2536年 ホログラムの君へ
ツイッターでフォロワーの未音さんに寄せて書いたSSです。
未音さんのアイコンに使われている女の子からイメージを広げて書きました。
設定などは全てmontaのオリジナルです。
○2536年 ホログラムの君へ
March 19.2536
ぼくはかのじょに恋をした。
March 19.2550
あれから十四年。僕は今年で二十四歳になる。
今年も例年通り、世界はひとつの出来事を悼み、ホログラムはおなじみの映像を映し出している。
ホログラムに映るのは僕の行ったことのない国。
二五五〇年にもなってこの地球上で行ったことのない国が存在するなんて、不思議な気持ちだ。
今や人類は宇宙に進出し、遠い銀河に移住までしている。そんな世界で僕はどうしても行くことのできない国の映像に、心を馳せる。
ホログラムは映し続ける。時に先進的なビル群の集まる都会を。時にのどかな自然の風景を。
だが、僕が本当に思いを馳せているのはそこじゃない。
ホログラムが自然豊かな山間の村を映した。そして僕のお目当てを映す。
村の中で、花を抱えてこちらに微笑む少女。
映し出された時間は僅かに十秒弱。
他の映像に切り替わったホログラムを消すと、僕は手元の携帯クリスタルを操作してあらかじめ保存してあったホログラムを呼び出す。
少女の映っているシーンだけを切り取って繰り返し再生するように編集したものだ。
人工の、指一本分ほどのクリスタルの上で、少女がこちらに微笑みを向けるホログラムが繰り返され続ける。
僕は彼女の名前を知らない。
名前だけじゃない。住んでいた国と村、それくらいしか知っていることはない。
何しろ四十九年前に死んでしまっているのだから。
四十九年前の今日。西暦二千五百一年三月十九日。彼女のいた日本という国は、この世界から一瞬にして消えてしまったのだ。
その日、世界でも高い科学水準を持つ国である日本は新しいエネルギーであるテスラクリスタルエネルギーの実用化実験をしていたそうだ。
今や世界水準となったテスラクリスタルエネルギーだけど、当時はまだまだ危険な技術だったらしい。
地球から遠く離れた星、クルルカと名づけられた資源惑星からもたらされた特殊なクリスタル。そいつを芯にしてコイルのように加工してやると今まででは実現できなかったほどの高効率エネルギーを生み出す。
その実用化実験が行われていたわけだ。
実験は半分成功。そして半分失敗。
エネルギーを生み出すことには成功した。だけど、制御装置に事故が発生してエネルギーが暴走したんだ。
暴走したエネルギーは当初予定したものよりも遥かに強くて、強力すぎるエネルギーの存在に空間が耐えられなくなって周囲の空間ごと消滅。
その周囲の空間というのが日本という国一帯だったんだ。
当然まわりの国も被害は受けたけど、海側の国が津波にさらされた程度だったのでたいした被害はなかった。今時津波程度で騒ぐ国も珍しいし。
だから僕は彼女のことはほとんど知らない。
ただ、毎年恒例の日本追悼番組で、毎回流れる日本の映像集の中のひとつに彼女が映っていたということだけを知っているのが僕だ。
かくして僕は、今日も彼女のホログラムを眺める。
追悼とかそういうのは、僕には関係ない。
March 20.2550
二十四歳の誕生日おめでとう、僕よ。
とりあえずそう言っておくことにする。
本当は歳なんか取りたくない。
ホログラムの彼女はどう見ても少女。十代の中盤だろうか。もはや歳を取れば取るほど彼女から離れていってしまう。
だけど、今日はついにこの日が来たという日でもある。
ついに準備が整った。後は行動に移すだけだ。だから今日は記念日とも言える。
僕が彼女と出会った、いや、彼女を発見したと言う方が正しいだろうか。なにせ十秒に満たない映像から見つけ出したのだから。まあとにかく、あの日から僕はずっと勉強していた。
あらゆる分野の知識を学び、貪欲に先に進んだ。
なぜかって? もちろん彼女のためだ。
いや、これも言葉が違うかもしれない。
彼女は僕を知っているわけじゃないし、僕が勝手にやってることだ。
つまり、僕のため。
僕が彼女に会いたいがため、だ。
そのために必要な知識は全てそろった。あとは実際に行動するだけだ。
タイムスリップ。
僕はそれをしようとしている。
March 30.2550
実際に行動に出てみてわかったことがある。
壁が厚い。
タイムスリップを実際に行うための壁だ。
今の時代ではそれを行うこと自体は可能とされている。それについて学んできた僕もそれには賛成する。
ただ、成功させる条件は厳しい。いろいろな意味で。
時間を越えること自体は可能だけど、越えた後に安全に過去や未来に降り立てるかは別だ。理論上のタイムスリップはできても、まだ実用段階じゃないのが現状だ。
そして最大の問題は法律でタイムスリップが禁止されていることだ。
理論で完成し、実用的ではないながらも一応の時間を越える実験は成功している。しかし、その時点で宇宙連盟はタイムスリップそのものを禁止した。
理由は簡単だ。歴史を変えられたら自分たちの生活がめちゃくちゃになる。完全に悪用されない技術なんてないのだから、危険すぎる可能性を持つものは禁止してしまった方が都合がいい。
研究自体は今も一部で細々と続けられている。だけどそれは実用化が目的じゃなくて技術を発展させるための研究でしかない。もちろん宇宙連盟の監視がみっちりついている。
僕は今までさんざん勉強してきた。普通の人間が到底できはしないだろう量の勉強をして、それをものにしてきた。彼女に会うために。
