短編詞 詞之二 『義賊』


登場人物
小鬼の刃仁王丸(こおにのはにおうまる)
仏蘭 蘇羽子(ふらん そわこ)
岩砕 アンドレ(がんさい あんどれ)
伽藍(がらん)
雉浦 珀桜(きじうら はくおう)
狐枯 一(こがらし いち)
猪沼 巴康(かぬま ともやす)
ふつ
すずり


 戦国。
 群雄が割拠し、競り合い、下克上が日常のこととなっていた時代。
 国が起きては滅び、小さな島の覇権を争っていた時代。
 島の中腹、関東一円を治める大国、黄楊。
 大国ゆえに豊か。しかし、大国ゆえに貧しい。
 治める者と治められる者、その間に軋轢が生じていた不穏な時代。
 何が正しいなどと言う者はいない。
 皆生きることに必死であった。
 ただ、生きることに生きていた時代。


「?」
 夜。真夜中と言っていい。
 黄楊の城下町。大衆酒場『すみや』。その店先。
 夜遅くまで店の仕込みをしていた看板娘のすずりは、その物音を聞きつけて店先に出た。
 すみやの隣、確か空き家のはずだ。そこから何か物音が聞こえたような気がした。
 なんだろうか?
 すずりがこの空き家から物音を聞くのは、実はこれが初めてではない。
 ここ数日、何度か聞いていた。
 猫か鼠でもいついたか。そう思っていたのだが、今日は一段と騒がしい。
 不審に思い、近づこうとしたその時。
 空き家が内側から爆砕した。


「義賊、でございますか」
「そう、義賊」
 一人の男と一人の子供。
 広い、華美ではないが格式高く作られた部屋。
 黄楊の君主、雉浦珀桜の座す広間だ。
 上座と下座、かしずかれる者とかしずく者。二つの立場に分かれている二人は、しかし、子供の方が上座であった。
 子供、数えにして十二に過ぎないこの子供こそが、大国黄楊の国を治める大名、雉浦珀桜その人である。
 珀桜は詰まらなさそうに箸で膳をつついている。
「今、巷を騒がせている小鬼とかいう盗人さ」
 つつくだけで口には入れない。
「小鬼・・・。武家や武家と関わりのある商人の蔵を狙って盗みを働く者でございますな」
「そ。その小鬼をね、お前に退治して欲しいんだ。いいよね? 巴康」
 つついていた箸が止まる。つつかれているのは大根の葉のひたしだった。
「もちろんにございます」
 背を伸ばし、不敵に笑ってみせる男、猪沼巴康は、その目で主君を正面から見つめる。
「この巴康、若君の命とあらば小鬼の首、見事に取って御覧に入れましょう」
「うん、じゃあ早速頼むよ」
 対する珀桜は、ついに皿ごとひたしを押しのけた。
「では早速。手のものを使い警備を強めてまいりまする」
 言うが早いか、巴康は君主の前から去ろうとする。が、そこで止まった。
「若」
「うん?」
 珀桜は答えた。うんざりとした顔で。
「野菜も食べてくだされ」
 予想通りの言葉が来た。
「食べるよ。ただ、ちょっと避けただけだよ」
「ちゃんと食べるのですぞ」
「うん、わかったから」
 心底うんざりとする。
「わかったから、小鬼の方、頼むよ」
「御意」
 ようやく巴康は去っていった。
「ふう」
 しばし間を置き、不意に呼ぶ。
「一」
「はあい」
 ほとんど間を置かずに、忍びが一人、珀桜の前に現れた。女だ。正確にはくのいちと呼ぶ方がいいだろうか。
 主の前でかしこまってはいるが、その顔には飄々とした笑みが張り付いている。
「金無双であるお前に頼みがあるんだけどね」
「はい?」
 一を見る珀桜の目は、子供とは思えぬ鋭さを放っていた。


