―LIVE:生きる―
登場人物
レヴィ:答えはない。それでも向かうべきは未来
リーン:過去は否定できない。出来ることは立ち向かうこと
「僕は君の友達になりたい」
その言葉は真実だった。10年前の真実。
それを裏切りという名の虚構にしたのは他でもない。自分だ。
何があったのだとしても、裏切ったのは自分だった。
●
「お人好しさん! 開けてください!」
リーンは焦っていた。
目の前のドアを何度叩いたかわからない。携帯端末で何度コールを送ったかわからない。
顔には目潰しに使われた白い粉がまだ少しこびりついている。雨の中を急いで戻ってきたのでドレスは裾が濡れている。
だが、それらに構うことも出来ないほどに、リーンは焦っていた。
「お人好しさん! お願いだから答えてください!」
異邦人街の地下、レヴィの住む地下マンションの廊下にリーンの声が響き渡る。レヴィの部屋の他にドアなどがなく、反響して返ってくる自分の声はリーンを不安にさせ、焦りを強くする。
時計を見た。携帯端末の時計は午前四時を過ぎたところだ。
まずい――。
リーンは思う。このままでは命に関わると。
「お人好しさん!」
ドアの向こうに気配はある。だが反応はない。
携帯端末にもう何度目かわからないコールを入れた。
お願いだから出てください――!
●
暗闇の中、携帯端末がコール音とともに光を放つ。
端末の光に顔を照らされたレヴィはしかし、それに応じはしなかった。
部屋の隅にうずくまって、ただ無気力とも言える目で床を見つめる。
視線の先の床は濡れている。雨の中、ずぶ濡れになって逃げてきたのだ。濡れた体のまま、ただ座り込んでいる。
そう、レヴィは逃げてきた。
つい数時間前、ホテルのカジノで彼の前にそれは突如として現れた。
それはレヴィの過去だった。過去そのものだ。
捨てたはずの過去だった。
過去はレヴィに手を伸ばしてきた。攻撃するためではない。迎え入れるために。
だがレヴィは逃げた。何故逃げたのか明確に言葉には出来ない。しかし確かに思うのは――。
「……ごめん――」
謝罪だ。
僕はもう、君の友達ではいられない――。
その思いが何度も頭の中をリフレインする。
ただ、その思いに囚われながら、レヴィは床に身を投げた。
目が霞むな――。
視界に異常を感じながら、呼吸が浅くなっていくのを感じる。
目の前で端末がコールを続けているのが見えた。着信表示にはただ、猫、とだけ表示されている。
それを見た瞬間、なんともいえない気持ちになって、レヴィは気を失った。
●
携帯端末のコールに、相変わらず反応がない。
焦りながらコールを続けるリーンは、かすかな音を聞き取った。
閉ざされたドアの向こうから聞こえたそれは、明らかに人が倒れる音だ。
リーンは全身の毛が逆立つような、心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。それは恐怖ともいえた。
レヴィとリーンが別れてからすでに数時間。さらに今日はカジノに出向いてから別れるまで、”レヴィは食事をしていない”。
レヴィはその体質とも言える異能のために定期的な食事が必要だ。すでに半日以上レヴィは食事をしていない。それは命の危険を意味する。
倒れた音の理由は明らかだ。
リーンの意識が一瞬にして真っ白になった。同時に――。
彼女は握りこぶしを固めた。
●
父がいた。尊敬する人だった。
母がいた。最愛の人だった。
親友がいた。共に未来を誓った。
だが全ては過去だ。
今の自分はもう、――。
●
あまじょっぱい――。
口の中に広がる味とともに気がついた。誰かが泣いている。
レヴィは涙が嫌いだ。見ていると自分も悲しくなるから。
だから手を伸ばした――。
●
暗闇に一筋の光が差し込んでいる。
明かりのついていない部屋に差し込む光は、壊されたドアから入り込む廊下の蛍光灯だ。
差し込んだ光の先で、リーンは泣いていた。レヴィを抱えながら。
ただ泣き続けながら、レヴィの口にスティック状の携帯食を押し込み続ける。
床の上には放り捨てられた携帯食のパッケージ。
『甘露煮ーメイト』、レヴィに食事を取れないような非常事態のために持たせている携帯食だ。
