009恐怖、舞い降りた筋肉!
登場人物:
飯田テオ(イイダ テオ):結構鍛えてる
出衛工蒔菜(デエク マキナ):ひょろいくせにわりと力強い
安藤中也(アンドウ チュウヤ):意外と細マッチョ
小一屋梅代(コイツヤ バイヨ):まさに筋塊(きんかい)の獲れたてガチガチ
園田雄々勢(ソノダ オオゼイ):ひょろ眼鏡
雨水レイン(ウスイ レイン):発育中?
日向コウキ(ヒナタ コウキ):一般的男子レベル
水谷真信(ミズタニ マコト):頭脳労働派。推して知るべし
久保井雀蘭(クボイ ジャクラン):しなやかでほどよい
達磨光瑠(タツマ ヒカル):細い、というか小さい
青い空、白い雲。広がる海はどこまでも碧(あお)で、砂浜を駆ける恋人たちは真剣勝負(セメントマッチ)だ。
「ははは雄々勢様、もっと早く逃げないとマキちゃん特製『木工ミンチマシン手押し車一号』の餌食になりますよ」
「目が! 目が本気だよ蒔菜たん!?」
やたらでかい手押し車にミンチマシーンの刃を取り付けた凶悪な鬼ごっこを背後に、生活指導教師の安藤中也は宣言した。
「よーしお前ら、バカップルはほっといて水着に着替えて来い。バレーボールやる奴は試合の順番覚えとけよー」
三校合同の海における合宿、その地獄の蓋が開いた瞬間であった。
●
「なあ、飯田。どう思う?」
問われ、飯田テオは特徴的なリーゼントを振り向かせた。
「何が?」
問うて来た男子を見やる。男子更衣室のやや薄暗い明かりに浮かび上がるのは青い髪。特にこれといった特徴はない体つきになぜか赤と青のビビッドなサーフパンツを穿いていた。日向コウキ、テオの友人の一人だった。
「何がって、女子の水着に決まってるじゃん」
言いながら、コウキはいつも被っているつばの無い帽子をかぶった。
「あ、帽子は被るのだね」
「で、どうよ?」
再度問われ、テオは地味なサーフパンツの腰紐を結びなおしながら頷いた。
「女性の水着姿をじろじろと見るのは趣味ではないが」
前置き一つ。
「興味がないわけではないな」
笑顔。
テオもコウキも、この更衣室にいる男子全員、それは同じだ。健康的な少年たち、その思いを持たずにいられるはずも無い。
「まあ、海に来たからって彼女ができるわけでもないけどさ」
テオとともに、コウキは更衣室の出口を目指す。
「このドアの向こうに水着の女子がいるって思うと、ちょっとどきどきするよな」
少しだけだらしのない顔。そして二人で顔を見合わせてから、出口のドアを開け放った。
「いち! に! いち! に!」
小麦色を通り越し、もはやただの茶色となった肢体。
「ダンベル増やしまーす!」
「ハイ!」
ふわふわではなく、ガチガチの筋肉。
「ふん! おう! ふん! おう!」
力んだ顔は満面の笑顔。
テオとコウキ、二人の健全な少年を出迎えたのは、暑い太陽に照らし出された、茶色い筋肉娘達の鍛錬風景だった。
「飯田、俺、もうだめだ。前が見えない――」
「うう、日向、私を残していかないでくれ、ここにひとり残されるのだけはごめんだあ……」
二人の少年はその場に崩れ落ちた。
「うぶん、ばいよぢゃんの、ごのぼでぃ、どーお?」
とりわけでかい、身長二メートルの巨躯が二人を見下ろす。顔は鉄仮面に包まれており、声はとても濁っている。無駄に奔放的なマイクロビキニが、ガチガチの巨体を強調していた。ボディビル同好会期待のエース、舞い降りた筋肉。小一屋梅代である。
「うぶん」
ウインク一つ。鉄仮面の奥でガチリという音が聞こえたような気がした。
「「おえー」」
テオとコウキは最早完全にノックアウトされた。悪い意味で。
「ああ! また二人犠牲者が増えたぞ!」
「くそう、夢路の女子ボディビル同好会め! やつらは化物か!?」
「もう男子の半数が再起不能だー!」
見れば男子更衣室の出口には、くず折れ心砕かれた健全な少年であふれている。かろうじて立ち直った男子は未だ立ち直れない男子の救護に当たっていた。
「おう、お前たち。なかなかショッキングな光景だな」
