020カップルを高く吊るせ!
登場人物
カップルの方々:バの字がつこうがつかなかろうが、勝ち組である。
KBDのみなさん:うらみつらみが生きる糧。
「燃え上がれ! ウチのコート!(早口)」
「ああ!? あの子のコートだけ炎が燃え盛る!(早口)」
「ウチがこのかに座のポーズをしている限り、ウチのコートは燃え続け、お前の打ったサーブを全て消し炭にするんや!(早口)」
「く!? これじゃアタシの蛇腹サーブが通用しない!(早口)」
「ウチもこのポーズのまま動けんけどな!(早口)」
「これは、――互角!!(早口)」
「楽しいね」
雨水レインは笑顔だ。
「ええ、とても」
飯田テオも笑顔だ。
二人の笑顔は暗闇に浮かび上がるスクリーンの光を受けて、やや眩しく照らし出される。
「この映画、何で早口なの?」
「なんでも、通常の三倍のシナリオを端折らずに入れ込むために、全てのシーンが三倍早口なんだとか」
「へー」
映画館。交わされる恋人同士のたわいない会話。
彼らにとって映画の内容などどうでもいい。二人でいる時間その物が楽しいのだ。
「しゃけ座のポーズ!(早口)」
「茨城サーブ!(早口)」
映画など、どうでもよいのだ。
●
「面白かったね、映画!」
昼を過ぎた頃合、映画館から出てきたレインは言った。
「結局最後までサーブを打たなかったのが斬新だったなー!」
一体どんな映画だったというのか。
「時間も時間だし、食事にしようか」
「わーい! お昼ごはん!」
クリスマス。ぎりぎり冬休みになった学生達は街に繰り出し、それぞれに休日を謳歌している。
そしてカップルはいちゃいちゃと街中をうろつき、街に桃色の何かを提供し続けているのだ。
「あ、テオ! あそこでなんか並んでるよ!」
レインが指をさす。そこには幾人もの男女が並んでおり、角の先まで行列が続いていた。
「何の列だろう?」
テオが覚えている限り、この近くに並んで入るような人気スポットがあった覚えはない。
「ねねね! 並んでみようよ!」
言うが早いか、レインはテオの腕を掴んで最後尾に近づいていく。
「しかし、何の列かわからないというのは――」
「いいじゃない。他の人もカップルみたいだし!」
見れば並ぶ男女は全てカップルのようだ。
「きっとカップルだと何かいいことがあるお店とかなんだよ!」
「やれやれ」
しぶしぶ一緒に並ぶテオ。だが、その顔はまんざらでもない。
つまるところ、飯田テオという男もカップルという人種であることに間違いはないのだ。
カップル達のいちゃいちゃとした会話を耳に流しながら、テオとレインは並び続ける。
うーむ、私達もこのカップルの雰囲気を出しているのだろうか――。
そう思うと、なんだかちょっと顔が柔らかくなっていくような気がする。気がするので引き締める。
いやいや、緩んだ顔など、ダンディではないな――。
「あ、テオー、角を曲がるよ!」
レインの声に前を見やると、列が進んで角を曲がるところだった。
「どれ、どんな店なんだろうか」
角を曲がったテオは並ぶその先を確認する。
そして見た。その〈看板〉を。
【ホテル エロフォルニア】
テオは走った。レインを抱えて全速力。足も折れよと言わんばかりの全力疾走だ。
「わわわ!? テオ、急にどうしたのよ!?」
レインの声に慌てて応える。
「い、いや、実に今日は走りたくなる日和だなあと思って! ハハハハハ!」
声が乾く。しかしその走りは止めない。とにかくこの場から離れるのだ。あの看板をレインに見せてはいけない。
走る、走る、とにかく走る。しかしどこまで走ればいい?
