004あの風の翼のように





「うわ、砂嵐だ!」
「前がみーえーなーいー」
 私とウィッキちゃんが今いるのは砂漠だ。一面に広がる砂漠。そしてそこかしこに廃墟のように打ち捨てられた知らない文明の建造物の成れの果てが見える。
 『惑星リリーパ』。一面砂漠の荒れ果てたような星。以前は何か文明らしきものがあったようだけど、今は廃墟と砂漠しかないという惑星。私とウィッキちゃんはリリーパにクエストにきていた。
「見えないけどー、デイリーのためにがんばるー」
 ウィッキちゃんが気合を入れる。デイリーというのは『デイリーオーダー』のこと。日替わりで内容が変わるクライアントオーダーで、経験値ももちろんだけ ど、何よりお金がいっぱいもらえるのが嬉しい。何をするにもお金がかかるのは、リアルでもゲームでも変わらないのである。
 私たちは砂嵐の中を走り続ける。今回のデイリーオーダーは『グワナーダ』の討伐。グワナーダは砂漠エリアの一番奥にいるボスエネミーだ。なんだか巨大なクワガタみたいなやつ。
「めっせた、めっせた、メセタをおーくれー♪」
「何、その歌w」
 ウィッキちゃんが歌い始める。『メセタ』というのはこの世界のお金の単位だ。砂嵐に負けないように、お金が欲しい気持ちを歌ってるのかな。
「うわ――!」
 唐突に砂嵐が晴れた。急にクリアになった視界の中に、どこまでも続く砂漠と、満天の星空が見えた。
「おー!」
 ウィッキちゃんが歓声を上げる。
 PSO2は時間によって周囲の環境や天候が変化する。この星空はリリーパの特有の環境だ。
「あ、流星群!」
 私は見上げた星空に、流れ落ちる星の束を見つけて叫んだ。
「わー!」
 二人で暫く空を見上げる。ゲームの中だけど、いや、逆にだからこそなのだろうか。とても綺麗な天体ショーだった。
「よし! メセタが欲しいって祈ったぞー!」
 ウィッキちゃんが言った。
「ちょっと、現金すぎじゃない?w」
 言いながら、私もちょっと祈ってた。メセタ欲しいなって。
「さあ、がんばってグワナーダをたおそー!」
「うん!」
 二人でまた走り始める。PSO2はいろいろなことが起こるなあ。まだ経験が浅いせいもあるけど、新鮮な気持ちに事欠かない。
 そんなことを考えながら走っていると、目の前に急に、一匹の動物が現れた。
 地面の中からもそもそと顔を出し、次いでぴょんと飛び出す。
「リリーパ族!」
 叫んだとたんに画面に青いエフェクトが飛び出す。

EMERGENCY CODE!

 『エマージェンシートライアル』だ!
 エマージェンシートライアルは、クエスト中にランダムに発生する緊急イベントで、通称Eトラなんて言われる。
 単調なクエストでも、毎回ランダムでいろいろと起こるので、プレイヤーを飽きさせないゲームのシステムだ。
「リリ!」
 『リリーパ族』が叫ぶ。
 リリーパ族っていうのは、この惑星リリーパに住んでいる謎の種族。そう、謎なのだ。言語翻訳も出来ていないし、生態調査もできていない。そもそもこの惑星には似合わない体つきなど、謎が多い。
 唯一つ分かっているのは〈かわいいこと〉。
 うさぎのような耳にもふもふでずんぐりした体。ヒューマンの半分程度の身長で、下からつぶらな瞳で見上げてくる。このゲームのマスコットの一つだ。
「か、かわいい・・・」
 思わず呟いてしまう。

GESTURE!