中也が見かねて声をかけてきた。半ばその声は笑いを含んでいたようには思えたが。
テオは自分を奮い立たせ、なんとか立ち上がって聞いてみる。
「先生、なんで我が校のボディビル同好会がこんなところで練習を……」
「うむ、それはな――」
一息。
「折角の海なので、男子を悩殺してあわよくば彼氏にしたいそうだ」
言った瞬間、女子ボディビル同好会の、目が光ったように見えた。少なくともその場にいた男子には全員そう見えた。
ゆえに。
「散開! 各自自身を守りつつ撤退! 貞操を守れー!!」
すべての男子が走り出す。ボディビル同好会のいないところへ。それはまさに、自由への逃走だ。
「おお、流石に年頃のやつらは元気だなあ!」
そう呟く中也の顔は、実にはつらつな笑顔であった。
●
昼。ボディビル同好会の魔の手を逃れたテオとコウキは疲れた体を癒すべく、砂浜に刺したパラソルの下にいた。目の前には穏やかな海が広がり、知り合いだったりそうでもなかったりする様々な少年少女たちが思い思いに過ごしている。
「……」
テオは思う。
「平和だな……」
つい口をついて出た。先ほどの悪夢は何だったのだろう、いっそ夢であって欲しい。そういえば何人か逃げ遅れた奴らがいたが、彼らは無事だったろうか。そんな思いがよぎる。
「飯田、あれあれ」
コウキが指差した。見れば同じ夢路の見知った女生徒が波打ち際で遊んでいた。
「海、冷たい!」
「うん、当然だな」
「きっと今のは達磨様特有の心の俳句では……」
達磨光瑠、久保井雀蘭、出衛工蒔菜、見るものにはわりとおなじみの三人組だ。
「ああ――」
テオは素直に吐露した。
「――癒される」
この三人組を見て癒されると思うことが未だかつてあっただろうか? いや、それはダンディではない考えかもしれないが、今はあの悪夢を忘れられるなら何でもいい――。
そんなことを思いながらコウキを見る。軽く泣いていた。
「普通の女の子って、こんなにいいものだったんだな――」
ほろり。小さな涙とともにコウキは呟いた。テオは頭の片隅であれが普通なのかなあなどと思ったが、今はコウキと同じ思いを共有すべきだとそっと心に蓋をしておいた。
「びみゃ!」
光瑠が海水の冷たさに吼える。
やはり普通ではないかもしれない――。
飯田テオ、16歳。まだまだ心の青い少年である。
「おーい、あんたたちもこっちこない?」
ふと見上げれば、雀蘭が呼んでいる。コウキと顔を見合わせたが、断る理由は特にない。
「ああ、では私達も――」
答えようとしたとき、テオの顔が変形した。正確には、変形させられた。コウキは見た、ひとりの女子がテオに飛びつくのを。飛びついた拍子に肘がいい角度で顔にめり込んでいる。
ああ、とても綺麗に決まってるな、この肘――。
そう思った瞬間、テオが吹き飛んだ。吹き飛ばした側、青いポニーテールに白いワンピースの水着姿の少女は飛びついたままの格好で押しつぶした形になる。
「わーい! テオだ!」
着地するやいなやテオに向かってポニーテールの少女が笑顔を向けた。
「あー……」
コウキは彼女を知っていた。いわゆる幼馴染というやつだ。しかし、この場は突っ込むところが多すぎる。はてどこから突っ込むべきか。
一つに決めて、口を開いた。
「レイン、だめだろう、先輩を呼び捨てにしちゃあ」
「日向、私に肘がめり込んだ事実はどうでもいいのかい……」
テオは立ち上がった。ああ、今日はなんて理不尽な日だ。しかしそうは思えど原因が女性とあっては何であっても強くは言い出せない。我慢するのがダンディだ。そう言い聞かせてみる。
「ええと、雨水さん、だったね」
記憶を掘り返す。夢世界で一度、ともに戦った少女、雨水レインだ。
「そうだよー!」
元気に返すレイン。きっとただ飛びついただけなのだろう。ちょっと肘がいい角度で入ってしまっただけだ。
「飯田様、お知り合いですか?」
いつの間にか三人娘も浜へ上がってきていた。
「ああ――」
