016とおりゃんせの先に、でダンディ!


登場人物
飯田テオ(イイダ テオ):好かれる者
雨水レイン(ウスイ レイン):好く者



 とおりゃんせ とおりゃんせ

 ここはどこの ほそみちじゃ

 てんじんさまの ほそみちじゃ

 ちっととおして くだしゃんせ

 ごようのないもの とおしゃせぬ

 このこのななつの おいわいに

 おふだをおさめに まいります

 いきはよいよい かえりはこわい

 こわいながらも

 とおりゃんせ とおりゃんせ



 ●


 その日、夢世界は確かに変貌を遂げていた。
「鳥居の群れ、か」
 夢世界、共学区。そこは見渡す限りに赤い鳥居が立ち並び、その無差別な並び方は迷路のようであり、眩暈がするほどだ。
「日本に帰って早々、飽きの来ないものだな」
 オレンジのリーゼント、飯田テオが言う。
 テオが帰ってきたのは先月。九月の半ばだ。その時は帰って早々柳霧生徒会長に戦闘中の学生の救援を要請された。そして月が変わってみれば今度はその生徒会長がナイフで刺されて重症。最後の力を振り絞るかのように夢世界を《変えた》という。
「そしてこのどこかに、生徒会長だけが知っていた記憶がある、と」
 生徒会長の思惑も、それをとりまく状況も、テオには分からない。今のところ生徒会長達以外の誰にも分からない。だが――。
「だからこそ、私たちは今、それを自分で掴み、知るべきなのだろうな」
 テオは歩き出す。会長が残した記憶へと。
 そもそもテオは失われた記憶にこだわりを持っているわけでもなかった。ただ、それぞれの陣営、それぞれの人々が、《無意味に敵対するなどナンセンスだ》 と思っていた。だからこそ、過去を疑い、それがどういうものか問いただしたりなどもした。必要のない争いこそ避けるべき。それができるからこそ失われた記 憶にたどり着けると思うからだ。
「今回のことで我々共学陣営の記憶が明らかになれば――」
 それ即ち。
「否定すべきか肯定すべきか、それがはっきりするということだ!」
 決意。それを示した瞬間、目の前の鳥居に蝋燭がともった。赤い鳥居のやや下のほうに、足のない蝋燭立が現れて灯る。
 テオは己の決意と共に、鳥居をくぐり抜けた。


 ●


〈今日はカレーにするか〉
 何度目になるだろうか。最早数えるのも面倒臭いが、幾度目かの声が響いた。
〈数学だりいわー〉
〈西の方、落ちた人がいるみたいよ〉
〈聖フィアナって魔女の学校なんだろー?〉
 鳥居を通るたびに聞こえてくる。過去の声。
「ふむ」
 テオは思う。
 一貫性がないな――。
 鳥居をくぐり始めてからすでにどのくらい経ったか。鳥居を通るたびに声が響く。声は過去に聞いた記憶の声が再生されているようだった。
 それら全てはテオの記憶にある声だが、特にそれ以外の一貫性は見出せなかった。
「手がかりといえばこの声だけ。ならばこの声に何かを見出せればいいのだろうが――」
 今のところ思いつかない――。
 正直な感想である。
「まいったな」
 呟いた時、遠くから聞いた覚えのない声が響いてきた。
〈ねえねえ、A組のお姉さま、素敵よねー〉
〈私、次のお作法忘れちゃった……〉
 なにやら主に上品な会話内容が多い。
「誰かが近づいてくる?」
 声が響くということは、誰かが鳥居をくぐっているということだ。声はどんどん近づいてくる。こちらに向かっているのだろう。
「一体誰が?」
 いぶかしむテオ。しかし、次の瞬間耳を疑った。
〈ねえねえ、好きな人っている?〉
〈えー、どうしよっかなー〉
〈教えなよー〉
 女性同士の俗に言う、キャッキャウフフと表現される会話。
「これは――、女子トーク!?」
 声はどんどん近づいてくる。
〈私は好きな人教えたじゃーん〉
〈アンタも教えなさいよ!〉
〈じゃーいいよー〉
〈私の好きな人は――〉
 近づいてくる人影が見えた。勢い良く走ってくる小柄な人影。聖フィアナの制服を身にまとい、特徴的な青い髪のポニーテールをなびかせて、《こちらに手を振って》いる。
「テーオー!」
 雨水レインは、最後の鳥居をくぐった。
〈私ね、テオが好き〉
「テオー!」
 ダイビングジャンプ。レインはテオに向かって飛びついた。そのまま抱きしめる。主に首を。
「テオー! テオテオー! 会いたかったよ!」
 ぎゅうという音が聞こえそうなほどの抱擁。だがその抱擁は思いっきり首に絞まっていた。
「わ、わかった! わかったので離れてください! 首、首が!!??」
 雨水レインと飯田テオ、夏以来の再会だった。