「あ! ジェスチャーゲームだー!」
 ウィッキちゃんが喜びの声を上げる。
 ジェスチャーゲーム。リリーパ族の出てくるEトラの一つで、敵を倒すのではなく、離れた場所にいるリリーパ族に、最初に出てきたリリーパ族の言いたいことをジェスチャーで伝えるEトラだ。
「リリーパ族の位置を掴みました! 敵に襲われているので助けてください!」
 NPCオペレーターが伝えてくる。
「ウィッキちゃん、助けに行こう!」
「うん!」
 かわいいものは正義である。かわいいものを助けるのに躊躇はいらないのだ。
 私達はマップのマーカーを頼りに、離れた位置のリリーパ族の元へ向かう。
「あ、先に行ってて!」
 ウィッキちゃんが言う。見ればウィッキちゃんはリリーパ族を観察している。そっか、ジェスチャーゲームだから最初のリリーパ族のジェスチャーを覚えておかないと意味ないもんね。
 私はジェスチャー内容をウィッキちゃんに任せて先に走った。現場に到着すると、『機甲種』と呼ばれる機械エネミーに囲まれたリリーパ族がぶるぶるとおびえている。
 ああ、おびえるリリーパ族もかわいい……。
 そう思いつつも攻撃開始。機甲種達をやっつけなきゃ。
 半分くらい倒したところでウィッキちゃんが駆けつけた。二人であっという間に倒し終わる。ゲームになれてきた私達は、流石に同じくらいのレベルの雑魚に時間をかけるほど弱くはないのだ。
「リリ! リリ!」
 リリーパ族が笑顔でこちらを歓迎する。
 かわいい……。
「ウィッキちゃんウィッキちゃん! 早くジェスチャー!」
 思わず急かしてしまう。
「はいはい、わかってますってばw」
 ウィッキちゃんがリリーパ族の前に立つ。このゲームは最初のリリーパ族が行う『ロビーアクション』という意思表示専用の動作を次のリリーパ族の前で行うというものなのだ。
 ウィッキちゃんがリリーパ族の前でロビーアクションの『拍手』をして見せた。喜ぶように手を叩くウィッキちゃん。
「リー! リー!♪」
 リリーパ族の喜びの声と共に、ぴろりろん、という軽快な音がする。
 喜ぶリリーパ族もかわいいなあ。
「やった! 成功です!」
 オペレーターからトライアル成功の報告が来た。これでリリーパ族ともお別れかー。
 と思ったら、リリーパ族は新たなロビーアクションをして見せた。
「さらにリリーパ族のお仲間発見です! 今度は敵もいないのでしっかりジェスチャーを伝えてください!」
 オペレーターがトライアルの続行を宣言する。おお! 今少しリリーパ族と触れ合えるのね!
「ウィッキちゃん、今度は私がジェスチャー伝える!」
「いいよーw」
 リリーパ族のロビーアクションを確認する。どうやら礼儀正しくお辞儀をしているようだ。これは『礼』のロビーアクションね! よし!
「行こう! ウィッキちゃん!」
「うん!」
 二人で走り出す。今度は敵もいないし、じっくりリリーパ族にジェスチャーするぞー!
 走り行く砂漠の先に、リリーパ族が見えてきた。ふふふ、待ってなさい、今行くよー!

EMERGENCY CODE! DUEL!

