003時には語ろう、休息のひと時





 それは神話に出てくるドラゴンに見えた。
 全長15メートルを超えようという巨体に鋭い角を生やし、巨大な翼を広げて威嚇する鳥の獣。
 その叫びはジギーの、画面を前にしたプレイヤーの魂すら揺さぶるようだ。
 『ディアボイグリシス』。ナベリウスの地表に新たに発見された歪んだ世界、『壊世(かいせ)』に生きる凶暴な獣。
 〈ディアボ(悪魔)〉の名を持つ雄々しき凶獣だ。
「B-3にてディアボイグリシスと遭遇」
 ジギーは冷静にショートカットからオープンチャットを呼びかける。周囲に散開していた総勢十二人のアークスが巨大な獣へと集まってきた。
 瞬間、ディアボイグリシスがファイアブレスを連続で吐いた。戦いの開始だ。
 十二人のアークスが一斉に攻撃を放つ。ある者はテクニックを、ある者は巨大な刃を、それぞれの武器をディアボに突き立てる。
 だがディアボは意にも介さない。その巨体でアークスの何倍も素早く宙へ飛び上がり、空中からのダイブ。巨体による体当たりで何人かのアークスが吹き飛ばされる。
 ジギーは見る。ディアボの表示ステータスを。そこに書かれたレベルは80。アークスの現在の最大レベルはどんなにがんばっても75だ。
 その差は最初から歴然としている。ディアボは今のPSO2で用意された最強のボスエネミーの一体なのだ。
 心が躍る――。
 ジギーは思う。自分など足元にも及ばない強敵。だが倒せないわけではない。時間をかけ、仲間と連携し、ダメージを蓄積させる。そうやって強敵を倒すことはベテランゲーマーの喜びの一つだ。
 悪魔が吼えた。口から吐き出された高速のファイアブレスが地表を焼く。焼かれた地表からは火柱が壁のように吹き上がり、多くのアークスが天高く焼き飛ばされる。
 だがジギーは慌てない。飛び来るブレスを『ステップ』でかわす。『ステップアドバンス』のスキルにより無敵時間を引き延ばされたステップはブレスをすり 抜ける。着地と同時に『アサギリレンダン』。ジギーの最も愛用するカタナのフォトンアーツで、姿を消して地を駆ける。姿を消したジギーを吹き上がる火柱が 捉えることはできない。そのままディアボの巨大な足へ取り付き、一瞬にして六連の斬撃。
「オオオオオオオ!!」
 悪魔がたまらず膝を突く。そこへ十二人のアークスによる総攻撃が突き刺さる。氷が、炎が、刃が、銃弾が、ディアボのHPを削っていく。
 獣の足元から首へと回り込み、ジギーは武器を持ちかえる。アークスはフォトンの利用により、武器を空間に収納できる。これにより高速の武器持ち替えを可能とする。
 空間から紫色の刃が引き抜かれた。伝説の刀匠、ジグが鍛えた一振りの剣、『ファーレンケウス』。
 ファーレンケウスを持ち、右手に緑、左手に黄の光を溜めてゆく。
「ザァァァンディオンッ!」
 ジギーの背に、風の翼が生えた。剣を前に突き出し、雷をまとって悪魔を貫く。
「ゴオオオオオオ!」
 悪魔の悲鳴。『ザンディオン』は壊世の敵を倒して手に入れることができる、二つの属性を複合させた必殺技ともいえるテクニックだ。
 数千というダメージ表記が何度も乱舞する。
 風と雷の嵐が過ぎ去ったあと、しかしディアボはそこに立つ。燃える瞳で睥睨し、ジギーを、十二人のアークスを睨む。
 これだけのダメージを与えてもまだ、悪魔はそのHPの1割を失ったかどうかなのだ。
 悪魔が宙へ飛び上がる。空中から、降り注ぐようなブレスの嵐。空からはブレスが、大地からは火柱がアークス達を吹き飛ばす。
 そのとき、ジギーは見た。一人のアークスが戦線を離れるのを。
 まずい――。
 そのアークスはHPが半分以下になっている。安全に回復するために大きく距離をとろうとしたのだろう。だがそれはゲームになれたプレイヤーの動きではない。
 離脱したアークスが大きく離れたその瞬間、〈空が紫色に〉曇る。
「急に天候が・・・!? 強力な敵性反応! 注意してください!」
 NPCオペレーターが予想通りの声を上げる。
 画面にエマージェンシートライアル発生のエフェクト。次いでマップに新たなボスエネミーのアイコンが表示される。
 やはり――。
 ジギーの予想通りだった。PSO2ではマップを移動することでランダムに敵が発生し、それと連動したイベントも発生する。
 つまり、回復のために移動したアークスにより、移動先で新たなボス討伐のイベントが発生してしまったのだ。
 このあと経験の浅いプレイヤーがとる行動は――。
 マップ上をアークスのマーカーが移動する。離脱し、新たなボスエネミーと遭遇したマーカーはそのままジギーたちのほうへ走ってくる。それにより発生するのはボスエネミーをジギーたちのほうへと引き込む、いわゆる『トレイン』という行為だ。
「チッ!」
 画面の前で舌を打つ。
 目の前のディアボはまだ半分もHPが減っていない。その攻撃も収まる気配はない。
 そこへ新たなボスエネミーが、宙を滑って迫りきた。
 いくつもの球体を従えた、不可思議な形の組み合わせを持つ、歪んだ存在その物のボスエネミー。
「『〈歪曲獣〉アンガ・ファンダージ』・・・」
 ジギーは口にした。悪魔を超える、歪んだ獣のその名前を……。
 悪魔と歪み、炎と闇が、画面を走り回った。


