている人物がいるからに他ならない。
出衛工蒔菜であった。
回るプロペラの下で、蒔菜は頭を水平に保ったまま器用に弁当箱を机の上に取り出す。
「ねえ、マキちゃん。それ、何?」
顔を上げる蒔菜。正確にはプロペラが落ちないようにやや上向きになっただけだが、そうするとクラスメイトの女生徒が見えた。
「これはおかしなことを」
蒔菜はさも驚いたような声を出す。無表情なままに。
「この可愛らしいピンクの包み、少々控えめな大きさ、女性の持ち物だと主張するかのような円形。どう見ても手作り弁当だと思うのですが?」
女生徒は苦笑した。やや引きつり気味だが別に怒ったり呆れたりしているわけではないらしい。
「そうじゃなくて、その――、プロペラ?」
よくわからない物体なので疑問口調である。
「おお、これでしたか」
無駄に意外そうに言うと、蒔菜は解説を始めた。
「これは雄々勢様が開発なされた『飛べないプロペラ帽子』です。もとは飛ぶことを目指したのですが、物理的に不可能だと気づき途中で変更されたとか。空を
飛ぶことは出来ませんがこの通り涼しい空気を装着者に送ってくれる便利グッズです。強いて難点を挙げるなら重いことですね。後で改良するように雄々勢様を
調教しておきましょう」
一息に喋りきった。女生徒はやはり引きつっているが笑顔で答える。
「そうなんだ」
慣れたものである。蒔菜は常にこんな感じだ。変に突っ込まず、面白い人間として見てやるのが付き合うコツだ。そうすれば見ている分には面白い。
「マキちゃん、お昼一緒に食べよ?」
女生徒の言葉に、しかし蒔菜は無駄に眉根を寄せた。あまり表情を変えずに眉根だけ寄せるという蒔菜の得意技だ。
「大変ありがたい申し出なのですが、私は今からこれを届けなければならないのです」
やはり器用に取り出したのは、もう一つの弁当箱。蒔菜本人のものより幾分大きめだ。
「あ、ひょっとして園田君の?」
問いかけに、蒔菜をこくりとうなずいた。
「きゃー、愛妻弁当!」
なぜかくねくねと体を揺らした女生徒に対し、しかし蒔菜は声を上げる。
「いえ、雄々勢様によれば私(わたくし)は姫だそうなので、愛姫弁当になります」
とんちきな答えだが、女生徒としてはそこはこだわるところではないようだ。
「ラブラブね!」
女生徒が言うと、なぜか親指を上げて蒔菜は答える。
「ラブラブです」
再び女生徒の黄色い悲鳴が上がった。
ふと時計を見やる。昼休みが幾分過ぎてしまっていた。
「これはいけません。早く愛姫弁当を届けなければ雄々勢様が空腹でご冥福されてしまいますね」
プロペラ帽子を机の上に脱ぎ捨てると、二つの弁当を抱えて席を立つ。
「ランチの申し出はまた今度埋め合わせいたします。急ぎますのでこれで」
教室の外へ駆け出した。
「気にしないで、イチャついてきてね~!」
黄色い声援を背後に、教室を出る。雄々勢は部室にいるはずだった。教室から部室までは少々時間がかかる。ゆえに迷いなく、蒔菜はそれを使った。
「ロードローラーだッ!」
意味不明な叫びとともに、雄々勢が作った木製ローラースケート、『ロードローラーくん』で廊下を滑走する。
「きゃあ!?」
「うわ!?」
男子も女子も、滑走する蒔菜に驚いて道をあけてゆく。しかし、道をあけると同時に蒔菜の背中に声をかけていく。
「マキちゃん今日もお弁当ー!?」
「三階の廊下で窓が割れてるから修理してくれないかー!?」
「くそー! 園田の野郎毎日うらやましいな!?」
通りすがりの教師が怒鳴った。
「こら、出衛工! 廊下を走るんじゃない!」
それらすべての声を背後に聞き流し、滑走しながら蒔菜は叫ぶ。
「ただいま大工(でえく)のマキちゃんは超特急で急いでおります。御用の方はお手元のスマートフォン、またはお近くのパソコンからマキちゃん専用伝えたいことフォームまでご意見をお寄せください」
速度が上がる。景色が流れていく。まるで風になったような感覚。そして思う。
これはいけませんね――。
冷静に、とても冷静に考えた。
「これはかなりの確立で止まることができないと考えます」
部室のドアが目の前に迫る。
「緊急ブレーキを作動」
蒔菜は滑走しながら片足を上げた。
●
狭い部室、というよりも勝手に占拠したほとんど使われていない倉庫同然の準備室。
土木建築研究会、通称土研の部室だ。
その狭い部屋でせっせと作業に精を出す一人の青年がいる。ぐるぐるの瓶底眼鏡にぼさぼさの髪の毛。顔つきはやや幼い。
土研部長、園田雄々勢である。
「ふう、できたぞ」
顔を上げ、眼鏡の下をかるく拭くように、手でこする。つぶらな瞳が見えた。
