02『君への感謝と僕の精一杯』

登場人物
レヴィ:心を込めて
リーン:心を受けて
ニカ:心が飛んで



別題『ニカが弾けて心が飛んで』


 てめえは何を言ってるんだ。いやむしろ正気なのか――。
 少年は思う。
 耳にあてがった携帯端末の向こうから聞こえてくるどもった声に、いらつきを隠さない。
 携帯の向こうの声はすがるように言う。
[ニカ、なら、知ってる、と……、思って]
 俺が知るかそんなこと――。
 ニカと呼ばれた少年は、しかし心に生まれた言葉とは裏腹に答えた。
「俺が知らないわけねえだろ! 誰に聞いてると思ってやがんだダッフル野郎!」
 前髪だけやや長い赤髪。それを無造作に掻き毟って、半眼のニカはうそぶく。
 正直な話、ニカはダッフル野郎と自分が呼んだ相手、レヴィの聞いてきたことなどこれっぽっちも知らない。
 だが知っていると明言する。それがなぜかと言われれば、それは彼がニカという人物だからだ。
「デートくらい俺は何べんも経験してるに決まってんだろ! 言わばデートのプロだ!」
 奥手なてめえと一緒にするな、そう付け加えてやる。
 しかし、携帯の向こうから返ってきた声は、要領を得ない台詞だった。
[デー、ト……?]
 ニカのいらつきは最高潮だ。
「あーもー、わかんねえ奴だなあ! プレゼント渡したいんだろ!? だったらデートだよ!!」
 しかしレヴィはやはり、気の抜けた返事を返す。
[……ああ、うん……]
「わかれよちったぁわかれよ!? デートして! 金掛けて! 雰囲気作って! そこで渡すんだよ!!」
 まくし立てたニカに、しかしレヴィは言った。
[そう、なんだ……]
 ため息が出た。それも盛大で大げさな。ニカは既に怒る気力すらうせ始めていた。
「まあ、そういうことだ。じゃあな、がんばれよ」
 一方的に通話を切ろうとする。しかし、いや、やはりというべきか。レヴィは食い下がった。
[え、待ってよ、ねえ、ニカ]
 デートを教えてよ、携帯の向こうから予想通りの台詞がきた。
「お前ばっかじゃねえの? タダで教える奴がどこにいるんだよ。プロのテクだぜ?」
 ニカはデートの経験などあまりなかった。だが、それでもうそぶくのは彼が彼たる所以かもしれない。
[お金、払えば、いいの?]
 だが携帯の向こうからは、珍妙な解答とでも言うべき反応が返ってきたのだった。
「え? マジ?」
 ニカは素で答えていた。


 ●


 通話を切った携帯を見つめて、ダッフル・レヴィは思った。
 これをリーンに、ちゃんと渡せるかな――。
 手の中には一つのネックレス。
 白く淡い、控えめな輝きを放つそれを見つめる。
「大丈、夫」
 自分に言い聞かせる。
 デートのプロが、ついてるしね――。
 レヴィ・コモゾロフ二十四歳。純真なのが、玉に瑕だった。


