001アークス始めました。



 『オラクル』

 それは、惑星間を自由に旅する巨大な船団だ。

 その誕生と共に、外宇宙への進出が可能となり、新たな歴史は始まった。

 そして今や、我々の活動範囲は数多の銀河に渡る。

 行く先々で見つかった、未知の惑星には『オラクル』内で編成された部隊……

 『アークス』が、惑星に降下し、調査を行う。

 ……。


 ●


 美しいムービーの中で、宇宙船が星を巡り、穏やかな声が解説を私の耳に届ける。
 それが、私のオンラインゲームデビューだった。


 ●


 チュートリアルを終わらせて、私はロビーという場所に立っていた。
 なんだか広い空港を未来的にしたような場所。これだけで胸がどきどきしてしまう。
 そう。ここに立っている私は、〈私だけど私じゃない〉。現実の女子高校生ではなく、惑星調査員の『アークス』なんだ。
 ああ、なんだかそう考えるとますますどきどきするなあ!
 画面の中の〈私〉を見つめる。
 ゲームだからってあんまり思い切れなくて、ちょっと地味目に作った私の〈分身〉。
 私は今、『ファンタシースターオンライン2』っていうオンラインゲームをしてる。確か略称はPSO2。
 ネット自体あまり触れたことがないという、今時珍しい私なのだけど、友人の誘いを断りきれずにいきなりオンラインゲームを始めてしまった。
 でも良かったなあって思う。だってオープニングのムービーだけでこんなにどきどきできるんだもの。
 さて、これからどうしようかな。とりあえずこのロビーをくまなく歩いてみたいなあ。
 そんなことを考えてると、リアルの私のスマフォが鳴った。
 あ、ことちゃんからのLINEだ。考えてみればLINEもネットではあるんだよね。それ以外はほとんど使わないし、自覚もないんだけど。友達としか使わないし。こういう自覚が出来たのもオンラインゲームっていう新しいネットに触った意味なのかな。
 で、ことちゃんは私のクラスメイトで、仲がいい、まあ親友なのかな。
 PSO2に誘ってくれたのもことちゃんだ。
 えーっと、LINEの内容は……。

 こと:PSO2ログインした? ゲームで会おうよ!

 どうやらことちゃんもゲームにログインできたみたいだ。ゲームの中で会うことちゃん。一体どんなキャラになっているんだろう?
 とりあえず返信しなきゃ。

 えり:ログインしたよ! 今ロビーにいる。

 えりは私の名前。今時キラキラネームですらない、普通の名前。
 あ、ゲームだと別の名前付けてるんだっけ。私ことちゃんの名前知らないや。

 えり:私のキャラは『リコリス』って名前にしたよ。ことちゃんは?

 私のキャラはリコリス。理由はなんとなく。普段からかわいいなって思ってた言葉だから使ってみた。
 なんだか自分の名前を違う名前にして他人に教えるって、恥ずかしいというか、かゆいというか……。
 でもこれからは、ゲームの中ではこれが私の名前なんだなー。
 私のキャラを見つめなおす。
 髪は長い三つ編みを後ろに二房。金髪にしたけれど、ちょっと地味な色合いにしておいた。
 身長は平均的かなと思って160センチくらい。横に長い耳が髪の間からぴんと出ていて、ファンタジー世界のエルフみたい。
 このゲームでは『ニューマン』っていう種族なんだって。テクニックとかフォトンとか、要するにこのゲームの中の魔法みたいなものに適正がある種族らしい。
 私は魔法でことちゃんを助けてあげられるかなと思ってニューマンにしてみた。
 服装はちょっとタイトな青いロングワンピースみたいな、それを未来的なデザインにした感じの衣装。服にも名前があって、『フィーリングローブ』というらしい。
 PSO2はオープニングからも分かる通り、未来世界的で、SFな感じの宇宙を舞台にしたゲーム。だから、衣装もそれに合わせて映画で見るような未来の世界みたいなデザインだった。
 他の衣装も選べたんだけど、やっぱり露出が少ない衣装が落ち着くなって思って、これにした。色を選べたのは助かったなあ。
 ついでに言うと、私のキャラは現実の私よりも少し、すこーしだけ胸が大きい。
 そのくらいはいいじゃないかって、思ったわけです。ごめんなさい。

 こと:アタシは『ウィッキ』だよ! 今ロビー!

