―嗚呼、チェリー―
登場人物(お題:カジノについて一言)
レヴィ:お酒は配ってるのに食べ物は買わないといけないんだね・・・(心の声)
リーン:賭け事はあまりしないのですが、見ているのは面白いですね
アニュス:稼ぐぜー、超稼ぐぜー
謎の美女:???
チェリー、さくらんぼ。小さくて甘い果実。時に童貞を表す隠語。
●
小さな部屋がある。部屋の中にはたくさんの衣装、つまり衣装部屋だ。
衣装部屋の中、壁に立てかけられた姿見があり、その前に一輪の花が咲いていた。
花は優しい色合いで、雌花だ。緑の雌しべは凛々しく、しかしそれを取り巻く水色の花弁は柔らかで優しい。そしてピンクのガクは可憐にそれらを包む。
花が姿見の前で”一回りしてみせた”。そして喋る。
「久しぶりのドレスですが、変じゃないですよね……」
つまりそれは植物ではなく人である。華やかで可憐なその人は、水色のドレスとピンクのショールに身を包んだ緑髪の少女、リーンだった。
「でも、紅龍会の支部にこんな衣装部屋があるなんて驚きですね……」
そこはリーンの言う通り、紅龍会の支部にある衣装部屋だ。様々な衣装があるが、リーンのドレスは自分で持ち込んだものだ。
見渡すと一見ドレスなどの普通の衣装があるだけだが、よくよく見てみるとそれらの奥に怪しげな拘束具などがあるのがわかる。
「うん、なんとなくわかってましたけど、ね」
そう言うと、リーンは衣装部屋を後にする。隣の部屋でレヴィとアニュスの男二人が準備をしているはずだ。
「まあ、準備というか――」
アニュスさんがお人好しさんの着付けをしてるだけですけど……。
レヴィは普段スーツなどのかしこまった物を着ない。それは単にネクタイなど自分で結べないからであった。
リーンは男二人の様子を窺おうと、隣の部屋のドアをノックすべく近づく。
「――」
声を掛けようとしたその瞬間、その声は部屋の中から聞こえてきた。
●
「アニュス、ねえ、こ、れ、……ちょっと、大きく、ない……?」
「大丈夫だろこのくらい。それにレヴィも大きい方がいいだろう?」
「だけ、ど、ちょっと、苦しい、よ……、ん、く……」
「そのうち慣れるさ。ほら、顎上げて」
「ん……」
●
ドアが開いた。勢いよく、内側に。外開きのドアが、内側に。
つまり吹き飛ばされた。
●
男二人が吹き飛ばされたドアを見ている。
アニュスとレヴィ、二人の顔は呆然としたそれだ。
ドアの向こうにはドレス姿の可憐な花、リーンが立っている。
「お二人とも、何をしてるんですか?」
明らかにリーンの拳から煙が上がっているようにも見えるが、とりあえずアニュスはからからに乾いてしまった口を何とか開いた。
「な、何って、……レヴィのネクタイを締めようとしたんだけど」
見ればアニュスの手はレヴィの首元でネクタイを絞めている。その結び目は大きい。
「ああ、なるほど……」
リーンは理解した。ネクタイの結び目は大きい方が階級が下であることを表す。レヴィは下級構成員なのでそうしたのだろう。
「猫、どう、した、の?」
レヴィも恐る恐る聞いてみる。
「ああ、いえ、ふふふ? ドレスでも動くのに支障がないか、試しただけですよ?」
アニュスが、またずいぶんと派手だな試しだね、と言ったが聞こえない振りをした。
「まあ、準備もできているようですし。そろそろ行きましょうか」
リーンはにこやかに、そしてはっきりと告げた。
「カジノへ」
●
午前零時。シエル・ロアは夜もにぎやかな街だ。ゆえにこの時間はまだ街が眠りにつく時間ではない。
だが、今の街は静まり返っている。
それは”ゲーム”ゆえだ。
シエル・ロアの行く末を決めると言ってもいい、支配者の座を争うゲーム。それが行われる零時から四時までの間はいまや街中が静まり返っている。
その最中、静まり返った街中にあって、一つだけ明かりをともし、賑やかな場所があった。
シュレンズレヒター・グランドホテルだ。
ホテルは全館営業中で、明かりがついているどころか続々と客が吸い寄せられていく。
何故か?