 ●


 特急メルティランド。
 シエル・ロアの隣町に存在する大型テーマパーク。つまり遊園地だ。
 謳い文句は『ステキな世界へ超特急。炉心融解の楽しさ』。ちなみに正確な意味を知ろうとしたものは黒い太陽に焼き尽くされるという都市伝説がある。
 そのメルティランドの玄関口に、赤髪の少年、ニカはいた。
 黒のジャケットに黒のズボン。いつもの格好だ。
 両手をジャケットに突っ込んで、正門を見上げる。
 やたらとでかい正門は、やけに分厚く重々しい。遊園地の入り口というよりは重要施設のガードを固めたゲートに近い。
 そのゲートの上に鎮座する物体を見て、ニカは呟いた。
「メルティちゃん、ねえ……」
 ゲートの上のそれは、不細工な蝋人形というのがしっくり来る。
 毛羽立った防寒具を着込み、ひざを折り曲げて中途半端な姿勢のまま片方の足だけ地面と水平に伸ばす奇妙なポーズ。デザインはかわいらしいが、蝋のように半ば溶けているために怖い領域までになった女の子の顔。
 メルティランドのマスコットキャラクター、原子の妖精メルティ・コサックだ。
 こんなものの何が子供に人気なのか。そんな感想がこみ上げる。
 レヴィにデートを教えるから遊園地に来いと言ったのは自分だ。だが、授業料がもらえるとはいえ少々後悔しているのも事実だった。
 俺、遊園地とかよく知らねえし――。
 半眼のまま見上げるニカ。そこへ声をかけた人間がいた。
「ニカ、早い、ね」
 赤いダッフルコートの青年、レヴィだ。
「てめえがおっせーんだよ!!」
 振り向きざまに悪態をつく。しかし、単に授業料がもらえるという理由で早々と足が向いていただけだった。
「で? ちゃんと払う気はあるんだろうな?」
 さっそく確認を怠らない。
「あ、うん。――えと、これ」
 言いながら、レヴィはおもむろに懐から分厚い札束を出した。そしてそれをニカに突き出す。
「ば、てめ――!?」
 慌てたのはニカだ。今の時間は昼時の少し手前。丁度今メルティランドについた人間がゲート前に大勢いる中である。
「ちゃんと、ある、よ――、五百万――」
「わーわーわーわー!!!!」
 大急ぎで札束をレヴィのコートに抉り込むように戻す。
「ここじゃなくていい! あとで! 後払いでいいから!」
 まくし立てると、レヴィの腕を引っ張って足早にメルティランドのゲートに向かう。
 ったくこいつは、これだから――!!
 こんな調子で、少年と青年はメルティちゃんの微笑むゲートをくぐったのである。