「これでまた一つ、僕の傑作ができてしまったな……」
陶酔したように呟いたあと、そっとそれを工具箱にしまった。
「さて、そろそろ蒔菜たんが来る時間かな?」
言った瞬間。
破砕音。激しく耳障りなその音とともに、土木建築研究会、通称土研の部室のドアが吹き飛んだ。
「うおわああああああ!?」
雄々勢は奇声を上げて飛び上がる。
吹き飛んだドアの方を見れば、開いた入り口から片足を上げてのろのろと滑りつつ入ってくる蒔菜が見える。
「なになになになに!? なんなの!?」
問いかけられた蒔菜はしかし、ゆっくりと滑りながら、やがてぴたりと止まると口を開いた。
「計算どおりですね」
「何が!?」
思わず突っ込む。
「ロードローラーくんが思いのほかスピードを出してしまったので、ドアを蹴破る力による反発でスピードを相殺しました。なお、ドアは計算どおり破壊できたので私の足にダメージはありませんゆえご安心を」
「そういうことじゃなくない!?」
二連突っ込み。
「おや、雄々勢様は衝突の力が衝突物を破壊したとき、破壊した方への反発力が少なくなることをご存じないのですか?」
「そこじゃないよ!?」
三連突っ込み。
「そんなわけで今日の愛姫弁当を届けに参りました」
「さすが蒔菜たん! 可愛いんだから~!」
急に猫なで声で甘えだす。
「ははは、さすがは雄々勢様、変わり身が速くていらっしゃる」
蒔菜はロードローラーくんを脱ぐと愛姫弁当を机の上に置いた。
椅子に座る。その横に雄々勢も倣って座った。
「そうだ、蒔菜たん」
愛姫弁当を包みから取り出す蒔菜に、雄々勢は提案した。
「今日は部活が終わったらゲーセンに行こうよ」
言われて蒔菜は思案する。
「ゲームセンターですか?」
「うん、たまにはいいと思ってね」
思案したものの、特に蒔菜は否定要素を持っていなかった。雄々勢とならどこにいても楽しいと思うからだ。
「ではゲームセンターに行きましょう。行って回りの客にラブラブ具合を見せつけてやりましょう」
そこまで言って、蒔菜は弁当の蓋を開ける。開けながら聞いた。
「ところで、今日の部活動は何をする予定ですか?」
「修繕依頼が一件あるんだけど――」
雄々勢はドアを見ながら告げる。
「まずはこの部室のドアの修繕かな」
「ふふ、雄々勢様は細かいことを気にされますね」
「いや、細かくないよ?」
それへの答えとして、蒔菜は煮物を箸でつまむと雄々勢の口に押し付けた。
●
・五月X日、放課後
蒔菜たんと土研の部活に勤しむ。かなづちを握る姫もなかなかキュートだ。
●
「雄々勢様、そこはもっと優しく――」
蒔菜が手を添える。
「こ、こうかな……」
雄々勢は添えられた蒔菜の手とともに、ゆっくりと挿し入れた。
「お上手です、雄々勢様」
恍惚ともいえる蒔菜の声。
「ゆっくりと、そう……」
少しずつ動かす。
「う――」
緊張しているのか、雄々勢の声が上ずる。
蜜月のように囁き合い、二人は動く。そんな二人を見て、雀蘭は声をかけた。
「あんたら、もっと普通に作業できないの?」
しゃがみこみ、半目で見つめる雀蘭の前で、蒔菜と雄々勢はベンチを修繕していた。今は丁度折れた足の代わりに新しい角材を挿し入れていたところである。
校庭の片隅、木陰に設置されたベンチを雀蘭の依頼で修繕していたのだ。
「久保井様にはベンチの修繕がいやらしい営みに見えたのですね。まあなんといやらしい」
雀蘭は思う。あたしはまだいやらしいって言ってないんだけどなあ、と。
「久保井さん、もうちょっとかかるから、出来たら後で報告するよ?」
雄々勢は多少気を遣う程度はできるようだった。
「いや、あたしも今は暇だから。何か手伝おうか?」
雀蘭の言葉に、雄々勢は答える。
「うーん、足を取り付けるのは危ない作業だから、後で全体に軽くやすりをかけるときだけお願いしようかな」
こうしてみると、園田は普通の男の子なんだな――。
そう思いながら、雀蘭はわかったとだけ短く答えた。
「では雄々勢様、足に釘を打ち込みますのでかなづちを取っていただけますか?」
黙々と作業を続けていた蒔菜の声に、雄々勢は身を乗り出し気味にして言う。
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、新しいかなづちを作っていたんだ――」
言いながらごそごそとかなづちを工具箱から取り出す雄々勢を見て、雀蘭は嫌な予感しかしなかった。
「見よ! 『十徳かなづち』!」
取り出したのはちょっと長めの柄の先に、枝分かれして十個のかなづちがついている異形の代物だった。かなづちの大きさや形はそれぞれ別々のものだ。
