―真夏の獣―


登場人物
レヴィ:ワンピースのボーダー水着、ショートジョンタイプ
リーン:赤いワンピースに足元まであるオレンジのパレオ、そして長めの防水性肩掛け
アニュス:サーフ型でシンプル
シュネーラー:ツーピースでフリルとスカート付き

 

 荒々しい吐息。
 闇の中で、低く唸るようにそれは蠢いた。
 それは獣だ。
 大きな鼻を震わせて、獰猛な唸りを低く、低く響かせる。
 獣のその凶暴な顔つきに、二つついているであろうはずの凶暴な眼はなかった。
 二つの眼はどちらも潰れている。
 潰れた眼の代わりとでも言うように、大きな鼻が禍々しく蠢く。
 瞬間、獣の背後から音が響く。
 やや遠い場所から、闇を貫くような耳障りな機械音。
 サイレンだ。
 荒い息が途切れた。
 獣が息遣いを変える。
 笑ったのだ。
 眼(まなこ)の潰れたその顔で、凶悪な笑みを浮かべた。
 獣は感じた。強烈な開放感を。

 自由。

 獣の笑みが凶悪に肥大する。
 そして、足を踏み出した。
 悠々と、しかし慎重な足取り。それは肉食獣が獲物を狩る足取りだ。
 やがて獣の眼下に灯りが広がる。
 色とりどりに闇を飾るその光は人が作った文明の光。
 街だ。
 獣は飛んだ。街を目指して。
 狩りを行う舞台になる街へ、獣は飛ぶ。

 最早獣は野に放たれたのだ。


 ●


 安っぽい、しかし懐かしさを思い起こさせる音が響く。
 やや乾いたその音は、確かに人を祝福している。
 鐘の音だ。
 小さな、携帯用の鐘の音が昼の商店街に響いた。
 異邦人街の片隅の商店街。やや東洋系の建物が集まった小さな通りで一人の男が祝福されていた。
「大当たりー、おおーあたーりー」
「……?」
 鐘を振るはっぴを着た眼鏡の男が、肉まんを口にくわえた男を祝福していた。
 肉まん男はいまいちよくわかっていない顔だ。
「お客さん、特賞ですよ! おめでとうございます!」
 眼鏡が営業スマイルで肉まん男に語りかける。その背後には大きなベニアの板に飾りつけられたポスター。
 つまり商店街の福引だった。
 肉まん男はその肉まんを一口で口内に放り込み、噛み砕いて嚥下した。そして聞く。
「特、賞……?」
 元肉まん男となった黒髪の青年、レヴィは聞き返した。
 いいものが当たっただろうか――。
 期待を胸に抱くレヴィに、眼鏡は四枚のチケットを手渡した。


 ●


「宿泊券、ですか?」
 窓のない部屋で、赤いチャイナ服の少女、リーンは聞き返した。
 白い壁の、机と電気ポットくらいしかない部屋。紅龍会の支部にある待機室だ。
 その中央で、リーンの言葉にレヴィは縦に首を振った。
「福引、で、……当たった」
 リーンはレヴィを見つめた。
 もう、傷跡もないですね――。
 レヴィの様子を見て思う。
 ”ゲーム”の三回戦中に行われたレヴィの個人戦。その最中でレヴィは手榴弾の爆撃をまともに受けたという。
 帰ってきたときは酷い傷だらけであり、リーンはやるせない気持ちで手当てをした。
 だって教えてくれませんでしたし――。
 突然だったとはいえ、レヴィの口から個人戦の予定を聞いてはいなかった。
 やるせない気持ちはもちろんまだ心に残っている。終わった後も個人戦について多くを語ってくれなかったから。
 だが、傷が癒えた体を見て、それで安心してしまう自分もいた。
 とりあえず一言だけ、レヴィの口から聞き出すことができたこともある。そしてそれも安心の理由の一つだ。
 過去と向き合ってきた――。
 レヴィは確かにそう言った。
 だからリーンは許そうと思った。
 とりあえず、ですけどね――。
 そう心の中で付け加えて。
 そして今、驚異的な回復力でつい昨日全快したレヴィが、それを自分の前に差し出していた。
 宿泊券である。
 リーンは思う。自分の体に巻きつけた幾つものベルト、その一つを触りながら。
 お人好しさんは、たまに妙なものを持ってきますよね――。
 実はリーン個人もその妙なものに当てはまるのだが、とりあえず棚に上げている。
「四人分あるんだろ? その宿泊券。場所はどこなんだ?」
 リーンの隣りで椅子に逆向きで座り、背もたれに顎を乗せたアニュスが、いつも通りの黒いスーツで気だるげに聞いてきた。
 気だるげではあるが、その瞳は興味の光を湛えている。
 その言葉に応じるように、レヴィは商店街でもらってきたパンフレットを差し出した。
 リーンとアニュス、二人の視線がパンフレットに落ちる。
 パンフレットには出来るだけ頑張ったけど限界でしたという気持ちがひしひしと伝わってくる素人丸出しの文字が、色とりどりに躍っていた。

 ―民宿『望詩弐荘』へようこそ! 夏のバカンスを海で過ごそう!―
                            住宅街公衆海水浴場活性委員会

 期待と興味に満ちた二人の視線は、読み終わると同時に明らかに冷めた視線になっていた。
 明らかに国内旅行のパンフレットである。
 シエル・ロアは発展した国であり、様々な施設があった。観光スポットもその御多分に漏れてはいない。
 だが、この国は国土が狭かった。それゆえに二人が期待したのは見慣れた国内ではなく、国外への旅行だったのだが――、
 近い――。
 冷めた二つの視線は同時に同じことを思った。
 そして、
 公衆海水浴場、しかも民宿――!
 地元である上に、あまりにも貧相な条件だった。
 しかし、そんな二人にレヴィは力強く頷いて見せた。
「みんな、で、――行こう」
 言われて、アニュスとリーンは顔を寄せ合った。
(なんだか最近、レヴィ変わった?)
(前回の個人戦から、でしょうか――?)
 シエル・ロアの行く末を決めるゲーム。その公式三回戦において、レヴィは唐突ともいえる個人戦を行った。
 詳しいことは聞かされていないし、本人に聞いても多くを語ってはくれなかったのだが、間違いなくそれを境にレヴィに変化があるように思えた。
 まず、気弱な態度が姿を消した。
 完全にというわけではないが、あまりおどおどしなくなったように思える。また、稀に自分の主張をはっきりと言うようになった。
 さらに服装も変わった。
 今までずっと愛用の赤いダッフルコートを一年中手放さなかったのだが、どういうわけか個人戦以来袖を通していない。
 個人戦でコートがぼろぼろになったとは聞いているものの、今までなら縫い作ろうなりして無理にでも着ていたはずだ。
 しかし、今のレヴィは黒いゆったりとしたTシャツにいつもの黒いズボン。やはりコートは着ていない。
「行こう」
 再びレヴィが言った。力強い頷きと共に。
「まあ、せっかくですしね」
 リーンが答えた。
「ゲームの四回戦までもうちょっとですし、今の内に遊んでおくのもいいかもしれませんね」
 今は三回戦と四回戦のインターバルに当たる。四回戦までもう間もなくというところだった。
「そうだな、それもいいか……」
 アニュスも納得した。
 そして思った。
「四人か――」
 レヴィの持つチケットは二泊三日の小旅行で、四枚。つまり四人分あった。
「あのさ――」
 アニュスが切り出した。やや歯切れが悪い。
「四人目は、俺の個人的な友人を呼びたいんだけど、いいかな?」
 個人的な友人。その言葉に今度はレヴィとリーンが顔を見合わせた。
 アニュスとレヴィはもちろん友人だ。その付き合いは古く、すでに十年近くになる。
 リーンもアニュスとの付き合いは深い。レヴィほどではないが、家族に等しいレヴィの友人だけに長い付き合いだ。
 しかしそれでも、アニュスはアニュスという個人であって、レヴィとリーンには関係のない所での人付き合いというものがある。
 それゆえレヴィもリーンも知らないアニュスの友人という存在がいてもなんらおかしくはない。だが、それをわざわざこの中に呼ぶというのはよくわからない話ではあった。
「いや、ほら――、なんて言うか、いい奴だからさ。二人にも紹介しようと思って」
 察したのか、取り繕うようにアニュスは口にした。
「いい、よ……、うん」
 そういうことなら、とレヴィが頷く。
「私も構いませんよ」
 リーンも笑顔で頷いた。レヴィがここで頷いた以上、他に自分の中で反対意見もなかった。
「そっか、ありがとう二人とも」
 アニュスはどこか安堵の表情だった。
「じゃあ――」
 レヴィがチケットを配る。リーンに一枚、アニュスに二枚。
 これで旅行が決定した。多少貧相でも気の知れた仲間と行く海だ、面白くはあってもつまらなくはないだろう。
 羽を伸ばすにはいい機会だ――。
 三人で同じ思いを胸に抱く。
 ただ、リーンだけは一つの不安のようなものがあった。
 この民宿、名前の読み方がわからないんですが――。
 望詩弐荘、なんと読むのかよくわからない。当て字のような気もするが、そう思って読んでしまうとそれは――。
 きっと気のせい、問題ないですよね、うん――。
 リーンは自分に言い聞かせた。