 ●


「キャー!!」
 黄色い悲鳴が聞こえる。
 周囲は凄まじい風の音と黄色い悲鳴に貫かれ、高速の世界が広がっていく。
「キャー!!」
 黄色い悲鳴は鳴り止まない。しかし、それに混じってどどめ色の悲鳴とでもいうようなものが鳴り響いた。
「んぎゃああああああああ!? う、うおわあああああああああ!!!?」
 文字に起こせば単純だが、実際には【あ】という文字に濁点をつけたような、【ん】という文字を汚したような、そんな耳に痛い悲鳴だった。
 どどめ色の悲鳴の主は、しかし果敢にもご高説を垂れた。
「い、いいかダッフル野郎ううううおおおおおおお!? こ、これがデートおおおおおおおおお!! の、ののの、王道おおおおおおおお!!」
 いちいち悲鳴が混ざる。
「おお王道うおおおおおおお!? ジェットコースターだあああああああああああああああ!!!!」
 高説の主はニカであり、ともにジェットコースターに乗り込んだレヴィに向けて話しているわけである。
 対してレヴィはしかし。
 ふーん、ジェットコースターって早い乗り物なんだ――。
 涼しい顔であった。
 レヴィは遊園地に来たことがない。幼い頃、まだ家庭が崩壊していない頃に来ることもできたかもしれないが、彼の家は余裕があまりない家だった。自分の体質のせいであることは承知していたので、自分から遊園地に行きたいなどとは言い出したことがない。
 そんなレヴィとニカの前に、メルティちゃんのホログラムが浮かんだ。
「やあみんな! 速さを味わってる? 核融合の原子の動きはもっと早いんだ! みんなも原子になった気分で楽しんでね! そーれ、スピードアップだ!」
 景色が消える。
 いや、消えたのではない。人の目が早さに追いつけなくなってブラックアウトしたのだ。もはや感覚は耳だけが残り、くぐもった音が聞こえてくる。
 周囲から聞こえる声は最早黄色などではなく、心のそこから恐怖によって搾り出される悲鳴ばかりだ。隣の席から「おいマジかよ!?」とか「馬鹿だろ!? この遊園地は馬鹿のたまり場だろ!? ふざけんな!!」とか聞こえる気もする。
 レヴィは思う。
 懐かしい、と。
 悲鳴を聞くと思い出す、そんな過去。
 レヴィがまだ軍学校で勉強していた頃、始めての空挺降下訓練をしたことがあった。
 そのとき、たまたま担当の教官が病欠しており、いつもと違う教官が訓練指導に来た。
「私が代わりの教官だ。名前? そんなものはクソにも劣る。貴様らに必要なのは私が上官であるという事実のみだ」
 そう言った代わりの教官は筋骨隆々のババアだった。ババア教官は太い親指で背後を指差す。背後にあるのは輸送機の窓と、そこから見える空だ。
「この輸送機は既に地上から千メートルの高さだ。わかるか?」
 一呼吸。それだけの間を置くと、ババア教官は一言だけを言った。
「貴様らに逃げ場はない」
 訓練生たちの反応などもとより見るつもりもなく、続けざまに言い放つ。
「既に概要は伝えた! あとは実践だけだ! ここから飛び降りて生き残れ。以上だ!」
 訓練生たちは一様に同じ表情だった。
 無表情。
 あまりのことに、どの顔を出していいのかわからない。まるで自分がそこにいないかのような感覚による表情だ。
 ババア教官はそれを見ると、おもむろに手を出した。
「貴様だ」
 一言。ただ一言を付け加えながら、出した手ですぐ目の前にいた訓練生を鷲掴みにした。次の瞬間には焚き木にくべる薪のように、いとも簡単に訓練生を抱えあげる。
 そしておもむろにハッチを手動で開け、そして――。
「死ね」
 一言とともに放り出した。高度千メートルの世界へ。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」
 訓練生の悲鳴が、ドップラー効果によって消えていく。数秒で視認不可能になった。
 ハッチから振り返ったババア教官は、しかしあっさりとこう言った。
「よし次」
 瞬間、そこにいた全ての訓練生の、糸が切れた。
「「「うわああああああ!?」」」
 一瞬にして輸送機の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。そしてババアの目に留まった訓練生から、順次蹴り落とされて姿を消していく。
 レヴィは未だに覚えている。自分の隣で必死な顔のまま泣きじゃくっていた訓練生を。彼は小便をちびり、それを撒き散らしながら空に消えていった。
「やり方は教えて、訓練も終わってるんだ! あとは実践あるのみ! 出来ないやつはクソ袋になって死ね!」
 そう言いながら訓練生を蹴り出し続けるババアにより、輸送機の中にはレヴィだけが残っていた。
「最後はお前か」
 そう言われたとき、レヴィはしかし。
「うおわああああああああ!!!?」
 叫び、自ら空に身を躍らせていた。初めての降下よりも、ババアのほうが怖かったのである。
 そのあと、よく覚えていないが、いつの間にかレヴィたちは宿舎に帰り着いていた。全員無事で。そのとき、その場にいた全員が号泣しながら生きている喜びをかみ締めたことは忘れない。
「懐か、しい、な……」
 呟いたとき、ジェットコースターは丁度終点に着いたところだった。
 コースターが止まると、乗っていた客が我先にと降りていく。
「誰がこんなもんに二度も乗るか!?」
「誰か、誰か助けて、足が言うことをきかないんだ――!!」
「おかあさーんおかあさーんわあああああああああ!!」
 口々に言いながら、逃げるように人がいなくなる。
 恐怖の前では、みな等しく同じ人間だね――。
 思わず懐かしさがこみ上げてくるレヴィだ。
 ふと、ニカがおとなしいと思い、ニカのほうを見る。
 ニカは口から泡を吹かせて、気絶していた。


 ●


 ジェットコースターから降りたあと。
 ニカは一言を発した。
「ごめん、俺帰るわ……」
 そう呟くかのように声を絞り出したニカの目は、死んだ魚のようだった。
「ダッフル野郎、あとは自分で何とかしてくれ……。金? いらねえよ……、なんかもう、どうでもいいや……」
 それをうわ言のように言うと、ニカは左右にふらつきながら帰っていった。
 そして最後に一言を残す。
「デート? あー、デートな……。んなもんより心だよ、心。心がこもってりゃ、イーンジャネーカナー……」
 こうして死んだ魚の目をした少年は、レヴィのもとから去ったのである。
 取り残されたレヴィは考える。
 心――。
 心。深い言葉である。深すぎて説明がなければさっぱりだ。
 しかしレヴィは思った。
 僕は心だけは負けてないと思う。誰にだかわからないけど負けてない。これはきっと僕に自信を持たせるためのアドバイス――!
 そして心の中で付け加える。
 ありがとう、デートのプロ――!
 最早それはデートと関係ないと、そんなことはこの際さておき。
 早速プレゼントを渡さねばと、メルティランドの出口に向かおうとしたレヴィの目に映ったものがあった。
 子供だ。
 正確には親子連れだ。
「わー、メルティちゃんだ!」
 小さな女の子が、レンガ通りを歩いていたメルティちゃんのきぐるみに抱きついていた。ちなみにこのメルティちゃんは溶けてはいない。
 女の子の両親が、微笑ましく我が子を見ている。
「パパ、ママ! 写真とって!」
 女の子とメルティちゃんのツーショット。それは先ほどのジェットコースターからは想像もつかない平和な光景だった。
「写、真――」
 レヴィは思う。
 自分もリーンと写真を取れたら嬉しいのではないだろうかと。
 しかし、そこでレヴィは一つの想いを得た。
 リーンはどうなのか、と。
 自分もリーンも、今までろくにカメラなど使おうと思わなかった。
 興味がなかったのは、映りたいと思わなかったからだ。
 レヴィも、そしてリーンも、過去に傷を持つ人間だ。
 しかし、レヴィはある種吹っ切れることができた。
 だがリーンはどうだろうか?
 ”今の自分を残したいと思うだろうか?”
 そして――。
「――うん、やめ、よう」
 一言を発すると、人混みへと消えていった。