リーンの心は一つの気持ちでいっぱいだ。
死んで欲しくない。
リーンにとってレヴィは家族のようなものだ。レヴィは猫としか呼んでくれないが、彼はリーンを間違いなく”拾った”のだ。
レヴィはリーンの大事な家族なのだ。
「お人好しさん……、お願い――生きて!」
願いと共に、甘露煮ーメイトを押し込んだ。
押し込まれた瞬間、レヴィの体が一つの反応を起こした。
「――!?」
咳だ。レヴィが押し込まれた甘露煮ーメイトによってむせた結果だ。
「お人好しさん――!」
叫んだ刹那、リーンの頬に、やや冷たい、だが確かな感触。人肌の感触がした。
レヴィの手が、リーンの頬に添えられていた。
「猫――」
レヴィは確かに呟いた。彼の瞳が弱々しく、だが確かな視線をリーンに投げている。
リーンは泣いた。泣き崩れた。
レヴィはしかし、どうすれば良いかよくわからず、ただ、
泣かれるのは、苦手だな――。
そう思っていた。
●
街は今日も、足早に日々を過ごす。
明日という未来に向かって人々は歩き続けている。
●
シエル・ロア異邦人街。様々な人種が行きかい集まる街は、様々な様式の建築と雑多な人々で溢れている。
街は異様な雰囲気に包まれていた。
普段よりも活気があり、道行く人は皆、何かに期待を抱いているようだ。
メインストリートの一角に流れる電光掲示板に、一つの文字が大きく書かれている。
『シエルテ精華祭、目前』
祭りだ。街の人々は皆、すぐそこに迫った祭りに胸を高鳴らせているのだ。
人々は祭りに向かって、足早に町を行きかっている。
●
喧騒を離れたところに、その脇道はある。
メインストリートこそ現代様式の建築が多いためにまだ統一感があるが、一つ横道にそれるとそこはすでにどこの国かもわからない異空間だ。
午後の暖かな日差しが西洋風建築の館を照らす。館の柔らかな白い壁が跳ね返した日差しのなごりを、隣りの東洋風の厳然たる門構えが寛容に受け止めている。
その不思議な空間を横目に、二人は座っていた。
●
「お人好しさん、何にします?」
そう言って、リーンがレヴィにメニューを開いて見せた。
カフェバー『ホットチョット』。異邦人街の中心からやや外れた場所に佇むような、一軒の店。リーンとレヴィはそこのオープンテラスに陣取っていた。
「……」
レヴィは何も言わず、開かれたメニューに目を落とす。
相変わらず、ですか――。
リーンは心の中で独りごちた。
カジノの夜から数日、レヴィは意識を取り戻したものの、何も喋っていない。カジノでレヴィを追いかけた男が誰なのかも、聞いても答えてはくれなかった。
どうしたものなんでしょうね――。
そう思うが、今はどうしようもないかと思い直し、リーンもメニューに目を落とす。
メニューにはいたるところに赤い文字が踊っている。それらはメニュー一つ一つに丁寧に書き付けられ、全て同じ内容だ。
『チョットダケカライデス』
わざわざ全てのメニューに書き込まなくても、最初のページにでもまとめて書けば良いのではないでしょうか……、などと思うが深くは突っ込まずにおこうと結論を出した。
「私、これにしますね?」
レヴィに対して一つのメニューを指差してみせる。
『チョットダケサンドセット』、そう書かれたメニューには色とりどりのサンドイッチがやや小さめにカットされて、しかし数は多めに盛り付けられた写真が載っている。ちなみにランチセットでスープとサラダ付きだ。
対するレヴィは、
「……」
相変わらず何も言わず、ただメニューに目を落としている。
重傷、――ですよね。
リーンは思い返す。
カジノの夜を。
●
”彼”は言っていた。
「君のお父さんの戦友の、イラーリオ・ベルモンテの息子のジュリオ」
「君の友達のジュリオ」
確かに友達だと。
●
友達――。
リーンにはその言葉の意味する所はよくわからない。
だが、一つだけわかることがある。
それは追いかけてきた”彼”がレヴィの過去であるということ。
そして、レヴィが逃げ出したという事実から導き出されるのは――、
お人好しさんは、逃げているんですね――。
レヴィは確かに、あの時”彼”から逃げた。それはつまり、レヴィが過去から逃げているということだ。