「「うわー」」
思わず雀蘭と蒔菜の声がハモった。
「これさえあればどんなタイプの釘でもこのかなづち一つで――」
そこまで言った瞬間、蒔菜が雄々勢を十徳かなづちで殴打する。
「なるほど、これは使いづらいですが雄々勢様を躾けるには最適ですね」
「イタイイタイ! かなづちで殴るなんて反則だよ!」
雀蘭は思った。ああ、これはきっと時間のかかるやつだと。
「あたし、教室で待ってるね」
騒ぎ続ける二人を背中に、雀蘭は考えてみる。
あれはあれでまあ、イチャイチャしているということかもしれない――。
教室で裁縫でもしながら待とうと、雀蘭は思った。
●
・五月X日、学校帰りのゲーセン店内
約束どおり蒔菜たんとゲーセンに行く。最近のゲーセンはいろんなゲームがあるって先生が言うけど、昔を知らない僕たちにはよくわからない。
とりあえず、蒔菜たんがどんなゲームをするのかが知りたかった。
●
達磨光瑠はそれを指差した。
「これこれ」
指差したものは誰がどこからどう見ても、タンスであった。和箪笥だ。ただ、普通のタンスと違うのは、タンスの上に看板めいた派手な板が乗っており、『タンスタンスれぼりゅーしょん』と書かれていることだ。
「これね、今超アツイよ」
ゲームセンターの店内。光瑠の声が回りの音を押しのけて耳に届く。うるさい店内だというのに響くわけでもなく通る声だ。
「なるほど」
光瑠の目の前で、蒔菜はうなずく。
「今超アツイゲームということであれば、やはり先陣は雄々勢様に任せなければなりませんね」
「うん、凄くそんな予感がした!」
雄々勢は既にやけくそな声だった。
帰り道にゲームセンターに寄ったところ、偶然出くわしたのが光瑠だった。音楽には普段から触れている光瑠だ、きっとゲームセンターの音ゲーにも精通しているだろうと聞いてみたところ、指差されたのがこのゲームであった。
「ねえほんとにこれ――」
「超アツイから」
雄々勢の声を食い気味に言い聞かせる光瑠。
「雄々勢様、ファイト」
蒔菜が握りこぶしを上げて見せた。
「よ、よーし、やってやる!」
やけくそにタンスの前に立ち、ルール説明を読む。
タンスタンスレボリューション、ルール
音楽に合わせて光ったタンスを引き出して、次のタンスを開ける前に閉めるだけ。タンスの引き出しには様々な鉄アレイが入ってるだけだから簡単だよ♪
とてもポップな文字。雄々勢は叫んだ。
「誰だこんなゲーム作った奴!?」
叫びを聞きながら、素早く蒔菜は百円をタンスタンスれぼりゅーしょんに投入した。
●
楽しげな音楽。そして機会音声。
「次はもっとがんばろうね!」
タンスの前で、疲れ果てて倒れた雄々勢の口から、白い何かが出て行くのが見えた。
「なかなか激しいゲームでしたね」
蒔菜の声に、光瑠も答える。
「うん! 凄かったね! こんなゲームやる人初めて見たよ!」
とても楽しそうだ。
「ゲームセンターとは面白いところですね。雄々勢様のいたぶり甲斐があります」
「私普段あんまりゲーセン来ないからぜんぜん知らないんだけど、今日は楽しかったなあ!」
「はっはっは、さりげなく達磨様も人が悪い。最高ですよ」
二人の楽しそうな会話を、雄々勢はやや上空から半透明で聞いていたという。
●
・五月X日、寮への帰り道
今日も寮へと帰る。寮は男女兼用だけど、もちろん部屋が分かれていて、蒔菜たんとは明日までのお別れだ。
住んでいるところが同じなのに、明日まで会えないなんてなんだか変な感じだ。でも、そのおかげで僕の学園生活は楽しいと言えるのかもしれない。
●
夕暮れ。ゲームセンターからの帰り道。
光瑠と別れ、一足先に寮に帰ることにした蒔菜と雄々勢は、二人だけで寮への帰り道を歩いていた。
人通りの少ない街路。夕日に二人の影が伸びる。二人の影は、自然と手を繋いでいた。
「寮へ帰ったら、また明日までお別れだね」
雄々勢が言う。いつも通りのことをただ口にしただけだったのだが、それに答える蒔菜は幾分真剣な声で言う。
「明日も――」
明後日も、その後も、ずっと――。
「イチャイチャしましょう。雄々勢様」
繋いでいない左手で、親指を上げてみせる。
「うん。そうだね」
雄々勢は答えた。それは蒔菜の心を理解した上ではない、ただ普通の答えだが、蒔菜にはそれで十分だ。
「明日の愛姫弁当はイナゴの佃煮でハートのマークを作りましょう」
「うん、それは嫌かな」
ゆっくりと、人気のない道を歩いて帰った。
END
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