答えようとして、ふと思った。見渡せばここにいる全員が特権者だ。こんなに生徒がいるのになぜ特権者が集まっているのか、特権者は特権者を呼ぶのか。ともあれテオは話をまとめることにした。
「もう昼です。何か食べながら話しませんか?」
食べ物を探しながら、なんとなく話をしようと思ってみた。
●
「というわけで、テオを見たらついうきうきしちゃって、気がついたら飛びついてたんだけど、肘がね?」
そのような会話をしつつ、特権者一行は食べ物を求めて彷徨っていた。夏の海ということもあり、浜辺には様々な屋台や海の家が軒を連ねている。
「どこにする?」
雀蘭の問いに、蒔菜が答える。
「この後はバレーボール大会も本番が始まってきます。軽く済ませることができるものがよいかと」
「じゃあ、屋台かな?」
「わーい、屋台!」
コウキの言葉に、光瑠が小躍りする。
「ふふ、屋台といえば定番のお好み――」
言った瞬間、テオの首が90度を超える角度で振り返った。
「うわ、こわ!?」
全員が一歩下る。
「おっと失礼。こちらの方からなにやら香ばしい香りが……」
そう言うと、テオは鼻を利かせるためか左右をしきりに振り向き始める。その都度揺れるリーゼントがなにやら矢印めいて見える。
「おお! こちらから!」
矢印に導かれるように、走り出した。
「あ、待ってよ! テオー!」
つられて全員走り出す。
「一番飯田様、続いて二番久保井様と雨水様、おっと最後尾、達磨様が転びそうです」
「競馬じゃないんだから」
「ぶべ」
「ああ、本当に転んだのね」
「おっと落馬です。救護隊は久保井様が指揮を執られます」
「たまにはあんたも助けなよ……」
「おお、ここだ!」
そんなこんなで矢印が足を止めたのは、一軒の屋台だった。屋台にしても簡素なつくりで、ほとんど鉄板と机だけで構成された簡単な食事処のような形だ。
「まいどー」
鉄板の前で調理していた少年が顔を上げる。テオと目が合った。
「おお、君は!」
「あ、こないだの客――」
料理人、水谷真信は微妙な顔つきになった。
●
「そう、あれはまさに高級フランス料理のような食感、どんなピロシキよりも柔らかかった!」
簡素な屋台のテーブルに座った面々は、テオによる真信のお好み焼き評論を聞かされていた。
「ピロシキってフランス料理?」
「達磨様、そこはスルーしましょう。さもなければもっとえぐく突っ込むべきかと」
「飯田の感想だからなあ……」
そんな会話を横目にしつつ、真信は人数分のお好み焼きを焼く。焼きながら思う。
「六人分いっぺんに焼けとかどうなんだよ……」
焼くだけならまだいい、まだいいのだが。
「あれはどんなトリュフよりも香ばしかった!」
「誰かあいつの感想をやめさせろ! 恥ずかしくて聞くに堪えない!」
叫んだ声を聞いてか聞かずか、雀蘭が横に立っていた。
「あたし、手伝おうか?」
「ああ、悪いな。助かるよ」
このとき、他の人間は全員テオの感想に気が向いていたという。
●
机の上に乗ったもの、それはなんとも言いがたいものだった。形状、色、質感、それら全てを言い表す言葉が見つからない。強いて言うならば――。
「ダークマター……」
コウキの呟きに、雀蘭以外の全員が頷いた。
「責任者、挙手」
光瑠裁判長の声が響く。おずおずと手を上げたのは雀蘭だった。
「おや、昨日の晩に料理をさせてはいけないと皆様に言われた気がしましたが、されてしまいましたか」
検察官となった蒔菜の言葉に、被告人は抗議を示した。
「いや、手伝うだけだったんだ。だったんだが――」
言葉を詰まらせた雀蘭に対し、裁判長は次の展開を示した。
「証人に証言をしてもらいましょう」
「いや、オレも手伝ってもらうだけでこんなになるなんて――。恐ろしい料理の腕だ……」
傍聴席は悲しみに包まれた。
「折角のお昼が……」
傍聴席のレインが涙をこぼす。
「判決!」
光瑠が手を叩く。
「被告には『こんごいっさいりょうりとかしちゃだめだからね』の刑に処す!」
わー、ぱちぱち。そんなまばらな拍手。