 ●


〈テオが好きなんだー〉
〈えー? どこがいいの?〉
〈全部! だけど馬鹿みたいなところ!〉
 鳥居をくぐるたびに、レインの記憶が聞こえてくる。そのほとんどは女子トークによるテオへの告白だった。
「う、雨水さん――」
 テオは精一杯の笑顔を顔に作って話しかける。
「レイン」
 レインは応えた。
「レインでいいよ、テオ」
 テオは顔をむずがゆく歪ませた。心なしか赤い。
「れ、レイン――、さん」
 とりあえずさんづけにはする。
「先ほどから鳥居をくぐるたびに聞こえるこの声は――」
「私の記憶だよ?」
 テオは思う。心の中で。
 ですよねー、――。
 テオが聞きたいのはそこじゃない。
「いやあの、話の中身というか、ですね?」
「ああ、そっか」
 レインは軽く頷いた。そして抱きつく。今度は首が絞まらないように、胸を抱いた。
「テオが好き!」
 言われてテオは、困ってしまった。
 確かにキャスカには四年間で自由に生きろと言われたが――。
 いきなり好きとか言われても困ってしまう。なんにしてもテオは今まで紳士の態度を貫いてきたので、《仲の良い女性》がいても、《好きだと認識する女性》はいなかったのである。
 これは困った――。
 思っていると、レインが顔を覗き込んできた。
「テオは、私が好きじゃない?」
「あ、いや――」
 レインの深く青い目が、テオを見つめた。
「――」
 不思議な気分だった。今まで何人も女性は見てきたが、レインの目はなんだか違うもののように見える。
「テオ?」
 レインの声に気を取り戻した。
「あ、ええと――」
 とりあえず応える。
「嫌いではないのですが」
「じゃあ、いいじゃない!」
 レインは屈託がない。
「テオは私が嫌いじゃない。私はテオが好き。だから――」
 だから。
「問題ないよ!」
「ええええ!?」
 テオは思う。いや、しかし、なんだなあ。なんだなあってなんだろう。と。
「と、とにかくレインさん」
 無理に引き剥がすのもあれかと思ったので、紳士的にレインの手を掴んでみた。
 ぬ――!?
 思いのほか意識した。
「こ、ここを攻略するまでは普通に歩きましょう」
「ん、わかった!」
 レインは素直に離れた。離れ間際に思う。
 最初に会った時は、こんなに敬語を使うほど緊張しなかったんだがなあ――。
 二人はこの鳥居の群れの探索に専念することにした。


 ●


「ふん!」
 テオの突っ張りが、犬のような影を怯ませた。
「よいしょ!」
 レインの特権、《水を操る魔法》によって生み出された少量の水が、犬の影、レテに食い込む。レテは完全に動きを止めた。
「ぬうう、せい!」
 動きを止めたレテを、素早く両手で包み込み、テオが満身の力で締め上げる。
 ぷぎゅる。
 音と共に、影は潰れて消えていった。
「ふう――」
 レインが息をつく。
「この社も、はずれのようです」
 探索に専念したからなのか、落ち着きを取り戻したテオが宣言する。
「やっぱり当たりには何か法則があるのかな?」
 レインの声に考える。
 ここに来るまで、鳥居を抜けた先に幾つかの社を発見した。しかし、そのすべての社からはレテが現れて襲ってきており、社その物には記憶のようなものは何もなかった。
「ふむ――」
 鳥居を見る。
「やはり、この鳥居でしょう」
 テオは応えると、そっと鳥居の下に手を差し伸べた。
〈イギリスかー。いいよなー、お前んとこ〉
 顔なじみの生活指導教諭の声がする。
「でも、法則性なんてわかる?」
 少なくともレインには分からない。
「確証はないのですが――」
 テオには思い当たったことがあった。
「実は、とある記憶に関してだけ、鳥居によって再生されていないのです」
「とある記憶?」
 レインの疑問に、さらに答えていく。
「ええ。私の中に在る、とある記憶です」
 それだけは、まだ再生されたためしがない。
「その記憶を再生する鳥居を探していけば、あるいは」
 正解にたどり着くかもしれない。
「よし、探してみよう!」
 レインの反応は早かった。これっぽっちもテオを疑わない姿勢だ。
「……」
 テオは声にしない。だけど、眉をハの字にして、悪い気分じゃないなと、思った。