 ●


 白い魔女がいる。
 言葉にするとやや矛盾を感じなくも無い。
 しかし、現実ははっきりと白い魔女の存在を主張していた。
 それは白いワンピースを着た魔女だ。
 かわいらしいふわりとした白のワンピースがそよ風に踊る。肩まで伸びた金髪が太陽の光にきらめいて見える。前髪の一房だけが赤く特徴的だ。
 そよ風を受けて、眼鏡の奥の赤い瞳を少しだけひそませる。
 白き魔女は気だるげなその瞳で、静かに思う。
「あっづい……」
 思わず口から想いがこぼれた。
 住宅街の一角。海へと続く道の途中だ。
 目の前の景色は陽炎に揺れており、色とりどりの家々が陽光を反射する様は真夏の暑さを助長する以外のなにものでもない。
 魔女は黒い日傘を右手で持ち直した。
 白いワンピースに黒い日傘。ここまでならそれなりに涼しいいでたちだが――。
 鞄が重いのよね――。
 左手に伝わる重さに胸中でひとりごちる。
 左手で引くのはそこまで大きなものではないが旅行鞄だ。車輪付きの、地面を転がす極普通のものだ。
 大きなものではないが、この暑さの中で引くには十分な重さだった。
 顎の下に、汗がしたたる。
 こんなことなら冷却できるような魔術でも用意してくればよかった……。
 魔女の名はシュネーラー。シュネーラー・ヘクセ・ゲシュテホルン。
 自らの名前に”自ら”魔女(ヘクセ)を冠する魔女である。
 つまり自称魔女である。
 シュネーラーは師と慕う人物に師事した魔女であったが、だからといってそもそも実在が怪しい存在になれるわけはなかった。
 だから”本当に魔術というものが存在したのだとしても”、彼女は自称魔女という存在だった。
 ゆえに冷却の魔術というものを用意したとしてそれが効果を持つのかは彼女を含めて誰にもわからない。
 面倒くさい――。
 そんな思いが頭をよぎる。
 自分が好意を持つ人に旅行に呼ばれて正直に嬉しかったが、知らない人間も一緒に行くという以上は変に疑われるようなこともしたくなかった。
 それゆえ魔術とかそういうものは控えようと決めてきたのだが。
 こんなことなら用意するだけしてみてもよかったわね……。
 例えそれが意味を成さないとしても、気分は違うはずだろう。
 暑さが憎いシュネーラーだった。

 暫く歩くと、目の前の陽炎が青い涼やかな色に変わった。
 海だ。
 シエル・ロアの住宅街に面する公衆海水浴場が見える。
 澄んだ青い色はやや緑がかった気持ちのいい色だ。海風が心地良い。
 暫しの間心地良さに身を任せる。
 と、海水浴場の手前、堤防の脇に三人の人影が見えた。
 その中の一人、見慣れた青年がこちらに手を振っている。
 自分を誘ってくれた人、アニュスだった。

 こちらに向かって歩いてくる白いワンピースに向かって、アニュスが手を振った。
「おーい! シュネーラー!」
 いつもとは違うラフな格好で手を振り続けるアニュス。その顔は嬉しそうだ。
 白いワンピースの少女、シュネーラーが手を振り返して答える。
「ハァイ、アニー!」
 シュネーラーも笑顔だった。
「アニー……?」
 レヴィとリーンは思わず顔を寄せる。
(ずいぶん、親し、そう)
(紹介したいって、こういうことだったんでしょうか?)
 つまり、好きな人、あるいは気になる人がいるから紹介したい。そういうことではないかと推測した。
「二人とも、何やってんだ?」
 アニュスが聞いた。いつの間にかレヴィとリーンは顔を隠すようにしゃがみこんで話していた。
「な、何でもないですよ?」
 慌てて否定する。レヴィは直立不動だ。
「? 変な奴らだなあ」
 言うが、大して気に留めた様子はないようだった。
「待たせたわね」
 そうこうする内にシュネーラーが合流していた。
 軽く手を上げてその言葉に答えつつ、アニュスはシュネーラーを紹介した。
「俺の友人のシュネーラー」
 紹介され、シュネーラーは軽く会釈をした。
「シュネーラー・ハイリッヒ・ゲシュテホルンです。よろしく」
 魔女というヘクセではなく、本名を名乗った。一般人が理解できないことは自分でもわかっている。
「レヴィ、で、す……」
「リーン・ウィブルです。リーンで構いませんから」
 二人ともとりあえずの笑顔だ。
「まずは宿に荷物置きに行こうぜ。話は適当に移動中でもできるからさ」
 言ってアニュスは歩き出した。
 習って他の三人も歩き出す。胸中に唯一つ、同じ思いを抱きながら。
 さて、何を話したものか――。


 ●


 宿はすぐ近くだった。
 待ち合わせの場所から歩いて十分にも満たない。
 当然特に会話はなく、みながみな悩んでいるうちに着いてしまった。
「ここだな」
 アニュスが地図を確認する。
 そして見上げる。
 アニュスだけではない。他の三人も一緒になって見上げた。
 その看板を。