 刃仁王丸には、およそ語るべき過去などというものはない。
 黄楊の城下町にある遊女屋『迦羅倶利女郎』。その女衒兼人形師。そして裏では黄楊の国を騒がせる義賊の頭。そのような肩書きも全て何とはなしに生きているうちに手に入れたものだ。
 波乱万丈の人生も、戦国の世につき物の恨みやつらみも。刃仁王丸にはなかった。
 だからだろうか?
 黄楊というこの国。この大きな国をどうにかすれば、何か得られるものがあるだろうか。そんなことを考える。
 だから、刃仁王丸はより大きな騒動を起こすために、次の算段をめぐらせていた。


「ごめん! ごめんよー! 誰かいるかい!」
 すずりは声を上げた。
 遊女屋『迦羅倶利女郎』、その店の上がりがまち。
 夜が営業の本番であるこの店は、昼間は人がいるのか分からないほどに暗かった。
 声を上げて暫くの後、店の奥から男が現れた。
 女物の着物に乱雑に帯を締め、右手は懐手。これ見よがしに扇子を差し、長い髪は後ろで一つに結っている。
 しかし、最も目を引くのは顔であった。
 右目に眼帯。顔の左部分はそのほとんどを眼帯を大きくしたような当て布で覆われている。
「おや、すずりはん。ご苦労さん。酒持ってきてくれはったんやな」
「ええ。だんな、帳場はいいのかい?」
「うちは夜が本番だからねえ」
 答えて、後ろに声をかける。
「おうい! 酒がきよった! だれぞ運んどくれ! それと、茶も持ってきい!」
 店の奥からどたばたと人が出てきて酒を運び行く。酒は表に台車で運ばれていた。
「お茶をどうぞ」
 程なくして女中が茶を持ってきた。
「ああ、どうも」
 遠慮なく受け取るすずり。
「店の方はどないや?」
「ああ、変わらずやってるよ。最近夜中に隣が五月蝿いことがあるけどね」
「隣?」
「空き家なんだけどさ。猫だか鼠だか住み着いたらしくてたまに物音たてるのさ」
「ほー」
 互いに茶をすする。
「案外と」
 にたりと笑って刃仁王丸。
「鬼でも住みついたんかもしらんなあ」
「くっ、ははは! だんなあ、冗談きついよ!」
 すずりは笑い飛ばした。
 鬼が住み着くなど、冗談にもほどがある。
 それを言い出した刃仁王丸でさえ笑っていた。
「ははは。まあ、そうやろなあ」
 二人で笑う。
 と、店先に声をかける人影があった。
「ごめんよう」
 中へと入ってくる。
 色気のある男だった。
 一見修験者のような格好だが、着崩した着物とその色気は修験者のそれではない。
「部屋一つとっとくれ」
 言われ、刃仁王丸は返した。
「すいまへんなあ。うちは夜からしか部屋は貸しとらんのですわ」
「冷たいのお。ええやないか。部屋一つ、遊女一人、金はちゃあんと払うでえ?」
 男はさりげなく、懐から石を出して見せた。刃仁王丸にだけ分かるように。
「仕方あらへんなあ」
 刃仁王丸は納得して見せた。あくまでも表面上であったが。
「すずりはん、すんまへん。今日はこれで。酒の御代はいつもどおりにしますよって」
「ああ、じゃああたしは帰るとするよ。お茶ご馳走様!」
 すずりが帰るのを見送ってから、刃仁王丸は言った。
「さて、では部屋へ案内しましょ。青玉衆の伽藍はん」
 男、伽藍は薄く笑って見せた。


