018綺羅川という悪・2


登場人物
出衛工蒔菜(デエク マキナ):大人の階段登った少女
綺羅川唖玖(キラカワ アク):純粋な人形



 黒い影。それは子供であり、いじめられている弱い存在だった。
「アナタ達は所詮この世界の影。ここから出ようとしなければ抵抗すらしないものねえ」
 綺羅川唖玖は、抵抗すらしようとしない影の子供を、ただただモップの柄で抉り潰し続けた。


 ●


 街並みとはもう呼べない。
 気がつけば周囲は見慣れた街とは似ても似つかず、普段行きなれた夢世界ともまた違う場所だった。
「つまりここが、本来の夢世界とでも言うべきなのでしょうかね……」
 出衛工蒔菜は口にする。
 周囲を見渡せばそこにあるのは開けた風景。まばらにある家々と、広く取られた畑だ。極普通の田舎に見えるが、うごめく人々は全て真っ黒な影。
 夢世界だ。
「会長の衝撃告白の次は突然のアクシデントですか」
 蒔菜はため息をついてみせる。
「よく出来たアトラクションのようですね」
 呟き、振り向く。
 そこにいるのは影子供をモップで突き刺した唖玖だ。
「そうよ、世の中は良くできたアトラクションだわあ」
 唖玖はモップを引き抜く。そしてまた、突き刺す。
「いじめられるべきものがちゃあんと私の目の前に用意されるんだモノ」
 影子供は何もいわない。ただ、苦しそうにびくりと震える。
「ねえ、蒔菜ちゃあん?」
 唖玖の視線に、蒔菜は体を抱く。震えそうになる。だが、蒔菜の視線は唖玖を射すくめた。
「貴女は、過去の生徒会長、ということになるんでしょうかね」
 蒔菜の問い。それは現夢路生徒会長の告発から導かれた一つの予測。
 だが、唖玖は意に介さぬ顔で答えて見せた。
「さあ?」
 モップで貫く手を止めない。蒔菜は顔をしかめた。
「アタシはアタシよお」
 唖玖はただ口にする。
「ただ弱いものをいじめて、快感におぼれる。それだけよお」
 蒔菜は理解した。もはや目の前にいる亜玖という人物は、ただの人形なのだと。
 もとは人格があったのかもしれない。しかし、今ここにいる亜玖は抜け殻だ。ただいじめと快感という二つによって成り立っている、人形でしかないのだと。
「会長の話を聞いて、アタシに同情でもしちゃったかしらあ?」
 くすくすと笑う。その目は勘違いした者をいたぶりたいという獣の目だ。
「いえ」
 きっぱりと、蒔菜は反論した。
「安心しました」
 言う。
「会長の話を聞いて貴女にも事情が、というような流れにでもなれば――」
 体は抱き続ける。だが、声は鋭い。
「私(わたくし)が倒すべき敵がいなくなってしまうので」
 一泊の呼吸。
「ただの壊すべき人形であるとわかり、とても安心いたしました」
「アハハハハハ!」
 唖玖は笑う。その笑みはいじめるべき相手を見つけた笑みだ。
「いいわあ! アナタ、すごくいいわあ!」
 影子供を蹴り捨てる。
「じゃあ、元の世界に戻らなきゃねえ」
 唖玖の笑みは深く、歪んでいく。
「アタシは先に戻るわあ。ここの連中いじめ甲斐がないんだモノ」
 気づけば唖玖のとなりに祠があった。最初からあったのか、それとも帰る意思を示した唖玖が呼び寄せたのか。
「アタシはアンタをいじめてやる。これはアタシの強い意志。だから誰も邪魔は出来ない」
 祠に近づく唖玖を止めようと、影人間たちがレテとなって群がっていく。だが、強い意志を示した唖玖に、近づき手を触れることは敵わない。
「蒔菜、アンタも示してみな。アタシを倒す、その気があるならね!」
 祠に手を触れる。唖玖の姿が消えてゆく。現実へと帰還するのだ。
「待ってるよ! 蒔菜!」
 笑い声が響く。残響となって消えていく亜玖の笑い声に、しかし蒔菜は強く応える。
「もちろんですとも。私が倒すべきは、綺羅川様ですので――」
 応えた瞬間、群がってきていたレテが一斉に蒔菜に向かう。だが、蒔菜は慌てない。
「私が帰るべきは雄々勢様の待つ現実。そして、悪を倒すべき世界――」
 蒔菜はレテを見据える。
「申し訳ありませんが、倒させていただきます」
 こめかみに指を当てるとともに、舌を大きく、あかんべーしてみせた。


 ●


 祠は導く。帰還する意思と、力を持った勝者を、来るべき戦いが待つ現実の世界へと。



END


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