 ●


「じゃあ、入りますか、――ね」
 少女は夕暮れの中で、一言を発した。
 緑の髪に赤いチャイナ服の少女、リーンだ。
 彼女の目の前には見るからに高級なマンション。現在のレヴィの住処だ。
「今日はお人好しさんから呼ばれてるわけですし、――ね」
 歯切れの悪い独り言を口にする。
 リーンは今まで、レヴィの部屋に自分から勝手に上がっていた。
 今までは。
 レヴィが高級マンションに移ってからは、自分で上がったことはない。
 上がりづらく、なりましたよね――。
 さらに思う。
 家族なのに――。
 レヴィとリーンは血が繋がっていない。しかし、その関係はお互いを家族だと思って今まで過ごしてきた。
 だが、レヴィが昇進してからレヴィの部屋になんとなく上がりづらくなった自分がいた。
 確かにマンションのセキュリティなどで部屋に上がるのが面倒になった。しかしそれだけではない、と自分でも思う。
 遠くなったのだ。一言で言えば。
 リーンは門番だ。それは組織の下部構成員であり、幹部からは程遠い。
 そしてレヴィは今や幹部だ。ほぼ名目だけとはいえ、仕事もちゃんとこなすことはこなしている。ある意味立派な幹部だった。
 突然ではあるものの、組織の上部へ出世街道を走り始めたレヴィに対し、リーンは隔たりを自ら作っていた。
 でも――。
 呼ばれたからには行かなくては。そう思う。
 それは自分を奮い立たせる想いであり、自分に対する免罪符でもある。
 自分に檄を飛ばして、彼女は玄関ホールへと向かっていった。