 ことちゃんから返信が来た。
 ウィッキ、面白い名前だなあ。ことちゃんらしいや。
 ことちゃんは一言で言うと〈面白い女の子〉だ。なんというか、おかしなことをするわけじゃないけど、独特の芯が通ってて、見ていて面白い子だ。
 ネーミングとかの感性も、そういう面からなのか、独特なものがある。
 とりあえずウィッキというキャラを探そう。
 周りを見るといろんな人がいる。みんな頭の上に名前と思われるいろいろな言葉が浮かんでいる。
 そっか、こうやってキャラを見分けるんだ。へー。
 見てみると面白い名前が多いなあ。普通っぽい『クリス』みたいな名前や、和風の『秋菜』とか、なんだかちょっと言葉に出すのがはばかられるような変な単語とかの人もいるな……。
 あ、あの人の名前、顔文字だ。なんて呼ばれてるんだろう……。気になる。
 この人たちがみんなリアルでネットから繋いでいて、画面の向こうにはちゃんと他人がいるんだなあ。ちょっと凄いかもしれない。
 ところで、ずっと探してるんだけどウィッキちゃんは見つからない。ロビーを歩き回ってみたけどいない。二階の渡り廊下みたいなところとか、エレベーター? でいけるお店が並んでるところとかも行ってみたけどウィッキちゃんはいなかった。
 おかしいなあ。同じロビーにいるって言ってたんだけど。
 LINEで聞きなおしてみようか。そう思ったらLINEが鳴った。

 こと:リコリスってキャラ、いないよー

 向こうも見つからないらしい。とりあえず、お互いに動き回ってるとすれ違ってるかもしれないし、細かく場所を指定してみよう。

 えり:お店が並んでるところの広場に大きなモニターあったでしょ? あの前に集合しよう

 広場の大きなモニター。歩き回って見つけたのだけれど、これはとてもびっくりした。
 新宿とかの街中に大きなモニターがあって、CMとか流れてるじゃない? あれと同じような奴、というか、もっと大きなものが広場にあったのだ。
 モニターからは大音量でCMらしき動画が流れてる。PSO2ってなんだか凄いなあ。
 とりあえず私はモニターの近く、円形になってる広場に立ってみた。今はモニターの前に他の人はいなかった。
 ウィッキちゃんというキャラもいない。
 他にこんな大画面のある場所はないから分かりやすいと思ったんだけど、まだきてないのかな?
 暫く待つと、LINEが鳴った。

 こと:いないよー!

 泣き顔のスタンプまで送られてくる。
 こんな分かりやすいところに立っているのに、見つからないってあるのかな?
 これはちょっと変だ。
 何かがおかしいと思うんだけど、始めたばかりの私にはよく分からないことなのかもしれない。
 とりあえず一人で考えても分からないし、ことちゃんに伝えてみよう。

 えり:ひょっとしてゲームに関係することで何か原因があるのかも? ことちゃん分かる?

 ことちゃんからはロダンの『考える人』が描かれたスタンプが送られてきた。こんなのどこで手に入れたのよ……。
 とりあえずことちゃんにも分からないみたいだし、これは困った。
 うーんどうしよう。
 オンラインゲームは初めてだし、LINE以外にネットもほとんどやったことがない。そんな私はどうすればいいのか……。
 そういえば、ゲームをパソコンにダウンロードするのに公式サイトっていうの見たっけ。ゲームの公式サイトなんだから、あそこに何か書いてあるかも。
 暫く悩んだ私はそう思って公式サイトを見ようと、思って思いとどまった。
 私のキャラ、リコリスの前に、ウィッキというキャラが走り寄ってきたのだ。
 ひょっとして、これがことちゃんかな? やっと会えたんだ!
 そう思ってたら、ウィッキちゃんの頭の上にふきだしが現れた。
「やっと会えたー!」
 どうやらこのウィッキちゃんはことちゃん本人みたい。よかったー。
 ところで、今のふきだしがいわゆるチャットってあれなのかな? そういえば画面右側のログ一覧にウィッキちゃんのさっきの台詞が残ってる。
 えーっと、チャットウインドウっていうのがその下にあるのね。ここに台詞を入れればいいのかな?
 とりあえず台詞を入れてみる。

 ことちゃん? やっと会えたね!