 ―民宿 もうしにそう―

 年季の入った一枚板。木を単純に切り出して作ったであろうそれには確かにそう書いてあった。
 もうしにそう――。
 パンフレットを思い出す。望詩弐荘とはこのように読むらしかった。
 何故平仮名で書いたし――。
 四人が四人そう思ったが、それ以上に微妙な事態が起きていた。
 件の望詩弐荘であるが、傾いていた。
 一般住宅的なコンクリートの3階建てであったが、どう見ても右に傾いている。
 外壁は塗装がところどころ剥げており、窓ガラスはひび割れをテープで補強してあった。
 つまりぼろかった。
 多くを期待はしていなかったが、ここまでとは思っていなかった。
 四人の不安がそのボルテージを上げたとき、入り口であろう引き戸ががたがたと震え始めた。
「ひっ」
 思わず引きつった声が出る。
 三歩下がって四人は肩を寄せ合った。
「え……? な、何? 何が起きてるの?」
「ポルター、ガイ、スト……」
「ちょ、やめてくださいよお人好しさん」
「お、落ち着こうぜみんな。ほ、ほら、ただの家鳴りってやつだろ?」
 瞬間、低くくぐもった、力強い声がした。
「フンッ!」
 それはつまり力を入れる気合であった。
 唐突に、引き戸が全力でこじ開けられる。
 思わずびくついた四人の前に、一人の老婆が現れた。
 引き戸の奥の闇の中から、老婆はゆっくりと歩み出る。
「か、管理人の方、――でしょうか?」
 リーンが誰に言うでもなく呟いた。
 しかし老婆はこちらに気付いたらしく、しげしげと四人を眺めた。
 曲がった腰で、東洋の着物らしきいでたち。眼はぎらついており、白く色の抜けた髪はざんばらに荒れ放題だった。
 よく見れば、なぜかぷるぷると震えている。
「お」
 老婆が口を開く。
「おおおおおおおおおお」
 お、という発音を連呼する。まるで震えに声を乗せているかのようだった。
 やおら、ぴた、と老婆の声が止まった。
 静寂。
「お、おおお、お客、さんでででです、か?」
 老婆の目が、ぎょろりとアニュスを射抜いた。
「ひ」
 思わず上ずった声が出たが、シュネーラーの手前気合を入れなおした。
 声を絞り出す。
「う、うん」
 大分情けなかった。
 しかし、それを聞いた老婆は口をこれでもかと釣り上げ――、
「よよよよく、よくぞおいで、ででなさった」
 相変わらずの震えた声で、人の良い笑みを見せた。
「はふう――」
 四人はその場に崩れ落ちた。
 もっと普通に登場してくれ――。
 四人の心はこのときに一つになっていたという――。


 ●


 公衆海水浴場は人であふれていた。
 右も左も水着姿でごった返している。
「よっと」
 サーフ型でシンプルな青と黒が斑にまじった色の海パン姿で、アニュスがパラソルをビーチに刺した。
 軽くかいた汗を、上に羽織った白いシャツでぬぐう。
「ふう」
 一息ついて、足元を見た。
 みんなの荷物とビニールシートが敷いてある。
 民宿で借りたビーチパラソルが影を落とし、とりあえず設営完了といったところだ。
「みんなはまだか?」
 顔を上げた。
 民宿は中の部屋はまともでしっかりしており、荷物を置くと早々に海へ行こうということになった。
 アニュスはさっさと着替えが終わったのでみんなに先駆けて場所を確保していたのだが。
「アニー!」
 シュネーラーの声が聞こえた。
 見ると、シュネーラーを先頭に残りの三人がこちらへ向かってくる。
 ふむ、これは――。
 アニュスはよくよく観察した。こちらへ向かってくる三人を。
 シュネーラーはツーピースでピンクの水着だ。胸にフリル、ボトムには短いスカートがついている。
 うん、かわいい――。
 アニュスは思わずにやけそうになる顔を引き締めた。
 そして残った二人に眼を向ける。
 レヴィはボーダーのワンピースで、袖が肘まで、裾が膝まである、いわゆるショートジョンと言われる水着だった。
 御丁寧に同じ柄の帽子まで装着しており、砂浜を歩くその姿はさながら脱走した犯罪者、脱獄犯とでもいうような雰囲気だ。
 額に巻いたゴーグルと、ちゃっかり持ってきた浮き輪が独特の雰囲気をかもし出している。
 その横のリーンも特殊であった。
 赤いワンピースの水着にオレンジの足元まであるパレオ。
 そこまではいいが、何故か長めの肩掛けを上から羽織っている。
 腕さえも隠れていてやや奇妙ではあった。
 う、うーん――。
 アニュスはこの組み合わせはどうしたものかと思いつつ、しかしシュネーラーに名前を呼ばれているので無視はできなかった。
「こっちだこっちー!」
 手を振って応える。
 まあ、見た目を気にしてもしょうがないか――。
 そう思って見ない振りをすることにした。
 努めてシュネーラーに視線を向けよう。そう思いながら。


 ●


 白い砂浜に、半透明のビーチボールが舞う。
 レヴィたち四人はビーチバレーに興じていた。
 海なんだから一度は水に入るべき。そう思わなくもないが、リーンが水に入るのを渋ったためにまずはビーチバレーでもということになった。
 水に入るとどうしてもパレオや肩掛けは邪魔であり、脱がなくてはならない。
 リーンはそれを嫌がった。理由は特に明かさなかったが、自分の”それ”を見られたくはなかった。
 なんだか申し訳なかったですね――。
 リーンは思う。
 シュネーラーも含めて三人とも笑ってビーチバレーをしているが、やはり自分のわがままでみんなに押し付けたことに変わりはない。
 これが終わったら、海に入りますか……。
 ひざ下までの浅いところなら、水につかっても大丈夫だろう。そう考えた。
「リーンさん!」
 唐突に名前を呼ばれた。
「あ、はい!」
 慌てて手を出す。
 目の前にはビーチボール。自分の手元に向かって落ちてきている。
 シュネーラーからのトスだった。
 すんでのところで拾い上げる。
 しかし、気付くのが遅れたことと格好が動くのに適していないために相手陣地に絶好のパスを送る形となってしまった。
 リーンが意識をビーチバレーに戻す。
 現在は女性チームと男性チームに分かれて試合をしている。
 ネットがないので砂浜に引いた境界線の上を、へろへろとボールが飛んでいった。
 やってしまった――。
 後悔しても遅かった。
 絶好のパスを拾うべく、アニュスが前に出る。
「よし、こいつは得点いただきだな!」
 自信とともにトスを上げた。
 レヴィが小走りにボールへ向かう。ジャンプからのスパイクを狙うつもりだ。
「レヴィ、チャンスだからな! 全力で行けよ!」
 アニュスの指示に、レヴィは思った。
 全力――!
 全力といわれたからには全力を使う。異能を発動し、持ちうる限り最大の力を発揮させた。
 軽いジャンプ。そして振り上げた腕に発動した力の全てを込める。
「――!」
 無言の気合と共に腕を振るう。
 風を切る、爆発したかのようなくぐもった音。同時にレヴィの腕が高速でボールに当たり、そして――、

 突き破った。

 太陽の光を背に、逆光で破裂してゆくビーチボール。
 そしてそのビーチボールの欠片と共に、ゆっくりと砂浜に降り立ち、――レヴィは流れるように倒れこんだ。
「――お腹、……減った」
「言いたいことはそれだけか!? レヴィィィィィィィィ!?」
 アニュスの怒号が、さんさんと降り注ぐ太陽の光の下で爆発した。