「で、このダークマター、どうしましょうか?」
テオの一言。裁判所は既に消えていた。
「う、うーん」
「やっぱ捨てるしか――」
その瞬間、無謀な天の声が響いた。
「食べてみようよ」
一拍の間。光瑠の発言に、みなが同じ反応を示す。
「「「えーーーーー!?」」」
「ほら、見た目はあれだけど、食べたらいけるかもしれないじゃん?」
雀蘭があわてて否定する。
「いやいやいや、自分でやっといてあれだけど、食べたらダメだ、うん!」
「でもほら、よく漫画とかであるじゃん。食べたら案外おいしかったーってやつ」
言うなり手づかみで一口、光瑠が口にした。
「あ――」
驚く暇もあればこそ、光瑠はその場に倒れ伏した。
「「「わー!?」」」
「なぜそこで食べる!?」
「普通やらないだろ!」
「え、ちょっと、大丈夫なの!?」
「ま、待ちたまえ、こういうときは先生を――」
慌てる一同の前で、おもむろに蒔菜が光瑠の胸に耳をつける。その後、口の前に手をかざした。
「おや、呼吸をされておりませんね」
「「「な、なにー!?」」」
もはや現場は阿鼻叫喚だ。全員まず冷静になれない。いや、ひとりだけ冷静な人間がいた。ただし、冷静なだけである。
「まあまあ皆様、落ち着きましょう」
冷静なだけでろくなことをしない女が口を開く。
「このような時は人工呼吸。まうす、とぅー、まうす。が、よろしいかと」
言った瞬間。
「大変だ! 達磨が呼吸困難だぞ!」
「なんてこった! こいつはもう人工呼吸をするしかねえ!」
「達磨だとちょっと期待と違うがとりあえず女だ! ここは一つ熱いベーゼを!」
急に男子の人だかりが沸いて出る。
「おい、こんなに回りに男子いたか!?」
「はっはっは、皆様やる気満々ですね。さあ、勇者は誰だ!?」
「お前はあおるな!」
「ちょっと怖い……」
「お、俺も立候補してみようかな」
「バカコウキ!」
「ぐあああ!?」
当然の如く火に油を注いでいるだけである。
と、雀蘭が手を上げた。
「いい、私がやる」
圧力。気迫ともいえる圧力が、周りの男子を押しとどめた。
「ごめんな、光瑠。私のせいだ」
唇を近づける。
「今、助けてやる」
唇が触れる。瞬間――。
「――!?」
一瞬だけ、雀蘭はびくりと震えた。そして――、地に伏した。
「なんだ!? 何があった!?」
「見ろ! 二人の口元を!」
「ダークマターだ! 達磨の唇にダークマターが残ってたんだ!」
「ミイラ取りがミイラになったとはこのことかー!?」
一斉に怯えだす男子達。ダークマター、恐るべしである。
「おーい、お前らどけ」
割って入ったのは中也だ。
「おお、先生!」
「普段ろくでもねえけどこういうときはなんか頼りになる気がする!」
「うるせえ下れ!」
中也はそういうと、屋台の調理場にあった洗い物用のホースを持って構えた。地に伏した二人に冷水が浴びせられる。
「「ぶはあ!?」」
二人の女子は息を吹き返した。しかし、その場にいた誰もがこう思ったという。
荒っぽい――。
●
暗い道に、まばらな街灯が光を降ろす。近くからは波の音が穏やかに聞こえ、雑多な虫の息遣いがあちこちに感じられる。
夜だ。
テオはコウキと夜の道を買い出しに歩いていた。他の人間はそろそろ寝静まったであろうこの時間、静かな夜の道を歩くのは心地よかった。
「何より、トラブルが起こらないからな……」
「なんか言った? 飯田」
コウキの問いに、なんでもないと返しながら、ゆっくりと歩く。
静かな時間というのは、なんと心地がいいのだろう――。
そんな思いを得た瞬間、その異変が起こった。
「飯田、空が!」
赤い。まるで禍々しい夕日のような赤さ。道も海も、暗い赤に照らされてただ空虚な気持ち悪さを感じる。
「これは、夢世界か!?」
何が原因かは分からない。ただ、夢世界に落ちたことは確かだ。それを把握すると同時、耳を音が刺激した。
「今のは――」
「悲鳴だ!」