 ●


〈うちってさ、何で夢路“第一”なんだろう〉
 鳥居の下から声が響いた。今までとは、どことなく違う響きの声。何の変哲もない会話なのに、どうしても耳をそらすことの出来ない、そんな声の響き。
「これだ――」
 テオが口にした。
「これがその記憶?」
 レインの疑問。普通に考えれば何の変哲もない台詞だ。何か重要な記憶とは思えない。
「ええ。この記憶は――」
 少し、間を空けた。
「失われた七日間の、私の記憶なのです」
 失われた七日間。昨年末の十二月、その中の一週間だけ、全ての人間から消えた夢世界に関する記憶。
 時が経つにつれて、人々の中でその失われた記憶が断片的に戻り始めるという事態が起きていた。方法は簡単、レテを倒すと記憶が戻ることがある。そして、今再生された記憶は、テオの失われていたはずの記憶の一つなのだ。
「今まで、失われた七日間の記憶は再生されませんでした」
 鳥居に手をつける。
「私の取り戻した記憶は二つ。だから、この先にもう一つの記憶があれば――」
 それはきっと――。
「正解にたどり着く可能性が高いってことだね!」
 頷きあう。そして二人は歩き出した。鳥居の奥へと。廃墟が続く荒廃とした道。しかし、途中に鳥居らしきものは見当たらない。
「だいぶ歩くね」
 レインの声は、どこか不安だ。
「逆に考えましょう。今までは鳥居ばかりだったのです」
 ということは。
「正解だからこそ、鳥居の数が少ないのです。何せあと一つしか記憶はないのですからね」
「なるほどー!」
 長い道を歩く。気分は幾分明るくなったが、それでもレインはそっとテオの手を掴んだ。テオを見上げる。
「かまいませんとも」
 テオは笑った。今のレインは好きという気持ちでアタックしているわけではない。心細かったのだ。だから、テオは自然な笑顔で対応できた。テオ自身から、レインの手を握り返す。
「ふふ、やっぱりテオが好き」
「な、ちょ、そ、それはまた後にしましょう!」
 慌てふためくそのうちに、一際大きな鳥居が目の前に現れた。
「これ、絶対正解だよね……」
 見るからに今までの鳥居とは違う。形は同じでも、大きさと迫力は桁違いだ。鳥居の奥には小さな社がある。
「くぐってみましょう。全てはそれでわかります」
 テオは進む。レインの手を取って、互いに前に出た。
 鳥居をくぐる。
〈早く! さもないと君まで――っ!〉
 悲鳴じみた声。最後のほうは、ノイズに混じって消えていく。
「これは――?」
 レインの問い。テオはゆっくりと、答えた。
「矢纏椿(ヤマト ツバキ)会長。――先代の夢路生徒会長が私に言った言葉です」
 レインはつばを飲んだ。この記憶は、まさに七日間の中心に触れるもののような気がした。
「私は、このとき何を言われたのか、《何を見たのか》。それを知りたい!」
 言って社に手をかざす。社は光った。暖かな光。それは確かにレテではなく、某かの光だ。
「当たりだよね! これ!」
 レインが顔に笑みを浮かべた。瞬間。
 《レインの手がテオから離れて飛んでいく》。
「レイン――!?」
 叫ぶ。しかし、その時にはもう遅い。《弾き飛ばされた》レインは風に舞う木の葉のように吹き飛び、鳥居に背中からぶつかった。
「が――」
 レインの口から血がしぶく。
 まずい――!
 テオは駆け寄ろうとし、止まった。目の前に、レテがいる。《レインを弾き飛ばしたであろう》レテが。
「くっ!」
 向き直って構える。正面から見据えた。でかい。身長ならテオの二倍。横幅などはそれ以上だ。なにより――。
「こいつ――」
 そのレテは人型で、マワシをしていた。
 似ている――!