 その後、レヴィがくずおれたままで戦力が低下した男性チームは女性チームからスパイクの嵐を一方的に受け続けたが、余談である。


 ●


 目の前の水辺、押し寄せる波間の浅い海で、二人の少女が水を掛け合っている。
 リーンとシュネーラー、その二人だった。
 アニュスはその光景を何とはなしに眺めていた。
 パラソルの下で、二人の少女が無邪気に遊ぶのをただ見つめる。
 先ほどのビーチバレー。アニュスとレヴィは酷い仕打ちを受けたが、それをきっかけにリーンとシュネーラーは打ち解けていた。
 なにはともあれ、打ち解けてくれたのであればそれにこしたことはない。
 そう思いつつ、シュネーラーのスパイクによって出来た軽いあざを撫でた。
「なあ、レヴィ」
 不意に、隣で休んでいるレヴィに声を掛けた。
「ふぁひ?」
 間の抜けたのんきな声、そして食べ物を咀嚼する音が聞こえる。
「うん、そうだな――」
 間を空ける。
「食い終わってから応えてくれ」
 言われてレヴィは口の中のサンドウィッチを高速で咀嚼し、嚥下。再び声を発した。
「何?」
 問われ、アニュスはゆっくりと喋りだす。
「もしも」
 言いながら、言葉を考えてゆく。
「もしも、まったく知らない他人が――」
 迷いながらも、口に出した。
「――自分のことを家族だって、そう言ったらどうする?」
「……」
 レヴィは考える。
 アニュスとは長い付き合いだ。紅龍会に入ってからの十年をほぼ一緒に歩いてきたと言っていい。
 それゆえにアニュスの境遇も、細かいことまでではないが大体知っている。
 今のアニュスは天涯孤独だ。
 彼を育てた紅龍会の構成員であった老人も、すでに亡くなって五年ほど経つ。
 レヴィの知る限りアニュスには他に家族などいないはずだった。
 この天涯孤独の身の上が、レヴィとの共通点であり、それゆえに今の二人の友情とも言えるものは存在したといっていいのかもしれない。
 そのアニュスが聞いたのだ。家族だという人物が現れたらどうするかと。
 レヴィはふと、シュネーラーと遊ぶリーンを見た。
 そして言葉を作る。
「僕、なら――」
 自分なら、そう言葉を作る。
 レヴィは人にどうしろというほどのアドバイスは出来ない。自分でそう思っている。
 それにアニュスはアニュス自身が言われたとは言っていない。そういう状況ならどうするかを聞いている。
 だから彼が欲しいのは、多分こういう言葉だろうと、思いを口にする。
「――その人、について、……調べ、る」
 レヴィの言葉を聞きながら、アニュスも二人の少女に視線を戻した。自然とシュネーラーに視線が行く。
 レヴィの言葉は続いていた。
「家族が、いるかも、しれない、なら、――調べる、し、探す、よ」
 途切れ途切れの言葉が、少しずつ紡がれる。
「独り、じゃない、のは――」
 レヴィの眼に、リーンが映る。
「いいこと、だよ――」
 アニュスはしかし、その言葉に自らの身を抱きしめた。
 独り――。
 その言葉が頭の中でリフレインする。
「な、なあレヴィ――」
 アニュスは言う。明らかな焦りがそこにはある。
「これからも俺たち一緒に酒を、飲める、――よな?」
 言葉の最後は尻すぼみだ。
 俺、何言ってんだ――。
 アニュス自身、それがどういうことかはわかっていない。ただ、それを感覚的に察してはいた。
 不安だ。
 自分に家族がいない不安、そして、”過去に触れることで今が消えるのではないかという不安”
 理論的に理解はしていない。しかし、心の中で恐れともいえるそれの存在を感じていた。
 だからこそ聞いたのだ。自分がもっとも心を通わせていると思える友人に、レヴィに、何かあってもまた自分と酒を酌み交わしてくれるのかと。
 それさえ約束してくれれば、たとえ離れることになっても本音を話し合った上で離れることが出来ると思うから。
 果たしてレヴィはなんと答えるのだろうか。
 アニュスはレヴィを見つめる。ただ、眼を見ることは出来ずに視線は少し下げた。
「アニュスは――」
 レヴィが口を開く。
「――変わっちゃうの?」
 それは疑問だった。
 はっとする。
 その言葉はアニュス自身が変わるかどうかを聞いている。つまり――、
「僕は、変わら、ない、から――」
 だから――、
「アニュスは、変わっても、大丈夫――、だよ」
 それは肯定だった。
 アニュスという存在を、どこまでも受け入れるという肯定。
 このままでも、離れることになっても、状況は変わっても友人でいるという宣言だ。
 アニュスは理解した。
 自分はすでに、独りではなかったのだ。
 そして思った。
 調べよう――。
 例え自分が変わっても。
 それは俺のため、そして――。
 強く思う。
 家族のためだ――。
 自分が知らない自分の家族が、自分の事を探しているのだとしたら。
 それはきっと不安だろう。
 アニュス自身も、まだ不安を振り切ったわけではない。
 だが、レヴィは肯定した。友人で居続けることを。
 ならば動くべきだ。
 自分の不安を消すために。そして――、
 俺を探しているであろう家族の不安を消すために――。
 そして思いを馳せる。あの祭りの日に。
 あの時出会った白い髪の少女に。
 あの娘と向き合おう――。
 そう思い、レヴィに向き直る。
「ごめんな。変な話しちまって。お前だってか――」
 アニュスの口が、か、という発音の形で止まった。
 レヴィがこちらを見ている。彼は首を横に振っていた。
 そして、
「――」
 無言のまま、ただリーンに視線を向けた。
 それを見て、アニュスは感じる。
「そうか――」
 口元がほころぶ。
 なんだかおかしかった。
 友人が与えてくれた安心と、決意と。そしてリーンに対する少しの嫉妬――。
 それらがないまぜになって、なんだかおかしかった。
 いつの間にか、アニュスは笑っていた。
 レヴィはただ、そんなアニュスを見つめていた。暖かな微笑みで。
「お人好しさん! アニュスさーん!」
「二人とも、せっかくなんだから海に入りなさいよね!」
 二人の少女からお呼びが掛かる。
「行こうぜ、レヴィ!」
 立ち上がるアニュスの顔に、迷いはなかった。
 二人の男は海へと踏み込む。
 冷たい水が、気持ちよかった。


 ●


「乾杯!」
 四人同時にグラスを傾ける。
 四人それぞれ、ペースは別々だが、みな一様に喉を鳴らす。
 グラスの中に注がれた、やや濃い琥珀色の液体が蛍光灯の灯りを反射しながら四人の喉の奥へと消えていく。
「ぷはー!」
 飲み終えたアニュスが、いかにもたまらないという顔で呟く。
「夏はやっぱこれだよな! 麦茶!」
 麦茶だった。