 リリーパ族よりもやや手前、その空間にいきなり赤いもやのようなものが集まり始める! こ、これは――!
「キシャアアアアアア!」
 もやの中から、巨大な蜘蛛を模したボスエネミー、『ダークラグネ』が現れた!
「わわわわ!? こんな時に出なくたってー!w」
「ひー!w」
 ダークラグネは『ダーカー』と呼ばれる種族のボスエネミーだ。ダーカーとは宇宙に生きる全ての生物の敵で、これを倒すのはアークスの本来の仕事の一つでもある。
 つまり、このゲームの敵役の中の敵役で、そのボスエネミーであるダークラグネは初心者の私たちにとってとても強い。
 巨大な蜘蛛って簡単に言うけど、その大きさは実際に見ると家の2軒くらいは普通にある大きさで、とても大きい。四本の足と二本の鎌を持ち、黒い雷撃と衝撃波を縦横無尽に放ちまくる。その一撃はかすっただけでHPの半分以上を持っていかれてしまうのだ。
「わ、わ、やっぱり雑魚もきた!」
 PSO2のボスエネミーの特徴。そのひとつが雑魚エネミーを従えてくることだ。一人のプレイの時、つまりソロプレイならこないけど、パーティプレイの時は雑魚エネミーが追加で出現する。
 ラグネの足元にわらわらとわいてくる雑魚ダーカーたち。全て昆虫のようなタイプだ。
「うひー! 二人にこれは――!」
 ついにチャットの余裕すらなくなった。雑魚の攻撃と、ラグネの雷撃、その波状攻撃をかわし続ける。避けるだけで精一杯じゃないかー!
「リー、リリ?」
 リリーパ族がほわほわと首をかしげる。お前はのんきでいいなあもう!
 でもどうしよう? このままじゃ本当にその内やられちゃう――。
「うーん、もうだめ(HP0)」
 ちょ、ちょっと!? ウィッキちゃん倒れるの早くない!?
 どうしよう!? そう思ったとき、急にカットインで顔グラフィックつきの台詞が見えた。
「途中から失礼するよ。間に合うといいんだがね」
 ジギーさん!?
 驚く間もなく、ジギーさんからチャットが飛んできた。
「テレパイプお願いします」
 テレパイプ、以前キャンプシップのときに軽く触れたテレポートゲートだ。クエスト中のアークスは簡単な移動手段として帰還用の携帯テレパイプを持ち歩ける。
 私はすぐさまテレパイプを放り投げた。地面に落ちたテレパイプはキャンプシップとこの場所を繋ぐ。
「やあ、ほどほどにはがんばるさ」
 ジギーさんのオートワード、助けにきてくれたんだ!
 ジギーさんはこの場所に降り立つと同時に動き出した。ジギーさんの手から闇の塊が次々に放たれて、雑魚ダーカーが一瞬にして倒れていく。
 凄い、これが高レベルのアークス。
 雑魚はどれだけ倒しても沸き続ける。だけど、数が減った合間に、ジギーさんは『ムーンアトマイザー』、生き返りのアイテムを投げた。
「やった! ありがとう!」
 オートワードと共にウィッキちゃんが生き返る。しかもその瞬間、ウィッキちゃんのHPが最大値まで回復した。ジギーさんのレスタだ。
 そしてジギーさんはそのまま『シフタ』、攻撃力を上昇させるテクニックを全体にかけた。
 手際がいいのが見るだけで分かる。これがゲームになれているってことなんだな……。
「ウィッキちゃん、雑魚を倒そう!」
 私たちも黙ってみているわけには行かない。雑魚を掃除してジギーさんが戦いやすくしなくちゃ!
 反撃が始まった。ラグネに向かってジギーさんが闇のビームを素早く撃ち込む。たったそれだけでラグネはジギーさんを狙い始めた。多分既にもともとの攻撃力自体が違うんだな。
 そうすることで、逆に私達が戦いやすくなった。たぶんジギーさんはこれを狙ってやってるんだろう。
 私たちも雑魚を倒し始める。少しでも活躍しないと、ちょっと悔しいものね。
 と、急に画面中に緑と黄色の激しいエフェクトが展開した。目の前が風と雷の嵐でいっぱいになる。
 なんだなんだ!?
 見ると、嵐の中を緑色の翼を生やしたジギーさんが凄い速さで飛び回ってた。ラグネに体当たりを繰り返し、当たるごとに見たこともないようなダメージが繰り返し表示される。
 周囲の雑魚も雷に撃たれてどんどん倒れていく。
 やがて、嵐が収まる頃にはほとんどの敵が塵となっていた。
 残った何匹かの雑魚が逃げ始める。ボスがいなくなって統制が乱れたんだ。放っておけば勝手にどこかへ消えていくだろう。
 でも、ジギーさんはついでというようにその場でカタナを鞘に納める動作をした。
 ジギーさんを中心に同心円が広がっていく。
 切り捨てるような効果音。同時に周囲の全ての雑魚が一瞬で切り捨てられた。
 まさに何もなくなったのである。
「すごい・・・」
 思わず打ち込んだ。だって、レベルが違うにしてもちょっとこれは違いすぎる。
「凄い凄い! 凄いよジギー先生!」
 ウィッキちゃんがジギーさんの周りをジャンプして飛び回る。
「ふむ。大丈夫だった?」
 ジギーさんが言う。うん、大丈夫って言うか、私達助けられてるだけだったし。
「大丈夫です。すいません、助けてもらっちゃって」
 実力差がありすぎて、なんだか申し訳ない気分だ。
「ジギー先生! ありがとう!」
 ウィッキちゃんは素直にお礼を言った。こういうとき、ウィッキちゃんは凄いと思う。私はちょっと、素直にお礼が出来ない。なんだろう、天邪鬼なのかな。
 なんだか、悔しいんだ。
「ふむ」
 ジギーさんは何か頷く。そしてこう言った。
「リリさんもウィッキさんも、そのうちこのくらいできるようになりますよ。長くゲームしていれば、自然と強くなるものです」
 優しい言葉だけど、いつものように砕けてはいない。なんだか、こっちの気分を見透かされたっぽいかな。恥ずかしいや。
「じゃあ、私はこれで。グワナーダは普通にがんばって倒せると思うから、がんばるようにw」
「はーい」
 そんな簡単な会話で、ジギーさんは帰って行った。パーティからも抜けていく。
「ウィッキちゃん、やけに早く死んだと思ったら、ジギーさんに連絡してたでしょ」
「えへへー。ばれたかw」
 まったく。人に頼るのに躊躇がないんだから。
「でも、ジギー先生、思ってたよりぜんぜん、もっと、すっごく、強かったね」
「そうだね」
 私は思う。悔しい、と同時に、私もあんなふうに誰かを助けられるほど強くなりたい。そう、思った。


 ●


 グワナーダを倒してロビーに戻ると、ゲートの入り口付近でジギーさんが待っていた。
「無事に帰ってきたね。お疲れ様w」
 助けに呼ばれた以上、最後まで見届けてくれているんだろう。ジギーさんて、妙なところで律儀だ。
「ジギー先生!」
 ウィッキちゃんが声を掛ける。その後に何を言うかは、私でも分かる。
「私、もっと強くなりたい!」
「私もなりたいです!」
 素直に思う。助けられるだけじゃない、助ける側に、私もなりたい。
「ふむ」
 ジギーさんはまた頷いた。この「ふむ」っていうのは口癖なんだろうか。
「私ができるのは強くなるための簡単な知識を教えるくらいだよ。あとは自分達の努力だ」
 至極まっとうである。
「まあ、その知識を参考にする程度に君達に教えるのはかまわない。そんなもんでいかがかな?」
「お願いします!」
 私とウィッキちゃんの返事は、もうこれしかなかった。
「ういうい。わかったわかった。だけどまあ」
 ジギーさんは言う。
「焦らないことだよw」
 そうは言うけど、はやる気持ちは抑えられない。
 私はやっぱり、強くなりたいと思うから。


to be continue...


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