叫び、走り出す。悲鳴の聞こえた砂浜へ、一直線だ。虫のいた茂みも、高い防波堤も、アレセイアを起動したテオは軽々と飛び越えられる。
「肉体能力の強化って便利だよなー、もう!」
遅れてコウキも砂浜へ向かう。コウキの能力は自分自身を強化するものではない。このタイプは肉体能力その物は常人とさほど変わらないことが多い。
砂浜に着いた二人が見たものは、大量の小さなレテが海から這い上がってくる場面だった。しかし、もう一つ目に入ったものがある。それは――。
「いやああああああー!!」
文字に起こすと普通に見えるが、実際にはすべての文字に濁音がついたようなにごった悲鳴。そして宙を舞う、大量のレテ。
「ぎいぃやあああああああー!!」
悲鳴の主、鉄仮面に二メートルの巨体、ガチガチの筋肉、あられもないマイクロビキニ。夢路の女子ボディビル同好会期待のエース、通称舞い降りた筋肉、小一屋梅代だった。
「おんおおおおおおーん!」
最早悲鳴と言うか迷うほどの豪声。その声が大気を震わすたびに、巨躯がレテを大地から引き剥がし、投げ捨てる。
「うばあああああああ!!」
恐怖を感じているのだろう。めちゃくちゃな動きだ。しかし、その圧倒的ともいえる力はレテを大地に叩きつけ、消し炭と変え続ける。
「がばあああああああ!!」
鉄仮面から、涙があふれていた。
「えーと、うん」
コウキは言い切った。
「飯田、帰ろう」
晴れやかな笑顔。絶対関わりたくないということが見て取れる。
「い、いや、しかし。しかし、だなあ――」
対してテオは歯切れが悪い。ダンディとして一般生徒を見過ごしてはおけない。例え関わりたくない人物であり、助ける必要がまったくないとしても。
「うーむ……」
テオは悩む。ダンディだから。自分は絶対的なダンディでいたいがために。
「飯田! 考えなくていい、いいんだよ!」
コウキは訴えた。
「俺達、もう散々な目にあっただろう!?」
悲痛な叫び。しかし、テオはついに駆け出した。
「いや、ダメだ! 例え相手が舞い降りた筋肉であっても、ひいてはならん! ダンディとして!」
「飯田ー!? 行くなー!」
相手はレテであって梅代ではないのだが、テオは走る。梅代に向かって。全力で。
「とあー!!」
梅代の後頭部に張り手をかました。
「ぐふ」
大地に倒れ、気を失う梅代。体が徐々に消えていく。夢世界から解放され、現実で目を覚ますのだ。
「これで、よし」
おもむろにレテを見据える。
「お前達の相手は、この私だ!」
宣言し、レテに突っ込む。相手は無数とも言える数だ。小さく弱そうだが、スライム状の体は海からひっきりなしに這い上がってくる。
多勢に無勢、すぐに囲まれてしまった。
「ぐうう」
まとわりつかれ、動きを封じられる。ついに顔まで塞がれようとしたとき。
「このおおお!」
大きな絵筆がレテを吹き飛ばした。コウキだ。
「この大馬鹿ダンディ野郎! 俺のことも考えろよな!」
「すまない。しかし、しかし――」
ぐっと、溜め込む。
「しかたなかったんだあああああ!!」
「もうやけくそだあああああああ!!」
二人の男は戦い続けた。無数のレテと、ただただ戦い続けた。
●
朝日が見える。黄色い、徹夜明けの朝日だ。
気がつけばレテはすべて倒し終わり、夢世界からも解放された。不思議なことに、解放されても同じ場所にいたが、夢世界への入り方からして普通ではなかったので驚くほどでもなかった。
ただ、戦い終わった二人が得たものは、目の前の徹夜明けの朝日だった。
砂浜に倒れこんで太陽を見上げる。ああ、そろそろいい時間なんだろうな、くらいのことしか考えられなかった。
そんな二人の近くに、少女の一団がやってきた。
「もう、わだしっだらぎのう、べんなゆめみぢゃっで」
「梅代ちゃんたら変なのー」
「さあみんな、ダンベルはいきわたった? ボディビル同好会の朝練始めるよー」
ガチガチの少女達を見て、二人は思った。
ああ、なんだろう、もう、どうでもいいやあ――。
後に他の生徒に発見された二人は、なんだか真っ白にも見えたという。
END
戻る