 迦羅倶利女郎、その二階。
 そこは眺めの良い部屋だった。
「ここは眺めがええのう。表の通りがよおく見える。酒もある。これで向かいで飲んでるんが男やなかったら言うことないんやけど」
 窓辺に寄りかかって酒を飲む伽藍。向かいで相手を務めているのは刃仁王丸である。
「今はまだ昼の日中。遊女たちは皆寝ておりますわ」
 自らも酒を一口。すずりの持ってきた酒だ。
「それより。そろそろ本題に入ったらどうです?」
 酒を飲みつつ、顔色を変えるでもなく刃仁王丸は言った。
「やあれやあれ。仕事熱心やのう」
 笑いながら刃仁王丸へ視線を向ける。顔は笑っているが、目は笑っていなかった。
「約束の話。期限は今日。そろそろうちのお嬢ちゃんもいらいらが隠せなくなってきてるんよ。どうやの? 実際」
「おやおや、五支石が一人、石英の伽藍がたずねてきたにしては、たいした用でもないんですなあ」
 口元の笑みを濃くしつつ、伽藍は続ける。
「そう言うということは、もう用意してあるんやろな?」
「まさか」
 帰ってきた言葉に、伽藍は少々肩透かしを食らわされた。
「用意してないんか?」
 対して、刃仁王丸は飄々と笑っている。
「たかが五日で用意しろと言われたんですわ。そう簡単にことが行くはずありまへん」
「じゃああんた、どないする言うんよ?」
「安心しい」
 刃仁王丸は不敵に笑った。
「今日の夜。約束の刻限までにはちゃあんと用意したるわ」


 夜。真夜中と言っていい。
 黄楊の城下町。大衆酒場『すみや』。その隣。空き家の中。
「頭、準備できやした。刻限ですぜ」
 明かりもろくにつけない暗闇の中、男の声に刃仁王丸は答えた。
「よし、おっぱじめるぞ。計画通りにやれ。抜かるなよ」
「へい」
 刃仁王丸に答えた気配はすぐに消えた。
「ようし。出番じゃ、腕丸。景気良く行けい!」
 次の瞬間。
 空き家が内側から爆砕した。