答えは見ればすぐにわかる。集まる客の誰もが腕にそれぞれの腕章をつけている。
腕章はゲームに参加した組織の証。つまり、今ゲームが開催されているのはまさにここ、シュレンズレヒター・グランドホテルなのだ。
そして今、ホテルの前に三人の若者が到着を告げた。
●
タクシーを降りた三人は、正装に身を包んだレヴィたちだ。
可憐なドレスに身を包んだリーンを先頭に、紅龍会の黒いスーツに身を包んだアニュスとレヴィが続く。
アニュスは首もとの赤い蝶ネクタイを直しながら、
「さあて、今夜は稼ぐぜ! なんたって今回のゲームはカジノだからな!」
意気揚々と言う。
アニュスは賭け事、特にカードゲームはお手の物だ。今夜一気に稼ぐつもりらしい。
対するレヴィは……、
「あの、お人好しさん? ドレスの裾掴むの、やめてもらえませんか?」
心細そうにリーンのドレスを掴んでいた。
「だ、だって……、コート、着て、きたら、駄目だ、って」
レヴィはいつものダッフルコートを着ていない。ホテルのドレスコードゆえにリーンたちが置いてこさせたのだが。
「こ、怖い……」
この有様だ。
「大丈夫だよ、レヴィ」
アニュスが切り出した。
「心配することないって! 俺とリーンから離れなければいいんだからさ!」
そう言うと、アニュスは二人を連れてホテルへと向かった。
●
「なあレヴィ、ちょっと離れてくれないかな、やっぱ……」
ホテルの最上階を含む四十九階と五十階をぶち抜きの吹き抜けでゲームのために作り上げたカジノの中、五十階にあたる場所に設置されたポーカーの台で、アニュスはこぼした。
「え、でも……」
レヴィは戸惑う。
アニュスのやっているポーカーはもともとアニュスが最も得意とするゲームだ。しかし、今アニュスはいまいち勝てていない。
理由は単純だった。
背後で応援しているレヴィだ。
リーンも隣で見ていたが、いつもどおり微笑を顔に貼り付けているので問題はない。しかしレヴィは違う。こちらに配られたカードを見るたびに、実に様々な表情を見せているのだ。
つまり、
こっちの手の内ばればれじゃねえか……。
そんなわけで、アニュスはリーンに助けを求めた。
「ほら、せっかくだからさ、観戦ばっかじゃなくて何かやってこいよ。レヴィを連れてさ?」
リーンはアニュスの顔にとても微妙な表情があるのを読み取った。
まあそうですよね……。
なのでリーンはレヴィを連れ出すこととした。
「お人好しさん、せっかくだから、色々見て回りましょう」
有無を言わさずレヴィを引っ張った。
●
カジノはゲームのために急造されたとは思えない、豪勢で立派なものだった。
そこかしこに遊戯台が並び、人の波を掻き分けてバニーガールが酒を運ぶ。
中心は吹き抜けとなっており、全体がよく見渡せる。
そんな中、レヴィを引っ張るリーンは、とある一角を行ったりきたりしていた。
困りましたね……。
そう思うリーンが行き来している一角とはつまり、トイレの前だった。
リーンは思う、トイレに行きたいと。しかし、振り返れば、
「……?」
不安げにこちらを見るレヴィが、ドレスの裾を掴んで離さない。
困りましたね……。
しかし、このまま我慢を続けるわけにも、ましてレヴィを女子トイレに連れ込むわけにも行かない。
「どう、したの……?」
できればトイレの前をうろつくことで察して欲しかったが、まあ無理なようだった。
ため息とともに、リーンは言った。
「お人好しさん、ちょっとトイレに行ってきますね?」
レヴィが反論するより早く、手を払いのけてまくしたてた。
「すぐ戻りますから! ここに居てくださいね!」
風のように、しかし乱れることなくリーンはトイレに姿を消した。
「あ、え……」
残されたレヴィは、しかし状況についていけなかった。
●
カジノの壁際に、座り込んで震える男が居る。
レヴィだ。
母の形見のコートもなく、気の知れた仲間も近くには居ない。ましてやここは慣れない場所だ。人見知りのレヴィには辛いことこの上なかった。