 以前テオを喰らったレテ。マワシを締めた巨大なレテに似ていた。しかし、以前とは違い、今回はその腕も、胸も、分厚く頑丈に見える。
 レテが両手を伸ばして突きかかって来た。《諸手突き》。相撲の押し技の一つ。立会いで相手を吹き飛ばし、距離をとるための突き放し技。しかし――。
「ぐ、おお――!?」
 喰らったテオは突き放されるどころか吹き飛んだ。圧倒的な自力の差だ。空中で体制を立て直し、地面を滑る。横目に鳥居にもたれかかるレインが見えたが、今はそちらに行くことも出来ない。
 レテは素早い追撃を見せた。低い体勢から一気に前に出て距離を詰める。脇を締めて、真っ直ぐに打ち出される巨大な圧迫感。張り手だ。
 テオは咄嗟に突っ張った。通常張り手を打たれた場合、喰らわないように《いなす》のが正解だ。だが、これだけの質量を持った張り手をいなすのは昇華によって力を上げたテオであっても無茶な話しだ。
 ゆえに。テオは相手の突っ張りを《さらに突っ張った》のだ。
 掌と掌、大と小、圧倒的な質量の差を持つ二つがぶつかり合う。いなせないゆえに、全力で同等の力をぶつけることで張り手という攻撃のベクトルを消滅させたのだ。
 テオ本人へのダメージは入らなかった。攻撃同士がぶつかって消失した結果だ。だが。
「ぐう、うう――!」
 テオの右手が血をしぶいて破裂した。ぶつかり合った同じ力。ベクトルは消失したが、ぶつかった掌は反動で小さい方が《破壊された》のだ。
 これ以上攻撃は受けられない。しかし――!
 右手は壊れた。全身のバランスがかしぐ。これでは自分で動くこと自体難しい。
 その時――。
「諦めちゃ、ダメ!」
 テオの右手を肩に担ぎ、半身のバランスを支える人物がいた。レインだ。
 口から血を吐き、外傷はなくともかなりのダメージが入っているはずのテオよりも小さな女の子。そのレインが、テオの右半身を支えた。
「私が右手になる! だから、テオは左! 二人で一つ!」
 レインは笑った。朗らかではないが、意志の強い、不屈の笑み。
 強敵の前に、《自分が好意を抱く女性を傷つけた相手》を前に忘れていた。そして今、思い出した。だから口にする。不屈の笑みで、左手の親指を立てる。
「ダンディ!」
 二人で構える。テオが左でレインが右。テオの召喚したステッキを、二人で片方ずつ掴む。
「二人で一人。一人で二倍! 見せ付けてやろう!」
 テオはもう、敬語ではない。相手はレインだ。《自分がダンディだと認めた》女性だ。ならば肩を並べ、共に前に行くのみ。
「「行こう!」」
 一つのステッキを構えた二人の戦士。テオの力が膂力を作る。レインの魔法が勢いをつける。力と水をその身纏い、二人で捧げ持つステッキで、レテにぶちかます。
「「おおおおおおおお!」」
 レテを押し出した。そのまま社へ一直線に押しのける。
 怒号。二人の怒号とレテの怒号。一つは相手を押しつぶし、一つは潰される悲鳴だ。
 社ごと、マワシを締めたレテが潰される。完全な力のみの勝利。だが、その力は二人の力を合わせた結果だ。
 二人でその場に膝を突く。だが、テオもレインも、その顔には笑みがある。お互いを認め、共に戦う、二人の笑みだ。
「レインさ、いや、――レイン」
 テオは言った。
「私もレインのことが好きで、いいだろうか?」
 その顔は帰ってくる答えに対しての不安などない。もう、分かりきっているのだから。
「もちろんだよ! テオ!」
 レインはテオに抱きついた。テオは右手が痛かったが、左手で優しくレインを抱きしめるのに、遠慮はしなかった。

 その二人を見つめるように、壊れた社からは記憶の光がもれ出ていた。




END

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