 アニュスたち四人は今、民宿『望詩弐荘(もうしにそう)』の一階にある食堂で夕飯を取っていた。
 食堂は狭いながらもいくつかのグループが席につけるようになっており、民宿の外観に似合わずしっかりとした作りで清潔だった。
 薄緑色の少しざらついた壁紙で覆われた部屋からキッチンへと続いており、境目の扉は今は開け放たれている。奥では管理人の老婆が料理をしているはずだ。
 調度品はどれも木製で、眼を引くようなものではないが民家としては味わいがあり、年季を感じる。
 壁際に額が飾ってあり、そこには文字が書かれていた。
 そこにはこの民宿『望詩弐荘』の名前の由来が書かれており、曰く、以前老婆のところに有名なポエマーが――、
「あの、作者さん?」
 あ、はい。なんでしょうリーンさん。
「食事のシーンなので食事を描写してもらえませんか?」
 え、でもですね? せっかく考えた設定なので語りたいなあなんて――、
「主役を描写しなきゃ意味無いって言ってるのよ。さっさとやりなさい」
 あ、はい、すみません。シュネーラーさんの仰るとおりで、はい。
 そんなわけで食事をしていた。

「……」
 シュネーラーは驚いていた。
 いや、四人とも同じことに驚いているのだとシュネーラーは思う。
 この民宿で驚いたことが三つある。
 一つは外見に反して中身が綺麗だったこと。
 二つ目はご飯がとびきり美味しいこと。新鮮な海の幸がしっかりとした方法で調理されていて美味だ。刺身は特筆に価すると思う。
 そして三つ目は――、
「私たち以外に客がいたのね……」
 自分たち以外にも宿泊客がいたことだ。
 麦茶のグラスを傾けつつ、食堂を見渡す。
 広いとはいえない食堂に、満員ではないがいくつかグループが座って食事をしている。
 聞こえてくる話から察するに、ほとんどの客がリピーターのようだった。
 まあ、この待遇ならわからなくはないわね――。
 この民宿は名前と外見以外は素晴らしい。リピーターならきてもおかしくないだろう。ただ――、
 どういう経緯でここを知ったかが気になる……!
 そう思い、ふと気付く。
 自分以外の三人も、一様に麦茶片手に聞き耳を立てていることに。
 これは不審な光景だわ――。
 そう思ってしまったので、話題を振ることにした。
「ねえみんな、明日はどうするの?」
 振った話題に三人が意識をこちらに戻す。
「ああ、そうだなあ――」
 アニュスが考える。
「まあ、今日と同じというか、今日の続きというか――」
 要するに特に予定はなかった。
「もともと短い休みで羽根を伸ばしにきたわけですし」
 苦笑しながらリーンがフォローする。
「うん、明日も泊まるんだから夜に花火くらいは用意してもいいかもしれないな」
 そんなに大げさなものでなければそのあたりで売っているだろうと踏んだ。何せ海なのだし。
「花火――」
 四人は思い描いた。それぞれの花火に対するイメージを。
 皆一様に幻想的な火花を見て楽しむ光景をイメージしたが、若干一名ロケット花火とネズミ花火で走り回る光景を思い描く者がいた。
 誰とは言わないが。
 そのときだった。
 女性のすすり泣く声が食堂へ入ってきた。
 目をやれば、食堂の入り口に三人の女性のグループがおり、手近な席に陣取る所だった。
 三人のうちの一人、短いツインテールの少女が目元に手を当てて泣いている。
「ほらチエ、もう泣かないで、ね? ご飯食べよ。ここのご飯おいしいの知ってるでしょ?」
 ショートカットの少女がツインテールの少女をなだめながら席に着かせた。自分も隣に座る。
「ん”そうよ〜。ん”ご飯ん”ん”〜、ん”食べましょう〜」
 相撲取りと錯覚しそうな体系の黒い肌でコギャル風の少女(?)が独特な息遣いとも喋りともとれないその中間のような声で言いながら、すすり泣く少女の対面に座った。
「なあ――」
 アニュスが小声で喋った。
「あの子達、何かあったのかな?」
 少女たちに目をやる。アニュスの目は二人の少女に目を向けており、少女(?)の方には目を向けていない。
「何かしらね」
 シュネーラーも答えるように二人の少女に目を向けた。努めて少女(?)は見ないようにしている。
「ちょっと、二人とも失礼ですよ。他人の話に興味を出すなんて」
 言いつつリーンも二人の少女に目を向ける。だがやはり少女(?)の方は見ていない。
「見たこと、ないから……、幕下、なのかな……」
 レヴィは少女(?)を見ていた。明らかに何かを勘違いしている。
 やおら幕下少女が呟いた。
「ん”水着を盗むなんて〜、嫌な幽霊、ん”よね〜」
 わざとらしくしなを作る。その光景はアザラシがのけぞったかのようであった。
「幽霊?」
 思わずレヴィたちは声をそろえた。
「まままま、また、あああのあの、ゆゆ幽霊いいいが、ででででおったんんんか」
 気付くと老婆が料理を手に少女たちの所に歩み寄っていた。少女たちの分を運んできたのだろう。
「あの――」
 リーンが遠慮がちに聞いてみた。
「幽霊って、なんですか?」
 老婆がその目をぎょろりと見開いた。
「ひぃ」
 ある程度慣れたが、流石に怖いものは怖かった。
「おおおおお前さん方、ゆゆ幽霊の、ここここと、しらしら知らんののかい?」
「ええ、まあ……」
 老婆の問いに、やや引きつりながら答える。
「そそそそそうか」
 老婆は語りだした。
 老婆の話によると、ここ最近海水浴場で幽霊が目撃されているらしい。
 しかもその幽霊はかわいい女の子を狙って現れ、そのとき着用している水着を奪い去っていくのだという。
「おおおおおかおか、おかげで最近んんんん、きゃくきゃく客ががが減ってなああああああ」
 アニュスは思った。
 あんなに混んでたのに、減ってるのか――。
 しかし、そんなアニュスとは違うことをシュネーラーは思っていた。
「許せないわね」
 やや声がすわっている。
「シュネーラー、さん――?」
 アニュスは控えめに声を掛けてみた。
「なんなのその幽霊! 女の敵よ! 許せないわ!」
 シュネーラーの眉毛は時計で言うと午前十時十分辺りを指している。つまり怒っていた。
「ねえ、リーン! 貴女もそう思うでしょう!?」
 いつの間にか呼び捨てにするくらいの仲になったリーンに声を掛ける。
 心強い賛同を期待したのだが――。
「え?」
 言われてリーンは、なぜか焦り始めた。
「えーと」
 目が泳ぐ。
「いやほら、確かに大変ですけど、幽霊ですし。えと、ほら、若気の至りですよきっと」
 しどろもどろに言葉を紡ぐ。
 明らかに歯切れが悪い。
「まさか――」
 シュネーラーは笑った。意地の悪い顔だ。
「リーンさん、貴女まさか、幽霊が怖いのかしら?」
 わざわざさん付けで呼んでみた。
「え、えっとですね、そのなんといいますか」
 いいわけを考える。
「ゆ、幽霊ってほら、どうやって退治するのかなって」
 いいわけまがいに言葉にしたが、実のところ本心だった。
 リーンは幽霊が怖い。その理由は”殴れないから”である。
 対処法がなければ襲われたときにどうしようもない。それが理由でリーンは幽霊が怖かった。
「大丈夫よそんなの、ま――」
 そこまで言ってシュネーラーは口を閉じた。
 あぶなっ! 危うく魔術って言いそうだったわ――。
 本人は魔術を主張すること自体に抵抗はないが、信じていない人間に言っても混乱するだけだ。
 特にリーンが幽霊を怖がっているのだから、魔術で云々などといえばどうなるかわからない。
 そう思い自分の口に手を当てる。
「?」
 はてな顔のリーンがこちらを見る。
 実はリーンの場合、対抗手段が無いゆえに怖いので、シュネーラーが魔術という対抗手段を理解させてくれれば怖くなくなる可能性があるのだが、そんなことはシュネーラーにはわからない。
 そしてその場合、魔術が効果を発揮しなくて幽霊に対抗できないという未来であることも彼女の頭には無い。
「えーと」
 シュネーラーはアニュスを見た。
 アニュスは明らかに嫌そうな顔をした。
 嫌そうな顔をされたので押し付けてやろうと思った。
「アニーが幽霊くらい追っ払ってくれるわよ! ね、アニー!」
 むちゃぶり来たー!?
 アニュスの想いとは裏腹に、みなの視線がアニュスに集まった。
「え、えっと、ほら」
 なにが、ほら、なのかアニュス自身わからない。
 暫くどもったのち、搾り出すように言った。
「り、リーンが言ってるじゃん? 幽霊なんてどうやってやっつけるかわかんないって!」
 搾り出すように、しかし精一杯明るい声で。
 だがそれが逆にシュネーラーの感を働かせた。
「アニー」
 優しく、努めて優しく、シュネーラーは聞いた。
「ひょっとして、怖いの?」
 とびっきりの笑顔をアニュスに向けてあげる。
「ままま、まさかそんな! そんな馬鹿な!」
 アニュスの思考がぐるぐると回る。
 いかん、これはいかん――!
 アニュスは確かに幽霊が怖い。
 普通に話を聞いたり映画を見たりする程度ではたいしたことはないと、本人は思う。別に怖がりでもない。
 でもやっぱり心のどこかで怖いという感情は無いわけじゃない。まして今回は本物である。
 びびったっていいじゃないか、人間だもの――。
 三文字の名前でサインを書きたくなるような言葉が思い浮かぶ。
 混乱している証拠だ。
 シュネーラーの前で幽霊にびびってるとか、そんな失態を晒すわけにはいかなかった。
 何かないか。助けになりそうなものを捜し求めて視線を彷徨わせる。そして見た。
 自分の隣りの親友を。
「レヴィ! お前だって幽霊退治とか、できないよな!?」
 ここで同意してくれれば――!
 アニュスは思う。
 レヴィが同意すれば一対三だ。幽霊には対抗手段がないということで民主的解決になる。
 そんなアニュスの想いを、知ってか知らずかレヴィは口を開いた。
「話せば、わかる、んじゃ、ないかな」
 その場が静まり返った。
「話せば――、わかる?」
 思わずアニュスが口にしたとき、レヴィは動いた。
 右手を上げて、親しそうに。
 虚空に向けて手を振った。
「待てレヴィ! そこには誰もいないから! 頼むからいないって言ってくれ!?」
 叫ぶアニュスの目の前で、リーンはにこやかに魂が抜けていた。
 ただ、シュネーラーだけが思う。
 結局うやむやになったわね――。
 目の前の光景が、コントのようで面白いのがちょっぴり気に障るシュネーラーだった。


