01_ツバメとキジ
荒野がある。
果てなく続く荒野。岩陰すらもまばら。視界をさえぎるものはない。
荒れ果てた星。
乾いた風のその遠く。銃声が聞こえた。
●
「野郎共! ケツから追い詰めろ!」
怒声。
がなってはいるものの、それは獲物を追い詰める歓喜に満ちている。
「クソ! ハゲタカどもめ!」
追い詰められる側は必死だ。
全長二十メートルの巨大トラック。いくつもの車輪と分厚い装甲に包まれたそれは水を運ぶ定期便だ。
この乾いた星において水は一番の貴重品。それを定期的に運ぶ装甲車だ。そして今、ハゲタカに追い詰められる獲物でもある。
銃弾が宙を舞う。
屋根を外した小型のジープが五台。それぞれに運転手(ドライバー)とは別に銃手(ガンナー)を乗せて迫り来る。銃手は全員マシンガンを装備だ。
迫り来るジープからの銃撃。矢鱈滅多に飛び乱れる銃弾が装甲車と、そしてその護衛のミニバン三台に降り注ぐ。
「奴らめちゃくちゃだ! これだけマシンガン乱射しながら近距離走るなんざ正気のガンドラじゃねえ!」
ガンドラ。銃手と運転手、二人合わせて一組の、この星で生まれた独特な戦闘形態、ガンドライバー。その略称だ。
障害物の少ないこの星で、車という移動手段は戦闘にも活発に取り入れられた。車は走る遮蔽物だ。いつしか車に銃を積み、そうして戦うことが通常となっていった。
通常のガンドライバーなら数台の連携でマシンガンのような銃は慎重に扱われる。無茶苦茶に振り回せば走行中の味方に当たるからだ。しかし、この連中は正気の沙汰とも思えないような乱射の嵐の中を全速力で走り寄って来る。銃弾の雨に自ら飛び込むのだ。正気ではない。
「こんなもん、並みの戦闘技術(ガンドラテク)じゃどうにもできんぜ――!」
護衛のミニバンの運転手が悲鳴を上げる。一台のミニバンが被弾。前輪を弾き飛ばされて軌道を乱して停止した。足の止まったガンドライバーは踏み潰される虫に等しい。
「容赦するな! 殺せ!」
ジープに乗った一際大きなモヒカン男が怒鳴る。停止したミニバンは蜂の巣状にその車体を変形させ、爆発炎上した。
「巨大水槽(トラクター)を盾にしろ! 避けるのは無理だ!」
護衛の一声。二台のミニバンが巨大トラックの陰に走り込む。巨大水槽と呼ばれたこの水の定期便は、ハゲタカどもの襲撃に備えて堅牢な造りだ。まさに走る遮蔽物でもある。
「お頭!」
ジープの運転手が歓喜に叫んだ。護衛が巨大水槽の陰に集まることが彼らの狙いだ。
「吹き飛べえ!」
モヒカン男が両腕を掲げた。両の手の周りを囲むように、凶悪なミサイルが並んでいる。
モヒカンは躊躇なくミサイルを撃ち込んだ。
爆発。
巨大水槽を越えて、その陰に走り込んでいた二台のミニバンが吹き飛ばされる。空中で放り出されたミニバンの銃手が叫んだ。
「クソ! 正気じゃねえ!」
モヒカンが笑った。下品極まりなく、はばかることのない大きな声で笑った。
「野郎共、水槽を押さえろ!」
ジープが巨大水槽に走り寄る。
その時。
ジープの一台が爆発とともに吹き飛んだ。
「何だ!?」
モヒカンが叫ぶ。
一泊遅れて銃声。その銃声は荒野の向こうから響く。
「お頭! 南の岩陰、狙撃ですぜ!」
南、かなりの遠方に小さな岩陰。その岩陰の隣に、一台のミニカー。小さく、しかし自己主張の激しい赤が直射日光に照りかえっている。
「赤いミニカー……!」
「――ツバメか!?」
放り出された護衛、モヒカン、それぞれが叫ぶ。
真っ赤なミニカー。やはり屋根が外されたそこには、銀髪に黒肌の長身。ミニカーに括り付けられた狙撃用ライフルを覗き込んでいる。
銀髪が一言、口にした。
「500前進」
「アイサ!」
答えたのはミニカーの運転手。ゴーグルで分かりづらいが、声は少女のそれだ。声と共にミニカーが前方へ走る。
再びの銃声。それが聞こえた時にはすでにもう一台のジープが吹き飛んでいた。
「〈赤いツバメ〉だ!」
護衛が叫んだ。それがミニカーの二人組みの名前だ。
「標的、赤いツバメに変更だ!」
モヒカンも叫ぶ。言った時にはすでにミサイルがミニカー目掛けて撃ち込まれていた。