今頼れるのは右脇につるしたガンベルトに、銃の変わりに入れてある父の形見のナイフだけだ。
レヴィは今、心細かった。どうしていいのかわからない。思考もまとまらない。
そんなとき、その声は降ってきた。
●
「おい、どうかしたのか?」
男言葉のハスキーボイス。しかし、見上げたレヴィの視界に入ったのは、
「――」
声が詰まる。それほどの美人がそこにいた。
可憐だが凛々しい。その表現がぴたりとはまる、そんな美人だ。リボンを大きく組み合わせたようなドレスは華やかだが、涼しげに垂れた目元は凛として美しい。涙ぼくろが印象的だ。
「寒いのか?」
震えているのを寒いのと誤解したのか、美人はレヴィに手を差し伸べた。
「!」
しかし、レヴィは思わず身を引いた。相手が美人であっても、いや、美人だからこそか。人見知りが出ていた。
「取って食ったりしないよ」
美人は笑うと、首元に巻いていた黒いスカーフを、そっとレヴィの肩にかけた。
「貸してやるよ。少しは寒くなくなるだろ」
そう言うと、美人は仲間と思しき人間に呼ばれて去っていった。
「縁があったら返してくれ」
そう言い残して。
●
レヴィは思った。
――楽になった……。
スカーフの温もりが、不思議と自分を落ち着かせる。
気がつくと、レヴィは普通に立ち上がっていた。
レヴィは美人に感謝をしようと思うが、しかし、すでに居ない。
同じ街にはいるだろうから。今度探そう。
そう思って、リーンを待った。
●
「そのスカーフ、どうしたんです?」
リーンは少し戸惑った。トイレから出てきてみれば、そこには別人のような、ある意味いつも通りのレヴィがいたからだ。
「ん……、貸して、もらった」
誰に、と問いたい所だが、多分レヴィに聞いても意味はないだろう。そう思ってリーンは言う。
「よかったですね」
レヴィと上手く付き合うには、ある程度物事を飛ばして理解するのもテクニックのうちだ。
リーンは思う、これなら別行動もありですかね、と。
「お人好しさん、別々に見て回りませんか? ここ、結構広いですし」
本音は自分もゲームをしてみたいのだが、アニュスの二の舞になりたいわけではないというところだ。
レヴィは暫し迷いを見せたが、
「――わかった」
了承した。
心の中でスカーフの女性と会えるかもしれないという期待はあった。
「じゃあ、暫くしたら私の方から探しに来ますから」
レヴィはうなずき、二人は分かれた。
●
暫く見て回ったレヴィだが、吸い寄せられるようにスロット台に向かっていた。
理由は単純。
人と戦わなくていいから、楽――。
対戦相手と手の内を読み合うようなゲームは苦手だった。殺しの仕事ならいざ知らず、傷つけあうことのないゲームにおいて表情を崩さずに読み合いをすると言うのは苦手だった。
これがレヴィが賭け事に弱い理由だ。
スロットの合間を縫うように見て歩く。
レヴィはスロットのルールをよく知らない。だが、見ているうちにチップを入れて絵柄をそろえるものだということは理解した。
手元にはチップ代わりに渡された銀の星がある。このカジノで点数を稼ぐために特別に作られたものだ。カジノの中ではすべてチップ代わりになっている。
さてどの台に座ろうかというとき、ふと、目に入った台があった。
●
『特別設置代 セクシエル・ロア ボイス仕様』
−注意書き−
この台はこのカジノのために作られた特別仕様です。役をそろえると声が出ます。そろえる役と音量に御注意下さい。
●
音量に注意とあるが、特に音を調節するものは見当たらない。
これにしようかな。
レヴィはおもむろにその台に座った。
後はどの役を狙うかだが、レヴィはもちろんスロットの知識などない。ゆえに見た目で選んだ。
チェリーにしよう。美味しそうだ……。
銀の星を一つ、セクシエル・ロアに入れた。
●
アニュスは上機嫌だった。
「へへ、大漁大漁」
レヴィが居なくなってから、まともに勝負をかけることが出来、かなりの数の星を稼いでいた。
金の星二つ分はあるだろ――!