 ●


 髪は、赤がいいかな……。
 ヒューマンタイプのフェイスだけど、機械種族の『キャスト』っぽく顔にラインをつけて……。
 ボディは服じゃなくてそれぞれのパーツで、ちょっと丸い形のがいいかな。色は紫で……。
 名前、名前は――。


 ●


「マスター、よろしくお願いします」
 『マイルーム』、アークスが一人一部屋持つ個人のスペース。
 そこで私を待っていたのは赤毛のキャスト。身長が私の半分程度の男の子キャスト。
 名前は『ツバメ』。
「うんうん! いい感じ!」
 私は思わず声に出した。
 本格的にレベル上げを開始した私とウィッキちゃんは、あっという間に20レベルを超えていた。
 このゲームには『クライアントオーダー』という、NPCからのお願いを受けるシステムがあって、それをクリアすると経験値などの報酬がもらえる。
 新しいエリアを開拓するのもオーダーの一つになっていて、無視ができないんだけど、そのオーダーの報酬経験値が凄く高いのだ。
 なので、新しいエリアに進んではレベルが大きく上がり、あっというまに20レベルを超えていたわけだ。
 で、今私のマイルームにいるのは『サポートパートナー』として作ったキャストの男の子。
 パートナーっていうのはクエストに一緒に連れて行けるNPCのこと。サポートパートナーは一定レベル以上になると自分で作れる、自分専用のパートナーだ。通称サポパ。
「ふふふ」
 サポパを見ながら、思わずにやけてしまう。自分が作った自分だけのパートナーって、なんだかいいよね。
 私のマイルームは、私が課金、つまりゲームにお金を払う行為をしていないから狭くて殺風景で、家具が何もない。その中にぽつんとサポパだけがいる。
 味気ない風景だけど、なんだかやはり、にやにやしてしまう。
 これなら課金してマイルームを拡張するのもいいかなあ。
 とはいえ、高校生の私に毎月の定額課金は結構辛い。とりあえずこの件は置いておこう。
「うーん――」
 うーん――。
 なんだろう。
 こう、――。
「サポパを誰かに見せびらかしたい!」
 見せびらかしたい。
 だってかわいいんだもの!
 ああ、そうか、これは、〈自分で作ったお人形を自慢したい〉気持ちと一緒だ。
 ゲームのキャラメイクって、ちょっとそういう感じの楽しみなんだなあ。
 フレンドリストを覗いてみる。
 く、こういう時に限ってウィッキちゃんは来てないか……。
 まあ、ウィッキちゃんがいないからレベル上げはしないでおこうとサポパに手を出していたのだけど。
 うーん、ジギーさんはいるなあ。
 ……。
 ジギーさんを呼んでみようか。
 実はまだウィッキちゃんのいないときにジギーさんと話したことはない。
 知らない仲じゃないんだし、話しかけてもいいんだろうとは思うんだけど、やっぱりネットだけの知り合いというのがまだちょっと警戒してるところがある。
 でも、レベル上げもできないし、他にすることもないし。
 よし、呼んでみよう!
 私は意を決してウィスパーチャットを送ってみた。
「こんにちはー」
 とりあえず挨拶。
「はいはいこんにちはー」
 ほとんど間を置かずに返事が来た。相変わらず軽いノリだなあ。
「ジギーさん、今お時間ありますか?」
「ありますよー」
 あるらしい。
「実はサポパを作ってみたんですけど、ちょっと見た目にアドバイスが欲しくて」
 素直に自慢したいとか、見て欲しいとは言わない。というか言えないじゃない?
「おお、かまいませんぞー」
「じゃあ、マイルームで待ってますね」
 そんなやりとりがあったかないか、そのぐらいに早くジギーさんはマイルームに現れた。
「スタッ」
 チャットが表示される。
 マイルームは設定としては自動ドアのような入り口から中に入ってくる仕組みだけど、ゲーム的には部屋の中の入り口付近に転送されてくる。それを口で表しているんだろうか?
「お邪魔しますー」
「いらっしゃいませー」
 なんかゲームの中でこんな会話するのもおかしい気はするなあ。
「ふう、どっこらしょ」
 いきなりジギーさんがおじさんくさい発言と共に床に座り込んだ。
「まあまあ、リリさんもお座りなされ」
 ここ、私の部屋ですけど!?
「なんでそれをジギーさんが言うんですか」