過去――。
リーンにも過去がある。今まであまり意識しなかったがレヴィにも過去があるということを、今更自覚していた。
リーンの過去は、あまり思い出したくなるようなものではない。だがそれだけに、
逃げている――。
リーンには思うところがある。そしてレヴィに言いたいとも。
だが、今のままではレヴィはどんな言葉も受け付けないだろう。だから、
「お人好しさん――」
リーンは切り出した。
●
集団。
それは人が集まって群れなす、そういう意味の言葉だ。
だが、
ここまで来ると、もう群れとかそういうレベルじゃ――。
ないなと、レヴィは思った。
肩を押され、背中に張り付かれ、足を踏まれ、レヴィはそこにいた。
集団を超えて、中世の戦争で言う密集陣形を密度としてはるかに超えた群集。その只中にいる。
目の前には群集の向こうに広がる大型の野外ステージが見える。
ステージは巨大といって差し支えない。超満員の群衆を囲むように広く作られており、照明装置を吊り下げる骨組みが高々とそびえている。
ステージ中央、その上部に掲げられた垂れ幕には『シエルテ精華祭特別ステージ』の文字が躍る。
超満員の特別ステージ、そこはシエルテ精華祭の目玉、中央広場野外特別ステージであった。
すでに開会式などは終わっており、午前の演目の目玉であるバンド演奏を控えて会場はいっそう人で賑わっていた。
苦手だな――。
レヴィは思う。レヴィは知らない人間と同じ場所にいるのが苦手な人間だ。人見知りである。超満員のライブステージなど考えるだけで恐ろしいほどだ。
ステージに目を向ける群集とは逆に、レヴィの視線はおのずと足元に向かう。
こんなことしてる気分じゃ――。
レヴィは乗り気ではなかった。今の自分の気持ちを自分でも表現できない。ただ、
何もしたくない。誰にも会いたくない――。
そう思っていた。
それでもここに来たのには理由がある。
それはリーンだった。
●
「――というわけで、精華祭に来て欲しいんですけど」
サンドイッチを齧りつつ、数日前のリーンはレヴィに聞いた。
結局同じサンドイッチを齧りながら、レヴィは聞いていた。
「……精、華祭――?」
「嫌とは言わせませんからね」
リーンは断言した。
「せっかくのライブなので、お人好しさんに見てもらいたいんです」
「う、うん……」
いつになく強気のリーンに、レヴィはうなずくしかなかった。
●
そんな会話を思い出す。
レヴィはあまり知らないことだったが、リーンはマフィア仲間とバンドを組んでいた。
詳しい話を聞いたことが無いのでリーンの担当パートが何かすら知らないのだが、そのバンドが今回のシエルテ祭で演奏をするらしい。
バンド名は、――。
なんだったか。思い出せずに困惑した瞬間、場内アナウンスが声高に宣言した。
「お待ちかねのバンド演奏! まずは今年初エントリーのニューフェイス! 桃華焔龍(トウカエンリュウ)!」
告げられた名前がリーンの所属バンドだということを思い出すのと同時に、ステージに赤い花が咲いた。
●
爆音、激しいフラッシュ、色とりどりのスモーク。それらが一体となって一つの爆発を生む。
その中央に鮮やかな赤い花が一輪、飛び出すように咲き誇った。
花はマイクを右手に、口を開く。
歌うのだ。
●
会場の中を、疾走感の強い攻撃的なサウンドが駆け抜ける。
コーナー開始一曲目の、オープニングナンバーにもってこいの刺激的な曲だ。
赤い花のような華麗な衣装のボーカルの少女が、綺麗だが、確かに力強さを感じる声を乗せてくる。
会場は一瞬にして熱気に包まれた。
誰も彼もが腕を振り上げ、歓声を上げ、熱さの中にその身を投じている。
ただ、レヴィだけが動かずにいた。
レヴィの目はボーカルの少女に釘付けになっている。
ボーカルの少女は、リーンだった。
●
――。
なんという言葉を作ったら良いのかわからない。
レヴィはただ、呆然とリーンを見ていた。
リーンのほかにも見知った顔がバンドメンバーの中にはある。だが、レヴィは視線をリーンから動かせなかった。
オープニングナンバーが終わり、続けざまに次のナンバーが始まる。
勢いはそのままに、疾走感を湧き上がるような感情の高ぶりに置き換えたポップス。