そんな疑問が頭に過ぎった時。
「待たれよそこのバカップル!!」
その集団は現れた。
前方を急に塞いだ異様な集団。二人の男女を先頭に、全員黒尽くめで顔にマスクをしている。
テオは急ブレーキ。抱えているレインに負担がかからないように少し抱きしめて寄せる。
「きゃ」
レインの小さな声。しかしその声に反応したのは黒尽くめの集団だった。
「昼日中の街中で! お姫様抱っこしながら堂々と走り回るとは不届き千万!!」
言われてテオは自分を省みる。しっかりレインをお姫様抱っこしていた。
「いや、これは、ちょっと待ってくれ! 事情というものが――」
「笑止!」
女が言い放つ。
「日本に帰ってたった一月! たった一月で彼女を作る、その軽薄な心!」
「待て!? なんで知ってるんだ!?」
女と男が、マスクを脱いだ。
「このクリスマスぶち壊し同盟、KBDが天に代わって裁いてくれる!」
マスクを脱いだ男と女。それはキャスカとコウキだった。
「キャスカ!?」
「コウキ!?」
テオとレイン、二人の叫びが響く。
「レイン、お前がテオを選ぶなんて、――俺は、俺は……、お前達を爆発させてやらないと気がすまない!」
コウキは泣いていた。
「そんな!? だって私はテオが好きだし、別にコウキはどうでも良いし!」
レインが言った瞬間、誰の目にも明らかに、コウキの胸に大きな槍が刺さったように見えた。
ああ、あれはきっと小一時間起き上がれないな――。
テオは胸中で友人の身を案じた。
「くっ! 同士コウキがやられた! ここは我らの結束を見せる時!」
キャスカが右手を首元に、両足をそろえ、独特な敬礼をする。瞬間、周りの黒尽くめたちも一斉に敬礼をした。
「K!」
キャスカが叫ぶ。続くのは黒尽くめたちの大唱和。
「「こんな一人身な俺達だから!」」
「B!」
「「バカップルの一つや二つ、ぶっ飛ばしても良いじゃないか!」」
「D!」
「「だって今、クリスマスだもの!!」」
一斉に、全員で首元に上げた手を真横に掻っ切る。もちろん、親指は下になって、だ。
「「KBD! ヒイィーーーーーヤ!!」」
一挙手一投足。全てがそろった結団の唱和。
「者ども! かかれぇー!!」
「「わーーーーーー!!!!!!」」
黒尽くめが一斉にテオとレインに殺到した。
「全速撤退!」
言うが早いか、テオはレインをお姫様抱っこしたまま全力で逃走した。
「待て! 裏切り者めー!!」
キャスカの怨嗟が追い上げてくる。
「裏切り者って!? キャスカ! 君自身が自由にしろと言ったんじゃないか!?」
「ああ、言ったとも!」
キャスカは全力で叫んだ。
「だからって、ボクが気があるって言ってるのに帰って一月で彼女できましたとかアホかこのボケェーー!!」
その目は怒りに染まっていた。
「そんな、キャスカ! 無茶苦茶じゃないか!? しかも日本語上手いな!?」
「日本でお前をしばくために必死で覚えたんだバカーー!!」
これはもはや平和的解決は望めそうにない。テオは走る。とにかく走る。さっきから走ってばかりだ。
「皐月院、機会工学部! 出番だ!」
号令と共に、道の向こうから全高三メートルほどの鉄の塊が〈走ってきた〉。
「こ、これは!?」
「皐月院にもKBDの同士はいるのだ!」
三メートルの鉄の塊、それは人の形を成している。
「ふははははは!」
鉄の塊から声が響く。
「自転車動力を中心に歯車を連動させることで動かす、皐月院機会工学部作成のパワーアーマー、《カップルブレイカー》だ! 恐れおののけ!!」
カップルブレイカーと名乗ったそれは、つまりペダルをこいで動かすロボットだ。
「く、こんなものまで持ってくるというのか――!?」
テオはうめく。前方にカップルブレイカー、後方にキャスカと黒尽くめの集団。逃げ場はない。
「テオ!」
レインが叫ぶ。テオが覚悟を決めた時、〈その声〉は響き渡った。
「カップルを壊すものがいるならば――」
声のするほうから、地響きが響く。
「――カップルを守るものがいるのもまた必然」
瞬間、道端の閉店していたたい焼き屋。そのシャッターを突き破って、光り輝く黒い巨人が現れた。
「あ、あれは――!?」
「夢路高校土木建築部、カップルを守るために人型木動兵器《守るくん初号機》にて推参――!」
こちらも全高三メートルのロボットだ。キコキコというペダル音がするところを見ると、どうやらカップルブレイカーの木製版らしい。
「飯田様、これは貸しにして差し上げましょう」
黒光りする守るくん初号機の肩に、蒔菜が座っていた。
「雄々勢様! あの愚か者どもにカップルの鉄槌を食らわせてやりましょう!」
「オーケー、蒔菜たん!」
操作しているのは雄々勢らしい。守るくんがカップルブレイカーと対峙する。
「木製の人型兵器など、粉砕してくれるわ!!」
カップルブレイカーが吼える。
「滅べカップル!」
カップルブレイカーの豪腕がうなる。大上段から振り下ろされたそれは、しかし、蒔菜の鼻先で弾かれる。
「守るくんを甘く見てもらっちゃ困るよ!」
守るくんの目が光った。ちなみに目の光は蒔菜が手元のコントローラーで光らせているらしい。
「守るくんボンバー!」
下から抉るように、守るくんの黒い腕が突き出される。インパクトの瞬間。漆黒が鋼鉄を弾き飛ばした。
「うわああああああ!?」
弾き飛ばされたカップルブレイカーは大きく転がり、路面に倒れこんだ。路面に倒れた衝撃で中の歯車が弾け飛ぶ。
「この勝負、守るくんの勝利ですね」
蒔菜の宣言が響いた。