 言いながら、私も床に座り込んだ。
「ほほう、これがリリさんのサポパですかー」
 ジギーさんがサポパをしげしげと眺める。というか眺めてるんだろう。ゲームだとキャラが細かい動きを表現しきるわけじゃないから予測だ。
「どうですか?」
 ちょっとどきどき。
 しかし、ジギーさんはこう言った。
「いい仕事してますねー」
 どこの評論家ですか!
「骨董品じゃないんですから・・・」
「いあいあ、申し訳ないw」
 からかっているな……。
「ふむ。ちょっとやんちゃそうな表情がよくできてるね。男性だけどかわいいキャストに仕上がってると思いますぞ」
 おお、ちゃんと見てくれた。ふふ、やんちゃな顔はちょっとこだわったのさ!
「そういえば、リリさんも服変えたねー」
 あ、私の服も見てくれてたのか。
 そう、私も実は服をひっそり変えていた。今着ている服は『エーデルゼリン』という衣装で、その黒いバージョンだ。
 腰周りがホットパンツ風で、ちょっと恥ずかしいところもあるんだけど、ニーハイソックス風の腿まである長いブーツとぴっちりしたジャケット。そのシルエットを未来的に装飾したカッコかわいい衣装なのである。
 かわいかったから思わず買っちゃったのだった。
「私の服、どうですか?」
 一応聞いてみる。
「うん、金髪とのコントラストがあってかわいいね^^」
「わ、かわいいですか!?」
 思わず嬉しくなる。ゲームだけど、かわいいと言われて嬉しくないはずはない。
「うむうむ。目に入れて痛いほどにはw」
「それはかわいいって言わないでしょ!w」
 くっそう! そこは「目に入れても痛くない」でしょうが! 思わずwつけて笑っちゃったじゃないか!
 ジギーさんは「はっはっはw」とか言ってるし。くー! 仕返ししてやる!
「ひどい! 私とは遊びだったのね!」
 どうだ! オーソドックスだけど返答に困る台詞だぞ!
 しかし、ジギーさんからは高速で返答が来た。
「オンラインゲームが遊び以外のなんだというのかw」
「ああああああ、その通りですよもう!w」
 く、くやしい! だけど面白いからwつけちゃう!
 するとジギーさんがおもむろにこう言った。
「リリさんもだいぶ砕けてきたねw いいことだw」
 あら。ジギーさんはわりと気を使っていてくれたんだろうか?
 ちょっと意外だった。
「ジギーさんが砕けさせたんですよ、もう」
 とりあえず素直には頷いてあげないでおこう。だって、ちょっとそこは恥ずかしいじゃない。
「砕けるのはいいことだよ。たまには砕けてチャットに興じるのも大切さ」
 チャットに興じる、か。確かに今までのチャットは楽しかったな。こういうのもオンラインゲームの楽しみ方ってことかな?
「ジギーさんは、チャットの面白さを教えようとしてくれていたんですか?」
 ちょっと素直に聞いてみる。
「そうじゃないけどね」
 ジギーさんはちょっと間を置いた。
「ゲームばかりしていると、疲れたり、飽きたりしてしまう。だから、砕けたチャットという息抜きが、たまには必要になるのさ」
「はあ・・・」
 私にはよく分からない。私はまだゲームを始めたばかりで、やることも多いし、飽きている暇なんてないと思う。
 でも、逆に考えるとベテランのジギーさんにはそういうことも必要ってことなのかな?
「さて」
 ジギーさんが立ち上がる。
「チャットを楽しませてもらったので、私はそろそろクエストに行くとしようかな」
「あ、じゃあ私もちょっとクエスト行ってきます」
 チャットしたからかどうかは分からないけど、ちょっとゲーム部分に触れたくなった。あまり実感してないけど、こういう効果があるってことだろうか。チャットには。
「では、また今度^^」
「はーい」
 ジギーさんは片手を上げて挨拶すると、ドアからロビーへと転送されていった。
 さて、私もクエストがんばるかな!


 ●


 荒涼とした壊世のナベリウスに、ジギーは降り立つ。
「さて、チャットでいろいろ充電させてもらったし。アンガ・ファンダージの二匹や三匹、追加で倒すかね」
 カタナ、『霊刀・雪姫』を腰に、ジギーは再び走り出した。


to be continue...


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