疾走感で作った会場のヴォルテージを一気に爆発させるようなうねりをもった曲。
だがそれに、レヴィは気付いていない。
ただ、驚きと、そして――、
「これが――、リーン?」
それは新たな発見だった。
リーンのことは知っているつもりだった。
何年か前に拾い上げた一匹の猫。
共に生活してきた、家族のような猫。
だがそこにいるのは、明らかにレヴィの知っているリーンではない。
正確には同じ人間だ。だがレヴィはそのリーンを新たに発見した。それはつまり――。
僕は――。
レヴィは自覚した。自分が今まで目の前のものを真っ直ぐに見てはいなかったということを。
レヴィは確かに壊れた人間だ。だが、レヴィ自身がその壊れたという事実に逃げていたことを、彼は知ってしまった。
なぜなら、
僕は、猫のことすら、ちゃんと見ていなかった――。
事実を知る衝撃に、ただレヴィは圧倒され、そして思っていた。
●
リーンは、綺麗なんだね――。
●
セカンドナンバーを全力で歌いきったリーンは、会場を見渡した。
そして”それ”を見つけた彼女は、満足ともいえる微笑を顕にし、叫んだ。
「ラストナンバー!」
●
ラストナンバー。
確かにリーンはそう言った。
午前のバンド演奏は一時間を四つのバンドで分け合っている。
一つのバンドの持ち時間は十五分ほどと短い。
会場の群集は名残惜しそうに、しかしラストナンバーに期待を向けて、食い入るようにステージを見つめた。
●
ステージ上のライトが水平に灯された。
バンドメンバーが皆。逆光の中に影となって浮かび上がる。
その影に、レヴィは見た。
リーンが、自分に向かって微笑んだのを。
確かに見たのだ。
●
全ての音が止んだ。
一瞬静まり返った場内に、緩やかなメロディーが流れ出す。
バラードだ。
包み込むような優しい前奏。しかしドラムは力強く、語りかけてくるような曲だ。
そしてリーンが、口を開く。
●
歌を、紡ぐ。
●
見えない思いがほどけてく
その思い(かこ)を否定しないで
乗り越えられる 傍(そば)に居るから
WOW...WOW...―
●
リーンの出番が終わってもライブは続く。
だがその会場に、レヴィの姿はすでに無かった。
●
午後の日差しが高い。
五月ももう終わりの晴れやかな日差し。その日差しを受けながらレヴィは思う。
もう、コートの出番は終わりかもしれない――。
日差しの暑さと共に自らの思いを込めて、そう、独りごちた。
野外ステージを後にして、屋台が立ち並ぶストリートに彼はいた。
とりあえず、食べよう。そう思う。
自分の気持ちをまとめよう、そのためには腹が減っていては駄目だ。そう考えて、自分の考えに苦笑した。
気持ちじゃないな――。
気持ちはすでに決まっていた。今自分がまとめるべきものはそれではない。必要なのは――、
言葉――、だよね。
それはレヴィがもっとも不得手とするものだが、今の自分には絶対に必要なものでもあった。
必ず言わなくてはならない。素直な気持ちで伝えなくてはならない。そう、感じる。
そのためには空腹ではいけないと、立ち並ぶ屋台に目を向ける。
「あれに、しようかな……」
目の前にはハンバーガーを売る屋台があった。店員の声がやや野太く、体格が良いのが気になるが、まあ普通の屋台だ。
屋台の店名はマッ――。
「お人好しさん! あっちの屋台に行きましょう!」
店名を読もうとした瞬間、レヴィは横に掻っ攫われた。
●
「ひぇえ」
詰まったような、それでいて空気が抜けたような、妙な違和感のある声。
「お人好しさん、口に食べ物詰めて喋らないでください」
リーンにたしなめられて、レヴィは口の中の白身魚のフライを飲み込んだ。
屋台の立ち並ぶメインストリートを、レヴィとリーンはゆっくりと歩いていた。
お互いの手にはカップに入ったフィッシュアンドチップス。リーンはすでにいつもの普段着に着替えている。
「ねえ」
魚を飲み込んだレヴィが改めて聞いた。
「なんで、あそこに……いた、の?」
さっきのバーガーの屋台での話しだろう。リーンはそう見当をつけて答えた。
「何か嫌な予感がしたので、お人好しさんを探していたんです」