「な、なぜカップルブレイカーが負けたのだ――!?」
カップルブレイカーのパイロットが這い出してくる。
「これを見てください」
蒔菜はそっと、守るくんの外装を撫でる。漆黒に光る、雅な外装を。
「それはまさか――、漆塗り!?」
蒔菜は目を細め、いとおしそうに外装を撫で行く。
「そう。弾力に富む頑丈なつくりの伝統工芸、輪島塗です」
外装をなでる手は、座席から伸ばされた雄々勢の手と絡む。
「雄々勢様と私(わたくし)、二人で丹精こめて作った自慢の外装です。そう、この守るくんはただの兵器ではない。二人で作った情熱の結晶。芸術品なのです」
「僕と蒔菜たんの二人の作品に対する情熱。それが君たちには足りなかったんだ」
雄々勢の宣言が、皐月院の機会工学部を叩きのめした。
「俺達の……、負けだ」
負けを認めた、男の顔だった。
「ええい、だからなんだって言うんだ! カップルをぶち壊すことに変わりはないぞ!」
キャスカが声を上げる。その一瞬前に、はっとして今の状況に気がついたようだったのはそっとしておこう。
「増援を呼べ! 夢路女子ボディビルディング同好会だ!」
「ッハ!」
携帯で連絡するが早いか、道路の上を砂煙が走り寄ってくるのが見える。筋肉という鎧に包まれた少女達。女子ボディビルディング同好会のメンバーだ。
「む、いけませんね!」
蒔菜が叫ぶ。
「飯田様! 雨水様を連れてお逃げください!」
「しかし、君たちはどうする!?」
「守るくんで応戦しながら撤退いたします。学校の敷地まで下れば無闇に手を出してこないでしょう」
一瞬迷ったが、ここは蒔菜に任せた方がよさそうだ。
「わかった! 恩に着る!」
テオは再び走った。
「御武運を!」
背後の声に振り向かず、全力疾走だ。
「逃すかー!」
キャスカたちは追ってくる。女子ボディビルディング同好会も合流して周囲は阿鼻叫喚だ。
「夢路女子ボディビル同好会到着!」
「これからKBD同士の援護に移る!」
「え、でも――」
「博美、どうしたの?」
「なんていうか、その」
「まさか博美、彼氏が!?」
「え!? 聞いてない! どういうことなの!?」
「ちょっと教えなさいよ!」
「おい、お前達! 内輪もめしてる場合じゃ――!?」
「あ! 飯田が逃げたぞ!」
「クソ! 追え! 追えー!」
街中は大混乱だ。KBDはそこらじゅうに徘徊し、KBDの中にも内輪もめをするものが出始めている。
「ええい、どこか、どこか逃げ込める場所は!?」
テオは探す。カップルが逃げ込んでかくまってくれるような場所を。
そのとき。
「お客様! こちらです!」
鋭い声。しかし物腰の柔らかさが伝わる紳士的な振る舞い。テオはすかさず声のするほうに転がり込む。
ドアが閉まる。
外の喧騒が、嘘のように静かになった。喧騒が止んだのではない。この場所が静かなのだ。
「お客様、お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
ほうほうの体で言葉を返す。
「やーん、髪がばさばさだよー」
レインが自分の髪を触りながら嘆く。
「部屋を用意いたしましょう。シャワーなどもありますので、どうぞこちらへ」
「わーい」
レインは無邪気についていく。
「しかし助かった。だが、ここは一体何の店だ?」
ロビーと思われる現在の場所は清潔感にあふれ、ゆっくりとした時が流れているようだ。
「私(わたくし)どもはカップルの味方です」
そういうと、その店員は店の名前が書かれたプレートを指し示す。
【ホテル エロフォルニア】
そこには確かにそう、書かれていた。
●
シャワーの音が響く。
私はなぜ、こんなところにいるのだろう――!?
シャワーの音に背を向けながら、ベッドに座ってテオは考え込んでいた。
テオの背中の向こうでは、ガラス張りのシャワールームでレインがシャワーを浴びている。
ちょっとこのホテルは、その、どうなんだ――!?
さっきからそんな言葉ばかりが浮かぶ。
「テオー、もう振り向いても良いよー」
そういわれて恐る恐る振り向けば、湯上りのレインがピンク色のバスローブに包まれてそこにいた。
ごくり――。
思わずつばを飲み込む。
「はー、今日は疲れちゃったねー」
レインがベッドに倒れこんだ。いい匂いが立ち上る。
「ねーテオー」
「は、ハイ! 何でしょう!?」
声が浮つく。
「疲れちゃったから、少し寝るねー」
「へ――」
言うが早いか、レインはベッドの上で寝息を立て始めた。
「は」
テオの息が漏れる。
「ぷしゅう」
しぼむように、テオもベッドに横になった。
疲れた。うむ。いろいろと――。
ちょっと自分も寝た方がいいかもしれない。そんなことを思う。
「ねーテオ」
不意に、寝ていたはずのレインが囁いた。
「う、うん?」
「私が寝てるからって、変なことしたら駄目だよ?」
いいながら、腕をテオの体に回し、背後から抱きつく。
「こらこらこら! そんなこと言いながら抱きつくんじゃない!」
「へへへー」
レインは目を瞑る。
「テオの匂い。好きだな――」
テオは何も言わない。ただ、顔が赤いだけだ。
「ね、テオ」
「なんだい?」
レインは、ゆっくりと言った。
「起きたら、キス、しようね」
「ああ」
テオはそっと、レインの手に自分の手を添えた。
「メリークリスマス、テオ」
「メリークリスマス、レイン」
二人の恋人は、そっと目を閉じた。
END
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