「全速後退! 撃ち落す!」
「アイ!」
銀髪と少女のやり取り。終わるか終わらぬかの内にミニカーは全速力で後進。銀髪のライフルが火を噴く。
空中に爆炎が六つ。ミサイルを全てライフルで撃ち落した。
「全速で近づけ! ライフルを使わせるな!」
モヒカンが指令を出す。
通常、ガンドライバーは狙撃系ライフルを多用する。走る車も遠距離から狙い撃てば簡単に銃弾を撃ち込めるからだ。ゆえにガンドライバーの多くは遠距離か
らの攻撃が得意というのが普通だ。近距離になってしまえばライフルは取り回しがよくない。近距離を高速で走る車はそもそも狙いを定めづらい。ゆえにモヒカ
ンたちはあえて近距離へ走りこみ、危険を覚悟で乱射しているのだ。
モヒカンジープのマシンガンが火を噴く。正確に当たる距離ではないが、広範囲に弾をばら撒く牽制としては最適だ。ライフルによる狙撃をさせじと弾丸の雨が降り注ぐ。
銀髪も対応して運転手に指示を出す。
「全速前進。後は任せた」
「スワロー!?」
少女が銀髪、スワローを見上げる。
「俺があわせる。好きにやって見せろ、キジ」
一瞬少女、キジは戸惑った。だが一瞬だ。すぐに前を見据えて応えた。
「アイサ!」
アクセル全開。ミニカーが一気にジープへ近づく。
「馬鹿が! 死にに来たか!」
距離が近くなれば狙撃ライフルは使いづらくなる。同士討ちの可能性が高いとは言えマシンガンが有利だ。
「撃て撃て! 蜂の巣にしてやれ!」
ジープもアクセルを吹かす。両者の間合いが一気に縮まる。通常ならマシンガンを避けられない近距離だ。しかし。
荒野を裂くような甲高い音が響く。
ミニカーが右に左に急角度で蛇行した。
超近距離での蛇行はほとんどお互いの周りをぐるぐる回るような軌道になる。近距離で高速移動。この蛇行状態でまともに当たる弾丸はマシンガンでもなかなかない。
そしてこの超至近距離で、狙撃ライフルが火を噴く。
二度の銃声。そして爆音。
二台のジープが一息にゴミと化した。
「なんて野郎だ!」
残されたモヒカンがうめく。これだけの軌道を描きながら、相手の車体を捉えて正確に射撃する。よほど息のあった運転手と銃手の戦闘技術(ガンドラテク)だ。
超近距離。ジープとミニカー。残った二台がにらみ合いながら走り続ける。
スワローがモヒカンを指差した。銃で撃ち抜くかのように。
「一騎打ちだ」
「ふざけやがって――!」
ジープとミニカーがグルグルと走り回る。
ガンドライバーの一騎打ちはドライバーの走りあいから始まる。
ガンドライバーは車に銃が積んであるだけのような代物だ。銃にも、それを使う人にも、動きの限界がある。ゆえに、相手の銃手の死角に走りこみ、自分の銃手が撃ち込める状況を取り合うのがガンドライバーの基本だ。
「気合入れろー!」
モヒカンが運転手の後頭部を蹴りつけた。瞬間、二台の車が交差する。お互いにすれ違うように走り抜ける。
モヒカンの運転手が急ハンドルを切った。
ジープが滑り込むようにドリフト。ミニカーの後ろを取る。
「もらった!」
モヒカンが叫んだ刹那。
響いた銃声はしかし、ジープの前輪を撃ち抜いた。
「なにい!?」
スワローの左腰、その影から〈後ろに向かって〉拳銃が火を噴いていた。
ジープは走りを止めはしないものの軌道を乱す。そこへ真正面へ突っ込むようにミニカーが〈正面をあわせて〉きた。
「くそおおおおおお!!」
モヒカンがマシンガンを撃ち込む。だが、それを読んでいたかのようにミニカーは右へ流れるようにドリフト。マシンガンの軌道に一ミリもかすらない。
スワローが右手を構える。その手にはさっき撃ち込んだ銀色の拳銃。
「終わりだな」
連射。
弾丸は全て吸い込まれるようにジープにヒット。エンジンを撃ち抜かれて吹き飛ぶ。
ミニカーはドリフトを滑らせるように滑らかに終わらせて停止。キジがスワローを見上げた。
「へへ、一丁あがり!」
スワローは親指を上げて応える。
「巨大水槽をタウンへ連れて行くぞ」
「はーい」
ミニカーは再び走り出した。
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