 ●


 翌日。
 結局幽霊退治がうやむやになった四人は、何事もなかったかのように海水浴場へ遊びにきていた。
 しかし、水着を盗む幽霊、ですか――。
 リーンは波打ち際を歩きながら考える。
 本当にそんなものがいるのだろうかと。
 顔を上げれば、そこには思い思いに遊泳を楽しむ観光客がいる。
 その中にはレヴィたちも混ざっていた。
 膝丈よりもやや深いところでビーチボールを投げ合っている。
 こうして見ている分には幽霊の存在など微塵も感じさせない。
 幽霊など、何かの間違いでは無いだろうか。
 そう思うがしかし、
 実際に被害に遭われた方がいたわけですし――。
 目の前で泣いている少女を見たのだ。やはり幽霊はいるのだろう。
 そう思うと、少し寒気がした。
 幽霊は苦手だ。物理的な攻撃が通じないというのであれば、一方的に攻撃に晒されることになる。
 リーンとしてはそれはとても怖いことだ。でも――、
 この水着なら、大丈夫です、よね――。
 リーンはワンピース型の水着だ。しかも上からパレオと肩掛けを羽織っている。
 幽霊とは言えどもここまでがっちりと着込んでいるのだから水着を剥ぎ取れはしないだろうと、そう思った。
 もし自分の水着が剥ぎ取られてしまったら、それは幽霊とは別のところで怖い考えだった。
 裸を晒すのは当然誰でも嫌だ。だが、リーンは特別に嫌な理由がある。
 そのためのがっちりと着込んだ水着なのだが、それが幸いしているというのは皮肉であった。
 ため息一つ。リーンの思考が、現実から自分の過去にシフトしそうになったときだ。
 やや甲高い、しかし鈍い音がした。
「――?」
 なんだか下腹のあたりが薄ら寒い。
 自体が飲み込めず、ふと顔を上げると、レヴィがこちらを見ていた。
 おもむろにレヴィが右手を上げる。
 そして指差した。”それ”を。
 リーンがそれに視線を向ける。
 それは確かに浮いていた。リーンのやや後ろ側、腰の高さに。
 それは水着の切れ端だった。
 リーンの頭の中でいくつかの情報が交錯する。
 一瞬パンクしそうになった次の瞬間、唐突に全ての情報が整列され、状況を把握。そして――、
「――!!!!!!!!」
 き、という音を始めとした甲高い悲鳴が鳴り響いた。

「わ、や、ちょ!?」
 リーンは慌てふためいた。
 下腹が寒くなった原因は明らかだ。水着の下半身部分が引き裂かれたのだ。
 現に今、引き裂かれたその部分が宙に浮いて目の前にある。
 慌てて手で下半身を覆う。幸いパレオで下半身全体を包んでいたので水着が破られてもパレオが破かれない限り見た目に問題はない。
 だが、問題がないからといって実際に水着を引き裂かれるのは問題がある。
「リーン!」
 レヴィが駆け寄ろうとした。が、
「わ、わ、こ、来ないで下さいいい!」
 リーンは拒絶した。
 そして思う。
 もしもこの世にパンツがなかったら、好きなあの子に素直になれるというあの歌は絶対に嘘だと。
 そんな、酷くどうでもいいことが頭に浮かぶほどにはパニックであり、恥かしさからレヴィを拒絶した。
 レヴィはどうしたものか暫くその場でわたわたと不思議な踊りを踊っていたが、やおら大急ぎでパラソルの下の荷物から大きめのタオルを持ち出し、リーンに駆け寄った。
 駆け寄ってリーンにタオルをかけてやる。
 がっちりと着込んだ上からタオルをかけてどうするのかという話でもあるが、柔らかな布に包まれることで多少不安を拭い去ることは出来た。
「どうした!? リーン、レヴィ!」
 アニュスとシュネーラーも事態を察し駆け寄ってきた。
 そのとき。
 集まった四人の目の前を、引き裂かれたリーンの水着の一部が飛んでいった。
 それは確かに空中をすべるように移動している。
 あっけに取られる四人の前を通り過ぎ、もはや布切れと化した水着は意外なほどに速いスピードで沖のほうへと飛んでいく。
 飛んでいくその先には、小さな島があった――。