レヴィはその答えを聞きつつ、その内容よりもリーンの態度に興味が向いていた。
歌ってたときとは、別人だなあ――。
今横に並んで歩く彼女は、いつも通りの丁寧な言葉遣いで、歌っていた彼女と同じだとはとても思えなかった。
「何笑ってるんですか?」
言われて気付いた。レヴィは笑っていた。自覚は無かったが、しかし、
楽しいから――、かな――。
笑っていても不思議だとは思わなかった。
リーンの歌を聴いてから、レヴィは楽しいと感じていた。
自分の周りのすべてのもの、それらの色や形が、一つ一つ今までと違って見える。そんな気がした。
何よりも、今隣で自分に向かって不思議そうな顔を向けているリーンが、一番面白く見える。
面白く、見える――。
それが一体どういうことなのか、今の自分にははっきりとわかった。
だから、レヴィは言わなければいけない言葉の一つを、言うことにした。
「あり、がとう――、リーン」
●
「急にどうしたんです? 変なお人好しさんですねぇ」
そう言いながら、リーンは笑って見せた。
今のレヴィはいつものように、いや、いつも以上に穏やかに見える。
自分の歌を歌う姿を見せるという行為が、どのような影響を作るかは正直に言うとあまり予測はついていなかった。
だが、今のレヴィを見る限り――、
間違いでは、なかったですよね――。
そう思う。
レヴィの中でどのような変化が生まれたかはわからない。だが、少なくとも何かを好転させることが出来たようには思う。
「お人好しさん――」
だから、言うべきことを、言うときだと思った。
●
「――」
リーンが問いかけの形を口に作った。
だから、レヴィは動く。
リーンよりも先に、言葉に出した。
「僕は――」
本当なら手の動きなどで遮ってからにしたかったが、今までやったことが無いのでよくわからない。だから、慌てて口にした。
いつもよりも大きな声が出てしまったが、逆にそれで彼女の台詞を遮ることには成功したようだ。
なので、どもりながらもしっかりと、それを宣言する。
「僕は――、ジュリオと、話し、たい」
本来なら希望を口にする所ではなく、自分の意思を宣言すべきなのだが、喋ることをできる限り遠ざけてきた自分にはこれで精一杯だった。
「ジュリオ、に、――今の、僕を……、理解、して、欲しい」
どうしても言葉はつっかえてしまう。だが、言い切った。
言い切ることが、すがすがしいことだと、レヴィは初めて感じた。
きっと、今までずっと、自ら損を選んでいたのだろう。馬鹿らしい話だと、そう思った。
「だから、僕は――」
宣言する。そうすることが、10年前から踏み出せなかった一歩なのだと、そう思いながら。
「ジュリオ、に――、会いに、行く」
●
レヴィの言葉を聞いたリーンは、笑みを浮かべた。ただいつも通りの、丁寧で、優しい笑みだ。
そしてただ、一言、呟くように、
「よかったです」
そう、告げた。
リーンは思う。過去は否定できないと。
どんなに辛くても、逃げるものではないと思う。
過去に対し、どのような感情を持って、どう相対していくかは人それぞれだ。だが、逃げていてはいけないことだけは確かなのだと。そう思う。
だから、家族のように思っているレヴィが逃げようとするのは、許せなかった。
自分を家族にしてくれた人だからこそ、そう思っていた。
自分がレヴィに決意を持たせることができたのだというなら、それは嬉しいことであり、あるべき姿なのだとも思う。
家族なのだから。
そう、思った。
「お人好しさん、あの屋台、行ってみませんか? 美味しそうですよ」
家族の力になれたという誇りにも似た思いと共に、リーンは歩いた。
●
屋台に向かって歩いていくリーンの後姿を追いながら、レヴィは思う。
僕は、君に言えるだろうか――?
彼女に言いたい、もう一つの言葉。
今の自分に、確かに芽生えたこの気持ちを。
いつになるかはわからない。どう答えられるのかもわからない。
でも――、
いつか、必ず。伝えよう――。
そう思った。
それは、ジュリオへの決意とは別の、もう一つの、彼の決意だった。
END
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