 で、エンターを押す、と。
「ことちゃん? やっと会えたね!」
 やった! 私もふきだしが出た!
「こら! ネットでリアルの名前出しちゃ駄目!」
 あ、怒られた。そうだった、ネットは実名が危ないんだっけ。何のために自分のキャラに名前をつけているのか忘れてた。
「ごめん; えっと、ウィッキちゃん?」
「それでよし!」
 とりあえず落ち着いたのでウィッキちゃんをよく見てみる。
 なんだか凄い見た目だ……。
 髪の毛は緑色でショートヘア。小さな二本の角が、髪の毛の間からちょっとだけこんにちはしてる。
 身長は低くて、小柄。なのに胸がすっごいおっきい!
 しかも目の色が右だけ金色、左が赤!
 着てる服はなんだかごつごつしたイメージで、かわいいけど強そう。
「なんだか凄い見た目だね」
 思わずチャットで言ってしまった。
「へへー! 強そうでしょ!」
 そういえばことちゃんは強そうとか、かっこいいとか、そういうのが好きなんだよね。分かりやすいなあ。
 角があるって、確か『デューマン』っていう種族だっけ。攻撃重視の種族だったかな。
「とりあえず、大丈夫かな?」
 急に知らない人のチャットが出てきた。え、え? なんだろう?
「あ、無事に会えました! ありがとうです!」
 ウィッキちゃんが答える。
 とりあえず画面を横に移動させて見回してみると、少しはなれたところに知らないチャットの主と思われる人がいた。
 紫色のベレー帽に、なんだか真っ黒なロングコートみたいな、牧師さんみたいな、そんな服。髪は乱れ気味のロングヘア。
 優しそうな顔の男性キャラだ。他に特徴はないから、普通の人間種族、『ヒューマン』なのかな?
「それは何より^^」
 ベレー帽の人が喋る。名前は、『ジギー』。
 ひょっとしてことちゃん、この人に聞いて会えない理由を教えてもらったとかなのかな?
 多分そうだろうと思うんだけど、相変わらずことちゃんは物怖じしないなあ。
「リコリスちゃん!」
 急にことちゃんであるウィッキちゃんに呼ばれた。
「リコリスって長いね・・・」
 長いかな?
「リリちゃんにしよう!」
 勝手に決められた! まあ、いつものことちゃんらしい。
「リリちゃん! この人に教えてもらってここまで来たんだよ」
 ああ、やっぱり。さすがことちゃん。なんだかよく分からなくなってきたからウィッキちゃんでいいやもう。
「すみません、ウィッキちゃんがお世話になりました」
 ジギーさんに謝っておく。ウィッキちゃんはお礼は言っても謝らないから私がフォローするのはいつものことだ。
「いあいあ、おかまいなくw」
 なんだか独特の言い回しで返された。「いあいあ」って「いやいや」ってことかな? wは笑ってるって意味だっけ。この場合は苦笑い?
 ネットって、LINEもそうだったけど、文章からいろいろ想像するのね。LINEは友達同士だけだから、想像の幅が広がってちょっと混乱する。
「そうだ!」
 急にウィッキちゃんが叫んだ。
「ねえ、リリちゃん、ジギーさんにいろいろ教えてもらおうよ!」
 唐突だねウィッキちゃん!
 相変わらず怖いもの知らずのウィッキちゃんだけど、確かに分からないことだらけだ。教えてもらえればありがたい。
 でもこれって、いきなり言うのは失礼じゃないかな?
「ウィッキちゃん、ジギーさんも困るんじゃない?」
 とりあえず言葉を返しておく。
 ところがジギーさんは懐が広かった。
「私はかまいませんよ?」
 ジギーさんの一言。
「いいんですか!?」
「やった!」
 こうして私たちは、オンラインゲームを始めた初日に、友達が一人増えたのである。


to be continue...



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