 ●


「幽霊ですか? ええ、土下座させてやりますよ?」
 洞窟の中で、リーンはにこやかに宣言した。いつものチャイナ服姿で。
 水着を破られたあの後、四人は一度いつもの服に着替えて準備をし、幽霊(?)が飛んでいった島にボートで乗り込んでいた。
 経緯としては、一重にリーンさんがお怒りだったからである。
 そして島の中でこの洞窟を見つけて中に入ったのであった。
「ねえリーン、どこに向かって喋ってるの……」
「ああ、すみません、ちょっと気合を入れていただけですから」
 笑顔が怖い。
 シュネーラーはそう思った。

 洞窟の中は広かった。
 一本道ではある。ではあるがその広さはかなりのもので、壁と壁がかなり遠く感じられた。
 ふと、アニュスが足を止める。
 それに気付いて他の三人も足を止めた。
「――?」
 アニュスが耳に手を当てる。
「なあ、何か聞こえないか?」
 そう言われて、みな一様に耳を澄ました。
 洞窟は静かだ。時折水滴の落ちる音が響く。
 だがその中に、確かに異質な音が混ざっていた。
 何の音だ――?
 アニュスは想像力を働かせる。
 荒い。一言で表すならそれは荒い勢いのある音だ。
 空気が激しく出入りするようなその音はふいごのようでもある。
 しかし、もっと生物的な音だ。
 つまり、
「――鼻息?」
 それは鼻息であった。
 ブタか何かの動物による荒い鼻息、それはそういう類の音に聞こえた。
「幽霊って、息してましたっけ?」
 リーンが疑問を放る。
 しかし、それに答えられるものはいなかった。
 シュネーラーは考える。息をする幽霊など聞いたこともない。
 魔女だからこそ、少なくとも自分が持つ知識の中ではありえないと判断できた。
 ただ、少なくとも鼻息からわかることが一つあることは確かだ。
「幽霊が息をするなんて聞いたことはないけど、――この奥に何かがいるの確かだわ」
 鼻息が聞こえた以上、奥に何かが潜んでいるのははっきりしている。
「ああ、気をつけていこうぜ」
 四人は慎重に先に進んだ。

 幸い洞窟はところどころ天井に穴が開いており、日の光で照らされていた。
 一本道を迷うことなく先に進む。
 と、程なく広い空間になっている場所へ出た。
 そしてそれを見た。
「……なに、――これ」
 シュネーラーが思わず呟く。
 それは女物の水着であった。
 広く部屋のようになった奥の壁に、その一面に水着が飾られている。
 様々な水着が、色とりどりに飾られており、どれもが一様に”湿っていた”。
 中には破られたようなものもあり、つまるところ盗まれた水着であることが窺える。
「ここまで来ると、最早狂気を感じるな……」
 アニュスの顔は、本気で引いていた。
「キミたち、ここに何の用かネ?」
 唐突に声をかけられる。
 見ると、水着の壁を前にして、一人の男が立っていた。
 唐突に現れたように感じたが、何のことはない、水着に気を取られて見えていなかっただけだ。
 男はアニュスたちに背中を向けて、水着の壁を見上げている。
 身長は高くなく、小太りで腹が少し出ている。黒いスーツを着込んでいて、つば広の黒い帽子を被っていた。
 特徴的なのは鉢巻のようなものを巻いていることだ。額よりも下に広く巻いており、その結び目から伸びるあまった布は長くたなびいて背中に落ちている。
「アンタ、誰だ――?」
 アニュスが疑問を放つ。
 答えるように男がゆっくりと振り向いた。
 男の顔が見える。
 鉢巻は目隠しだった。幅広く巻かれた布が目を覆っている。そして布からはみ出す裂いたような傷跡。男の目が潰れているのがありありとわかる。中年をうかがわせるたるみ始めた顔に傷が痛々しい。
 そして何よりも特徴的なものがある。
 鼻だ。
 やや上向きの団子鼻は、その鼻の穴が異様にでかかった。
 男は体型に似合わず紳士的な立ち姿で答えた。
「ミナミジマ」
 薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと喋る。
「ミナミジマ・サブロウ。それがワタシの名前ネ」
 名乗る。
 それを聞いた瞬間、シュネーラーの記憶が掘り起こされた。
「あ!? 脱獄犯のミナミジマ・サブロウ!?」
 思わず声に出た。
「――脱獄犯!?」
 アニュスたち三人が驚きの声を上げる。
 脱獄犯。単純な言葉としては牢獄を脱走した犯罪者。しかし、アニュスたちには今、別の意味を持つ存在であった。
 ゲームの三回戦が終わった後、運営委員会から通達が来たのだ。
 曰く、