だから技術的なことは自分で何とかしようと思うし、可能だと思っている。確実に成功する保証はないけど。
ただ、禁止されている技術だから個人でタイムスリップに必要なものをそろえるのが難しい。法を犯さなければそろえることはできやしない。
だけど、ここまでやってきたんだ。僕はここで辞めるつもりは毛頭ない。
ホログラムの彼女に会うために、僕は続ける。犯罪を犯しても。
June 5.2553
三年もかかってしまった。
彼らと接触して人脈をつくり、法に触れた設備を整えることはできたが、時間をかけすぎた。
僕ももう二十七歳だ。そろそろ三十路が見えてきた。
焦りを感じるけど、できる限りの事をするしかない。
ともかく大部分のものはそろった。彼らは善人とは到底呼べないが、でも僕は感謝したいと思う。彼らのおかげで僕は彼女に近づいたのだし。
後は、あれだけだ――。
December 24.2553
とんだ失敗だ。
ちょっとしたミスで宇宙連盟警察にマークされてしまった。
クリスマスイブ、世間が浮かれてる夜だってのに何をやっているんだ僕は。
幸い僕がタイムスリップを企てていることは宇宙連盟警察には洩れていないようだ。
じゃあなんでマークされたのかというと、彼らとの接触の痕跡が知れ渡ってしまったからだ。
とにかくここからは慎重にやるしかない。活動範囲を宇宙中に散らしてタイムスリップの計画だけは洩らさないようにしないと……。
March 20.2556
鏡に映る僕は、確実に三十歳の僕だ。
おめでとう僕、三十歳の誕生日だ。また一段と彼女から遠のいた気がするよ。
日本という国が消えたことを悼む人も、今では少数派だ。昨日の追悼の日はニュースで一言、「今日は歴史から日本が消えた日です」ただそれだけだ。当然彼女が映っているはずのあの映像もホログラムには流れやしない。
僕は最近悩んでいる。
こんな歳になった僕が彼女に会って、彼女は僕のことをどう思うだろうか?
きっと僕に興味を抱いたりなんかしない。
僕はこのまま計画を続けるべきなんだろうか。
僕の手の中で、彼女のホログラムが笑っている――。
March 25.2556
やっぱり彼女が好きだ。
僕に振り向いてくれないとしても、せめて彼女の名前だけでも知りたい。
その声を聞いてみたいんだ。
August 8.2557
ついにあれが手に入る算段がついた。実に喜ばしい。
その一方で悪い知らせもある。警察のマークが厳しくなった。
僕が今まで接触してきた彼ら側の情報を調べることで、僕が彼らに技術提供をしているだけでなく、タイムスリップに必要な一連の物資や設備をそろえていることをかんぐってきたようだ。
もう時間がない。手をこまねいていてはいずれ警察に捕まる。そうなる前にあれを手に入れてタイムスリップを実行する。
余裕がない以上、時間を越えるのは一度だけしかできないだろう。二回以上時間を越えるだけの準備はできない。
だが、それでいい。
彼女に会えるなら、僕はそれでいい。
February 14.2558
今、僕の手の中にはあれがある。
バレンタインのプレゼントを装い、厚みのある本の内側をくりぬいてそこに入れてある。
準備は整った。
このタイムスリップ施設は隠し通してきたつもりだけど、場所がすでに警察に洩れていたようだ。ここにくるまでに僕を監視しているらしき人間に何人か気づいた。
わざわざ監視して、直にこの場所に踏み込んではいなかったということは、正確な場所はその時点でまだわかっていなかったのだろう。
つまり外には今、突入命令を待っている宇宙連盟警察の方々が待機しているってことだ。
もう迷いはない。
今更退ける状態じゃないってのもあるけど。
僕はいつもの携帯クリスタルを見る。もちろん映し出されるのは彼女だ。
彼女を見て、決意を固める。
そして――、
僕はスイッチを押した。
三十二歳の僕に話しかけられたら、彼女はどう思うだろうか――。
●
「うわあああああ!?」
突然の悲鳴。続いて何かがぶつかる音。地面への激突音だ。
激突したのは男だ。清潔にはしているものの、それもやっとという感じのさえない男。
男は地面にぶつけたのであろう尻をさすりながら立ち上がった。
「いってー……」
呟いて、前を見る。そして――、
「……」
言葉に詰まった。
男の目は、目の前の少女に釘付けになっている。
少女。十代半ばくらいに男には見える。近くでつんだのであろうか、花を抱えていた。
「大丈夫ですか?」
少女の口から気遣いの言葉が洩れた。
「あ――!? いや、その、ええと――!?」
男は慌てふためきながら手を振る。そのさまは実に滑稽としか思えない。
不思議に思う少女に対し、ひとしきり慌ててから、男は一言を口にした。
「チョ、チョットマッテ!」
手を少女に向けての静止のジェスチャーとともに、男の口から出た台詞は片言だった。
「あ、はい――!」
思わず少女はかしこまる。どう見ても外国人の男だ、会話するのに苦労しているのだろうと思った。
男は懐に入れてあった本を開く。中にはくりぬいて開けた穴に、ひときわ光るクリスタル。
「よし、無事だ」
それを見て安心した男は、少女に向き直る。
男は言う。母国の言葉で。
「最初の一言は決めていたんだ」
そして言った。片言でしか喋れない、しかしこの日のために覚えてきた少女の国の言葉を。
「キミノナマエヲ、オシエテクダサイ」
本の中のクリスタルが、未来に輝いていた。
END
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