銀の星は二十個で金の星、ゲームの得点として換算される星だ、それ一つと交換できる。手持ちの銀の星は優に四十を超えている。
「二人が見たら驚くな、きっと」
そう呟いて、得意げに笑う。
「アニュスさん、ご機嫌ですね」
やおら声をかけられた。リーンだ。見れば彼女もなかなか稼いでいるようだ。
「お、リーンも結構稼いだんだな」
「ええ、麻雀がちょっと上手くいったので」
二人で笑いあう。稼ぎは上々、後は交換してもらうだけだ。
「そうだ、レヴィを探そうぜ。これだけ稼いでればレヴィにも星渡せるだろ」
レヴィは賭け事が苦手というのはいつも相手をしているアニュスには分かりきっている事実だ。
「でも、案外お人好しさんも稼いでたりして」
そういって笑うリーン。
違いない、と返して二人で笑っていると、彼らの横を、一つの話し声が通り抜けた。
「おい、スロットに童貞の神が降臨したってよ!」
●
「何だ今の?」
アニュスは怪訝な顔で声のしたほうを見る。
歩きながら話す二人組みの男が、何か話していた。
「なんだよ、童貞の神って?」
「スロットに降臨してるらしい、いや、マジすげえんだと」
「ちょっと行ってみるか」
二人組みはスロットに向かう。見るとスロットは一つの台を人ごみが囲んでいた。
「なんだか、いかがわしい単語が出てましたけど」
リーンが微笑のまま顔をしかめた。
「でもさ」
アニュスが言う。不安混じりに。
「ええ」
リーンが答える。不安交じりに。
二人は声をそろえた。
「嫌な予感がする」
二人は人ごみを掻き分けて、それを確かめた。
●
レヴィはスロットを楽しんでいた。
相手は居ない、ただ絵柄をそろえればいい。絵柄をそろえるのは簡単だ。何せレヴィは目がいい。暗視訓練や速度体感訓練など、裸眼を駆使する訓練を過去に受けている。
つまりスロットはレヴィにとっていい玩具だった。
美味しそうなチェリーがそろって星がたくさんスロットから出てくるのも嬉しい。
それに、よくわからないがチェリーをそろえるたびに外野の人々が、うおおおお、とか、お、おうっふ、とか、色々と喜んでくれているらしい。
そんなわけで、また星を入れると、スロットを回した。
チェリーをそろえてゆく。そしてそろう。そのつど特別設置台セクシエル・ロアから声が出る。出る声は大音量で、
「あひい! あひい! あひい! あ〜〜ん! チェリ〜〜ぃん!!」
悩ましい女の声。
「ボウヤ、素敵だわ〜。もっとい れ て ね〜」
声がする度に見物していた男どもから様々な声が洩れる。
「流石チェリーの神だぜ……」
「お……ふぅ……」
「これでなん連続だ? アイツ絶対童貞だぜ……」
そんな声の中、レヴィは構わずスロットを回し続ける。足元には大量の銀の星が転がっていた。
と、人ごみを掻き分けて、スキンヘッドに派手なドレス、青くなった髭の剃り跡という、いかにもな人物が声を掛けてきた。
「ねえボウヤ。バナナをそろえてくれるかしら?」
低い声でレヴィに言う。そしてことさらに強調してきた。
「バ、ナ、ナ、よ。ねえ、お願いよ〜」
レヴィは困った。バナナよりチェリーの方が好きなんだけど、と。
「お願いよ、ボウヤ」
スキンヘッドが手を伸ばしてきた。と、
「お騒がせしました!」
「お人好しさん、こっちです!」
風のように現れたアニュスとリーンが、まさにレヴィを担いで走り去った。
「あ”あ”〜ん! まって〜、私のバナナ〜!」
後に残るのはオカマの叫びだけだった。
●
「ああ、くそ、どさくさで稼いだ分の星置いてきちまった!」
「あ、私もです……」
スロットから離れた三人は、壁際で一息ついていた。
「あ……、ごめ、ん」
よくわからないが、とりあえずレヴィは謝った。
「ああ、気にすんなよ、もう」
「そうですよ、元はと言えばお人好しさんを一人にした私がいけない気がしますし」
二人は笑った。なんとなくレヴィは憎めない。そういう人間だった。
「喉、渇きませんか? 私飲み物とってきますね」
リーンはそういうと、お酒の方がいいですよね二人とも、と言いつつ人ごみに消えていった。
●
「なあ、レヴィ」
アニュスはなんとなく気になったので、ずばっと聞いてみた。
「お前、童貞なのか?」
聞かれたレヴィはしかし、
「童貞、って、……なに?」
アニュスは固まった。
レヴィは嘘をつかない人間だ。恥じらいとかもあまりあるわけではない。つまり、
レヴィ、まさか性音痴なのか……。
これはそのうちどうにかしてやらないとマズイ気がする。そう思うとアニュスはしかし、誰にこれを解決してもらうべきかで迷うのも微妙だと感じる。
とりあえず、これ以上は触れないでおこう。
そう思いなおして、レヴィに言った。
「あ、俺、食い物買ってくるよ! レヴィもそろそろ食べた方がいいだろ? ここで待っててくれ。絶対動くなよ!?」
言い残して走り出した。
●
一人残されて、レヴィはしかし、
楽しい、かな……。
そう思う。
自分は皆に迷惑を掛けてばかりだ。だけど、その関係は申し訳ないけどとても楽しい。
仕事をしているときには得られない感情だ。
ゲームというこれは、自分が貢献できないと、もともと考えていた。
レヴィに出来るのは人を殺す、それだけだ。殺してはならず、得点を稼げというゲームには貢献できないと思っている。
だからこのゲームにおいて、自分はただ傍観者で居ようと、そう思っている。それが楽しいなら、
ゲームが、ずっと続けばいいのに――。
そう思ってしまう。
レヴィは壁に寄りかかった。肩のスカーフに顔をうずめる。
今はただ、二人の帰りを待とうと、そう思った。
END → 星の数は±ゼロ 各キャラ変動なし
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