 もうもうと上がる土煙。僅かに残った家屋の壁。
 その中から身を乗り出すように出てきたのは、巨大な一本の腕。
 人を一掴みで持ち上げられそうな巨大な腕だ。
「!?」
 すずりは声を上げようとした。
 しかし、それより早く、腕は通りに飛び出す。
 巨大な物体が風を切る音がした。
「きゃ!?」
 身をすくませるすずりを後に、腕は夜の城下町を走った。
 奇怪なことに、腕の根元には腕よりはやや小さい二本の足が付いていた。
 轟音。
 奇怪な、そして滑稽な影が町を走る。
 その様はまるで、今にも転びそうだった。
 否、転んでいるのだ。
 義賊、刃仁王丸が持つ大迦羅倶利『腕丸』。身の丈にして二階建ての家屋と同等の大きさを持つこの巨大な迦羅倶利は、常に転んでいた。
 転ぶたびに足を踏み出し踏みとどまろうとする。しかし、その異形は転ぶことを止めることができない。ゆえにもう片方の足を出す。その繰り返し。
 腕丸は常に転び続けることで猛烈な速さで走り続けるのだ。
 振り上げた腕が走る様はまさに異形である。
 走り出して間もなく、町中に声が上がった。
「小鬼じゃー! 小鬼が出たぞー!」
 大迦羅倶利をからくるその姿ゆえ、刃仁王丸は小鬼と呼ばわれる。
 町中に灯りが見え始めた。たいまつなど、外に警備の者どもらが出てきた証拠だ。
 刃仁王丸は腕丸の背中でからくりながら笑みをこぼした。
「おうおう、早速出てきたようじゃのう!」
 この時代、警察機構などはそれぞれの領地の主が行っており、各階層ごとに自治をしているのが普通だ。
 ゆえに出てくるのはたいてい町民だが・・・。
「今回は動きが早い。警戒されとったか?」
 城からも灯りが出てきていた。武家の警備人が出てきた証拠だ。
「っは! まあ良い! 全ては計算通りじゃ!」
 刃仁王丸は腕丸をひた走らせた。
 異形の影が目指すは蔵。武家屋敷の中に建てられた米蔵の一つだ。
「でりゃあ!」
 異形の拳が、走る勢いそのままに武家屋敷の壁にぶち込まれる。
 轟音一つ。
 突進の力をそのままぶつけた巨大な拳は、攻城鎚よろしく壁を破壊した。
 そのまま中に乗り込む。
 同時に、どこから沸いて出たのか数人の男女が壊れた壁から屋敷へと侵入した。
 刃仁王丸を含め、皆同じ黄色の装束に身を固めている。
 皆、刃仁王丸の部下、義賊の仲間であった。
「せい!」
 気合一つ。再び振り上げられた腕丸の拳が蔵の扉を壊した。
「よし! 運び出せ!」
 義賊たちは蔵の中へ殺到する。
 ここに来て、ようやく屋敷の人間が駆けつけた。
「ぞ、賊じゃー! 小鬼じゃー!」
 言うや言わずや、その瞬間叫んだ男の親指が飛んだ。
「ひいぃぃ!?」
 刃仁王丸だ。
 いつの間に腕丸から下りたのか、抜き放った刀で男の親指を切り落としていた。
 後からやってきた屋敷の者たちもその光景を見て凍りつく。
「その手ではもう何も握れまい。おとなしゅうすれば何も命までは・・・」
 台詞は最後まで続かなかった。
 横から槍一閃。
 避けるのが一拍でも遅れていれば刃仁王丸は串刺しになっていただろう。
 横っ飛びに避けた刃仁王丸は相手を見据えて言った。
「そうもいかんか?」
「盗人の分際で情けをかけるとは、盗人猛々しいとはまさにこのことだな」
 槍を構えるは大男。黄楊の紋入り羽織に腕を通した生粋の武人。猪沼巴康であった。
「若直々の命だ。小鬼、貴様の首この猪沼巴康が貰い受ける!」
 言うが早いか槍が閃く。戦支度ではないために愛用の片鎌槍ではなかったが、巴康の槍さばきは怒涛といって良い。
 しかし、それら全てを押されつつではあったが刃仁王丸は刀でさばいて見せた。
「はっは! 流石は黄楊の武人の猪沼殿! 見事な槍の遣い手じゃのう!」
 通常、槍か刀かと聞かれれば、間違いなく槍の方が優勢である。
 長い間合いはもちろんのこと、取り回しの悪さも棒術の要領で使うことでないに等しい。
 得物の優劣に差がありながらも、槍を全て受けきってみせる刃仁王丸に巴康は舌を巻いた。
 これほどの遣い手がいるとは。
 巴康は嬉しさすら覚える。
 敵味方関係なく、強い者と出会えることが巴康にはたまらなく嬉しかった。
「ふん!」
 裂帛の気合とともに渾身の突きを見舞う。
 防御に回りきっていた刃仁王丸に避ける術はない。刀で受けたとしても巴康渾身の突きを防ぐことはできないだろう。刀の方が折れるのが目に見えている。
(とった!)
 しかし、刃仁王丸は避けた。渾身の一撃を。
 刃仁王丸は宙に飛んだのだ。
「な!?」
 巴康は目を見張った。宙に飛んだ刃仁王丸はそのまま腕丸の背中に飛び降りた。人間業ではない。
「面妖な!」
「面妖? 頭固いのう。ちょいと糸を頼りに飛んだだけじゃ」
 刃仁王丸の手には糸が、月明かりに照らされて浮かび上がっていた。
「あんたの相手はもう十分。本気でやりとりする気なぞ、はなからないわい」
「なんだと?」
 巴康が聞き返す暇もあればこそ、刃仁王丸は懐から目眩ましを放り投げた。
 一瞬の閃光。
「ぐう!?」
 巴康はまともに目眩ましを受けた。
「皆、退けい!」
 言うが早いか、刃仁王丸は腕丸を走らせた。
 屋敷の庭を走りぬけ、逆側の壁をぶち抜いて走り去る。
 気がつけば周囲に賊の姿はない。蔵の米を抱えて逃げたにしてはあまりの早業だ。
「ふつ!」
「はっ!」
 巴康に呼ばれ、影が一つ。走り去る腕丸を追いかけた。
「っく、小鬼め!」
 今だ視界を取り戻しきれないその目で、巴康は蔵を確かめた。果たしてそこには、持ち去られたはずの米があった。
「やはり!」
 巴康は唇を噛んだ。