 ●


 レヴィの部屋に上がったリーンに対し、しかしレヴィはいつも以上に普通だった。
「やあ、はやか、ったね」
 そう言うと、ソファを勧めてきた。リーンが座ると、彼も座る。
 座ったら途端に、レヴィが慌てた。
「あ、えと、呼んだのは、僕、だから――、あっと」
 リーンはレヴィの言いたいことがよくわかる。
「お人好しさんは座っていてください。私がお茶を入れますから」
 クスリと笑って立ち上がり、台所へと向かった。
「あ、うん、――ご、めん」
 リーンは笑う。いつものレヴィだと。自分で呼んでおきながら、相手をもてなす方法がわからずに自分も座ってしまうレヴィだ。
 なんとなく、安心している自分を確認する。
 やがてお茶を淹れ終わり、再びお互いにソファに座る。
「それで、急に呼び出してどうしたんですか?」
 リーンから口にした。
 会話の主導権を握るのはいつものことだが、そうしていると安心できる自分がいる。
「あ、えと、――これ」
 レヴィは割りと無造作にそれを取り出した。コンパクトなケース。宝飾品などを入れるそれだ。
「え――」
 しかし、リーンは驚いた。レヴィは普段、このようなことをする男ではない。プレゼントはまだしも、宝飾品とは想像もつかない。
「一体どうしたんです? 急に――」
 リーンとしては困惑する一方で、しかしなんとなくからくりに対して思考がめぐらされていた。
「その、アニュスが――」
 自分に対してプレゼントすることを勧めた相手を素直に吐露してしまう、まったくもっていつものレヴィだ。
「ふふ、そんなことだろうと思いました」
 しかし、リーンとしては自分の巡らせた思考が当たってほっとする。
 急にこんなことをされたら困ってしまう。ただでさえ、遠く感じているというのに――。
 正直に言って他人の、レヴィの友人であるアニュスの差し金でよかったと、ほっとする。
「ネックレス、なんだ、けど――」
 レヴィは箱を開けてみせた。
 深い青の箱の中に、淡い白の光。オパールをあしらったネックレスだ。小さな三日月形のオパールが花弁となり、小さな花を形作っている。そして花弁を支えるようにプラチナのリボンが控えめに伸びていた。
 オパールは決して大きくないが、青みがかった虹色をその中に秘めている。
 これは――。
 リーンは一目見て思った。高価であると。そしてこうも思う。
 プレゼント選びはまた違う誰かの差し金ですね――。
 そう思ったとき、ふと寂しさを覚えた。
 レヴィには、自分以外にそれだけの友人が居るのだと、自覚してしまった。
「ありがとうございます」
 しかし、それらの思いを全て秘め、ただ笑ってプレゼントを受け取った。
 レヴィは見るからに安堵した表情だ。リーンとしては少し憎い。
「あの、ね――」
 おもむろに、レヴィは口にした。
「たしか、に、プレゼント、は、みんなに、言われ、た、から、だけど」
 たどたどしく、しかし強く、口にする。
「お礼、が、したか、ったんだ、リーンに」
 猫ではなく、リーンと、確かに言った。
「僕が、今、ここにいる、のは、リーンがいて、くれたから」
 君が居てくれたから。
「僕の、背中を、押してくれ、たのは、リーン、だから」
 いつも助けてくれたから。
「僕の、家族、だから」
 かけがえのない人だから。
「リーンは、僕にとって、リーンしか、いないから」
 君だからこそ。
「このプレゼント、を、渡そうと、思った、んだ」
 言葉がでない。リーンは、息だけを飲んだ。
 リーンは思う。自分の思考に間違いがあると。
 それは、レヴィの気持ちだ。
 確かにリーンの思考は合っている。だが、そこにどんな流れや他人の力が関わっていようとも、気持ちをこめたのはレヴィであり、”この決断を下したのは彼”なのだ。
「お――」
 口に出しかけて、戻した。それではいけない。彼は名前を呼んでくれているのだから。
「もう、レヴィさんったら」
 笑った。心から。彼と自分は、遠くでもなんでもない。家族だった。最初から。
「ありがとうございます」
 再び口にした。しかし、今度は違う。自分の気持ちをこめた。ただ、ありがとうございます、と。
 レヴィは笑った。その笑顔を見て。心から、二人は笑った。
 瞬間、空気が抜けると同時に断末魔を残すような、甲高い音が鳴った。
「おなか、すいた……」
 レヴィの腹の虫だ。
「ぷ」
 リーンが噴出す。幾度となく聞いてきた音のはずだ。珍妙であることを抜かしても慣れているはずの音だ。しかし、こらえることが出来なかった。
「もう、相変わらずですね」
 笑いながら立ち上がる。
「どうせ何も用意してないんでしょう? 久しぶりに食べに行きましょうか」
 レヴィも立ち上がった。やや情けない笑顔で。
 と、そのとき、リーンの目に入ったものがあった。
 キッチンカウンターの上に置かれた、小さめのピンク色の物体。
「カメラ、ですか――?」
 言われてレヴィは、うん、と返した。
「あの、ちょっと、可愛かったから、買った、んだ」
 それはトイカメラだ。ピンク色の小さなトイカメラ。メルティちゃんの絵があしらってある。
「へー」
 リーンはそれ以上気に留めなかった。
「じゃあ、行きましょうか」
 そして歩き出す。外の世界へ。
 だが、レヴィは思う。メルティランドで得た想いを。
 いつか、このカメラを使うときが来るだろうか、と。
 カメラに映りたいと、君から言ってくれるだろうか、と。
 自分に出来ることは待つだけかもしれない。でも、それならば――。
 いつまでも待とう――。
 そう思った。


to be continue.


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