 【軍の収容所から犯罪者が集団脱走しちゃったから逮捕に協力してね。逮捕したらポイント上げるよ☆】

 というものだった。
 つまり、四人にとって脱獄犯はポイント稼ぎのための標的である。
 しかし、その標的に出くわした驚きを、その標的自らが掻き消した。
「よく御存知ネ。でも、そこのお嬢さんはどうしてワタシが脱獄犯だとわかったのかネ?」
 言われた瞬間、シュネーラーとアニュスの背筋を冷たいものが駆け抜けた。
 マズイ――!?
 とっさに二人で同じことを考えた。
 どうやってこの場をごまかすか、だ。
 アニュスたちは四人ともゲームの参加者である。
 しかし、シュネーラーだけ陣営が違うのだ。
 アニュスたち三人はマフィアである紅龍会。だが、シュネーラーはヴェラドニア軍の軍人だった。
 シュネーラーが脱獄犯のミナミジマを知っていたのは要注意人物として脱獄犯のデータを軍から送られていたからだ。
 シュネーラーが軍人なのはアニュスとの二人だけの秘密だった。
 敵対組織であるというのもそうだが、レヴィもリーンも、それぞれ理由は違えど軍に対して良い印象を持っていない。むしろ嫌っている。
 ゆえにシュネーラーの職業に関してはなるべく触れずにいたのだが。
「そ、その、職場に人相書きが回ってきて!」
 苦し紛れに言い訳した。
「そ、そうそう! シュネーラーは結構お堅い所で働いてるからさ! 注意とかで回って来るんだよ! な!?」
「そ、そうそう!」
 アニュスがフォローに回ってむりやり嘘を通す。
 果たしてみなは信じるだろうか。半ばすがる思いで反応を待つアニュスとシュネーラー。
「街の中央の方では人相書きが出回ってるんですね、知りませんでした」
「こっちにも、くれれ、ば、いいのに」
 どうやらごまかせたようである。
「フン、人相書きとはワタシも有名になったものネ!」
 ミナミジマが鼻を鳴らす。
 くぐもった、大きな音が響いた。
「す、凄い鼻息ですね……」
 リーンが半歩引いた。顔はやや引きつっている。
「フ」
 ミナミジマが鼻で笑う。大きな鼻息と共に。
「これだからシロウトは困るネ!」
 眉を片方だけ上げて嘲笑する。
「この鼻は犬の一億倍は高い能力を持ったスバラシイ鼻なのネ!」
 聞いた瞬間、四人は顔をつき合わせて密談を始めた。
(え、あの、犬の一億倍ってどうなんでしょうか?)
(普通だったら臭いで気絶っつーか、死ぬだろ)
(キ○ガイなんじゃないの? あのおっさん)
「変、態……」
 ミナミジマが叫ぶ。
「若干一名声が聞こえてるネ!?」
 憤慨しながら続ける。
「この鼻の力は異能じゃないネ! 目を潰すことで嗅覚に全てをかけて鍛えた芸術品ネ!」
「ますますもって変態だぜ……」
 アニュスの頬を冷たい汗が伝う。
「悪く言う奴はコロスネ!?」
 ミナミジマは一度自分落ち着かせると語り始めた。
「オマエたちにはわからないネ。この鼻のスバラシさネ! ものは見た目じゃないネ、臭いネ! その臭いを全て余すことなく感じることが出来るネ!」
 そう言うと、その大きな鼻の穴を水着の壁に向けた。
 盛大な鼻息が聞こえる。それはすでに漏れ聞こえるなどという表現では生易しい。騒音に近かった。
「フフフ、少女たちの臭いが想像力を掻き立てるネ! そのなまめかしいカラダの細部まで、正確に想像できるネ!」
 胸いっぱいに臭いを吸い込む。
「――ンー、ナイススメル」
 アニュスたちは一斉に五歩下がった。鳥肌が体を覆う。
「や、やばい、やばいよアイツ、マジだ、マジ○チだよ!?」
「どうしましょう、見てられないです!」
「リーン駄目よ、見ちゃ駄目! 目が潰れるわ!」
「母さん、父さ、ん……、こういう、人なら、差別しても、いい、よね」
 口々に叫ぶ。
「オマエたちいい加減にするネ!? 言っていいことと悪いことがあるネ!?」
 激怒したミナミジマは右手に握りこぶしを作ると気合を込めた。
「フン!」
 瞬間、壁に飾られた水着が一斉に飛び立つ。
「なんだ!?」
 アニュスの目の前で、水着が空を舞う。
 それはまるで水着が宙を泳いでいるかのようだ。
「フッフーン!!」
 鼻息一つ。
「これがワタシの異能、【騒霊:ホーンテッド・ジャンクション】ネ! 人が残した残留思念に力を与えて操る異能ネ!」
 風をまとって水着が舞う。
 心なしか水着の影に人の気配がする。
「これが幽霊の正体ってわけね!」
 シュネーラーが言う。
「でもこの程度、人に危害を加えるほどの力は無いと見たわ!」
「すげえなシュネーラー! わかるのか!?」
 アニュスの問いに、きっぱりと答えた。
「勘!」
 三人がずっこけるには十分な理由だった。
「フフフ、しかしその小娘の言う通りネ。でも下準備が出来ていれば応用が利くのがいいところネ!」
 ミナミジマが指を鳴らした。それを合図に水着が一斉に地面に落ちる。
「? 何を――」
 シュネーラーが呟いた瞬間、それは出てきた。
 地面を突き破り、その中から大量の死体が姿を現したのである。
「これは、――ゾンビ!?」
 ミナミジマの口が極限までつりあがる。笑っているのだ。
「ソウネ! あらかじめ用意した死体に思念を乗り移すことで死体を兵隊に作り変えることが出来るのネ!」
 シュネーラーは見た。地中から這い上がってきたゾンビたちを。その腐敗が始まった体をゆっくりとこちらに向ける様を。
「――これは!?」
 ゾンビたちはみな、地面に落ちた水着を頭に被っていた。
「最低だわ」
「最低ですね」
「最低だな」
 三人の声がそろう。
「ええい、五月蝿いネ! ゾンビども、そいつらを殺すネ!」
 ゾンビたちが一斉に四人に向き直る。
「へ、ゾンビなんて動きののろいただの木偶(でく)人形じゃねえか! そんなもんにやられるか!」
 アニュスが啖呵をきったその瞬間である。
 ゾンビたちは一斉に走った。まるで陸上選手のように、綺麗なポーズで――。


 ●


「誰ですか!? ゾンビがのろまなんて嘘を言ったのは誰ですか!?」
「悪かった! 悪かったから走れ!」
 四人は逃げていた。高速で走るゾンビたちから。
 ゾンビたちは一様に綺麗な姿勢で走り続ける。その様はまるで陸上競技で短距離を走るアスリートのようだ。
 ただ、汗の変わりに死肉が飛び散っていたが。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
 その滑稽さが気持ち悪さを増加していた。
「くそ、このままじゃ多勢に無勢だ! 一旦ばらばらに逃げてあいつらを撒くんだ!」
 アニュスの叫びに、四人はそれぞれ散り散りに走り出す。
 ゾンビたちもそれに合わせて走る方向を変える。
 シュネーラーとリーン。二人の少女だけを追いかけて。
「あれ?」
 アニュスとレヴィは足を止めた。ゾンビは全て少女二人の方に行ってしまったのだ。
「何でこっちに来るんですか!?」
「ちょっと不公平でしょ!?」
 少女二人の叫びに答えたのは、以外にもゾンビ自身だった。
「お、女子(おなご)じゃ! 女子じゃー!?」
「もっと女子と遊びたかったんじゃ! エンジョイしたかったんじゃ!」
「うおおおんうおおおん!」
 ゾンビたちの盛大な本音大会である。
 それ見て、ミナミジマは呟いた。
「集めやすい思念を集めたら偏ってしまったようネ……」
 ミナミジマの頬を、汗が伝う。
「し、しかし、だからといってゾンビの質が落ちたわけじゃないネ!」
 気を取り直して命令を下した。
「ゾンビたちよ! 容赦なく襲うといいネ!」
 叫んだそのとき。
 アニュスがミナミジマを銃で撃った。
 手が空いていたので。
「あふん」
 ミナミジマが撃たれて転がり、ゾンビが消える。
 戦いは終わったのだった――。


 ●


「とんだ馬鹿騒ぎだったな――」
 アニュスの言葉が夕空に溶けていく。
 海水浴場の入り口。肩を撃たれて戦意を喪失したミナミジマが、軍の護送車によって連れて行かれるところだった。
 後部扉が閉まり、護送車は走り出す。
 その小さくなっていく姿に、アニュスは念じた。
 もう来んなよ――。
 何故か遠い目つきになる。
「アニー、戻ってご飯食べよー」
 道の向こうでシュネーラーが呼んでいた。レヴィとリーンも一緒だ。
「おう、今行く!」
 まだ休日の途中だ。花火でもして忘れるとしよう。
 そう思いながら宿への道を歩いた。


 ●


 夕食時。
 民宿の食堂で、アニュスたち四人はその言葉を聞いていた。
「えーんえーん! ぼ、僕の海パン、僕の海パンが〜!」
 泣き声が聞こえる。
「あああああのゆゆゆ幽霊めめめ、まままたあああ現れおおおったかああああ!」
 老婆の声がデジャブのように聞こえた。
 四人は、努めて無視して夕食を終えた。
 ただ、レヴィだけが胸中に思う。
 また、第二第三の変態がきて――、夏。
 声には出さなかった。

 


END

レヴィ、アニュス、リーン、シュネーラー→協力したのでそれぞれ星一つを獲得


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