 腕丸は再び町の中を走っている。
 その背中に乗る刃仁王丸には風を切る轟音しか聞こえていない。そのはずだが。
「おう、今度は忍びか。腕丸に追いつくとはなんという健脚よ!」
 腕丸を追って走る影に気付いた。
 忍び、ふつは答えない。
 巴康に仕え、その命を果たすのがふつの本懐だ。賊の言葉になどかまう暇はない。
「!」
 無言の気合とともに、苦無が三本、同時に投げられた。三本とも狙いたがわず飛んでゆく。
 腕丸をからくる糸に向かって。
「おおっと!?」
 刃仁王丸は糸を苦無の軌道から避けた。しかし、それが仇となって一時腕丸の動きが止まる。
 すかさずふつは地面から塀へ、塀から屋根へ、そして腕丸の背中へと飛び移る。
「覚悟」
 つぶやきとともに苦無一閃。腕丸をからくっている刃仁王丸は当然避けようが無い。
 だが、ふつの手から苦無が弾かれた。
「!?」
 一瞬遅れて銃声。目を向ければ路地の裏に火縄を構えた賊が一人。
「ぬう!」
 しかし、それにかまっていられはしない。小鬼を討つには今が好機。
 逃すわけにはいかん。
 たとえ銃で撃たれようと、敵の大将首を取ることが自分の役目だ。
 新たな苦無を懐から構え、小鬼をねめつける。
 しかし。
「げろ」
「な!?」
 目の前に蛙がいた。人の頭ほどの大きさの、羽織を羽織った蛙だった。
「この町がお前たちだけの庭だと思うなよ」
 蛙はそういうと、爆裂した。
「うわ!?」
 爆発は小規模だが、目の前で爆発されたふつは腕丸の背中から吹き飛ばされた。
 そして、三度腕丸は走り出した。
「はっはっは! 俺の人形なら忍びの一人くらいかわすのはあくびのまーじゃ!」
 腕丸は走り去っていく。町を出て、山の中へ。
「くそっ!」
 ふつは不甲斐ない自分に腹が立った。
 あの程度の目眩ましで逃げられるとは。
 憤るふつは気が付かなかった。腕丸を追うもう一つの影に。


「ようし! 急げよ! 連中ここまで追ってこないとも限らんからな!」
 腕丸が逃げ込んだ山中、川辺にて、刃仁王丸は賊の指揮を取っていた。
 賊は木材やゼンマイをまとめては、次々に川へ流していった。
 木材は腕丸の部品である。
 腕丸の本来の力はその走破能力でも攻城鎚としての能力でもない。分解と組み立てが容易なことだ。
 優秀な単純構造をしたその設計は釘などを極力使わず、組木のようにして腕丸を構成している。
 そのために、分解と組み立てが容易であり、作戦地への持ち運びが容易となる。
 また、ほぼ全ての部品が木製であるために、川などを使っての輸送も楽だ。
 これにより、腕丸は必要に応じて容易に用いる事ができるのである。
 今、刃仁王丸たちは解体した腕丸を川を使って運び出している最中であった。
 ぱきり。
 枯れ枝を踏み折る音がした。明らかに賊の仲間のものではない。
 素早く、刃仁王丸を守るように賊は動いた。警戒する。
 木々の影から、少女が歩み出た。
 栗色の髪に大きな布の髪飾り。ひらりとした丈の短い袴が印象的だった。とどのつまりリボンとスカートなのだが、そんな知識を持つものはこの場にはいない。
 なにやら巨大な十字架のようなものを担いだ大男を連れている。
「ああ、皆作業にもどりい。あれは俺の客じゃ」
 刃仁王丸はそう指示した。賊は皆、黙々と作業に戻る。
 頭が言うなら問題はない。
 そう空気が語っていた。
「ずいぶんと上手に手なづけているのね」
 少女が喋った。
「手なづけるとは人聞きの悪い。信頼されていると言って欲しいのう」
「聞いていたよりも砕けた人ね。伽藍たらまた適当な報告をしたのかしら?」
「顔使い分けてるんでな。こっちの方が自じゃ」
「そう」
 さほど気にも留めていない様子で、少女は話し続ける。
「それで、もう刻限だけど。わざわざ呼び出しておいて手に入りませんでしたじゃすまないわよ?」
 刃仁王丸は不敵に返す。
「おうおう、流石噂の青玉衆を率いる長じゃ。なかなか鋭い目をする」
「はぐらかさないで。手に入ったのか入らなかったのか、正直に答えて」
 怖い怖い。
 刃仁王丸はつぶやくと、賊に指示を出した。
「おうい、こちらのお嬢さんに取ってきたもん見せたれ」
「へい」
 言うと、賊の何人かが重そうな箱を持ってきた。刃仁王丸の前に置く。
 刃仁王丸は箱を蹴り開けた。
 中身は金だった。
「この通り、金五百石相当用意した」
 刃仁王丸は腕を組んだ。
 この時代、戦国乱世では貨幣通貨はあまり上手く機能していない。流通は物々交換が大半であった。しかし、貨幣もまったく無いわけではなく、鉱山の関係から東は金銭、西は銀銭が流通したという。この金も銭として黄楊の国内で流通しているものだった。
「アンドレ、確かめて」
「はい、蘇羽子様」
 アンドレと呼ばれた大男は暫く金をねめつけた後、箱を持って重さを確認したりなどした。
「この錬金術のからくり、教えてもらえるかしら?」
「簡単さ」
 刃仁王丸の語るからくりとは、実に簡単で、この時代には考えづらいものであった。
 あらかじめ町の中に潜ませた腕丸と賊の一味で武家屋敷を襲う。そうして警備の目を引いている隙に別の一味がこっそりと本命の金蔵に盗みに入ったのだ。
「そう」
 少女、青玉衆の長である仏蘭蘇羽子は大した反応を示さない。
 しかし、心の中では少々驚いていた。
(大将首自らが囮になるなんて・・・)
 普通は考えられない。特にこの時代では。
 蘇羽子は密かに自分の中の刃仁王丸という人間に対する評価を修正した。
「蘇羽子様、確かに金五百石相当あるようです」
「わかったわ」
 報告を受けた蘇羽子は、改めて疑問を口に出した。五百石相当の金より、こちらの方が大事なのだった。
「あなたほどの盗人ならもっと多くの金を盗めたでしょうに。他には何も盗らなかったの?」
 刃仁王丸は、にやりと笑って返してやった。
「俺らは義賊でね。必要以上にゃ盗らんのさ。それに・・・」
 蘇羽子に向けて、一層笑みを深くする。さもお見通しであると言わんばかりに。
「俺を試していたんだろう? ただの盗人かどうか見極めるために」
「ふん」
 蘇羽子は鼻を鳴らした。
「そのくらい見通せなくては私たちの仲間に迎える価値がありませんわ」
 言いつつ、再び刃仁王丸の評価を修正した。
「いいでしょう。刃仁王丸、あなたの青玉衆へ参加したいという申し出、受け入れます」
「それだけか?」
「もちろん、あなたのその抜け目無さ、五支石の最後の一人の真珠として迎えます」
 はは、と、声に出して刃仁王丸は笑った。
「よっしゃ、商談成立じゃ!」
 刃仁王丸は笑う。声を上げて。
 まるで何かを渇望するかのように。
 これでこの国を動かすことができるだろうか?
 動かせば何か得られるのだろうか?
 得られたとして、それは果たして甘いのか、それとも辛いのか。
 刃仁王丸には分からない。
 ただ、期待していた。


「うわあ、見ーちゃったー! 噂の小鬼が青玉衆と合流! これは若に報告しないとー!」
 狐枯一は刃仁王丸たちの様子の一部始終を見ていた。唇から話の内容を読むことなど朝飯前だ。
 一の持っている情報からすれば、これで青玉衆の勢力はただの一揆衆と見過ごすには少々厄介なものになるはずだった。
 しかし。
「まあ、この国を動かせるかどうかは・・・。どーかなー? っははは!」
 一は消えた。まったく痕跡を残さずに。
 後に残るは、ただざわめく木々ばかりであった。





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