短編詞 詞之三 『前哨戦』
登場人物
小鬼の刃仁王丸(こおにのはにおうまる)
仏蘭 蘇羽子(ふらん そわこ)
岩砕
アンドレ(がんさい あんどれ)
伽藍(がらん)
緋月 烈火(ひづき れっか)
鳴海(なるみ)
刈安 富米子(かりやす とめこ)
虹考(こうこう)
狐枯 九十九(こがらし つくも)
狐枯 一(こがらし いち)
農民。
戦国の世においては誰もが何らかの抑圧の中で生きているが、中でも最も苛酷な環境で生きていたのが農民であろう。
年貢の取立ては兵糧によって増大、男手は戦に借り出され疲弊し、現代のような設備がなく飢饉に襲われる。
まこと苦しい生活であった。
ゆえに農民は一揆を起こす。
たとえそれによって将来が潰されようとも、明日を生きる糧のために。
一揆とは、農民が生き残る最後の手段なのだ。
黄楊の国。
城下からやや離れた所にその村はあった。
どうということもない、ただの農村だ。
目に映る人は誰もが痩せこけており、食料が不足しているのが目にも明らかである。
別にこの村の領主がとりわけ年貢の取立てを厳しくしているわけではない。
むしろこの村はまだいい方だ。
戦に飢饉、それらの条件が重なって自然と農村は疲弊してしまうのだ。
残酷な時代である。
その村の中を、刃仁王丸は歩いていた。
女物の着物に懐手、顔を覆う二つの眼帯。
相変わらずのその格好は実にこの風景に馴染んではいない。
そんなことは意にも介さない刃仁王丸だが、周りの村人も意に介した様子はない。
やがて刃仁王丸は一つの小屋へ入っていった。
「ごめんなさいよ」
質素な小屋だった。
半分が板間になっており、残り半分はむきだしの土で米俵が置かれている。典型的な村の集会所兼簡易的な蔵という風情だ。
「ああ、仁王丸ちゃん。遅いお着きだね」
板間では一人の女が白湯を飲んでいた。背が小さく、ふくよかな女だ。
この時代の農村においては貴重とさえ言えるかも知れない。
若い頃はもてただろう。
刃仁王丸はこの女を見るたびにそう思う。
「蘇羽子ちゃんが凄い形相で待ってるよ。早く行っておやり」
「はは、私は夜の商いですよって、朝は遅いのですよ」
答えて刃仁王丸は米俵に隠してある縄を引いた。
するとむきだしの土と思われていた部分が重い音を立てて一段低くなり、今度は横へずれていく。後にはぽっかりと開いた穴と、下へと続く階段が現れていた。
「ふむ。この迦羅倶利もだいぶ音がするようなりましたなあ。今度うちのご老体に来てもらいますか」
刃仁王丸が階段の上に立つと、女が灯りを差し出してきた。皿に灯油を入れ、芯を添えたものだ。
「足元に気をつけてね」
「おおきに」
「後でおにぎり差し入れするから。ちゃんと話し合って来るんだよ」
「おおきに。でもな、富米子はん。私らにくれる米があるなら隠し米にでもしとき。私らは白湯で十分や」
この厳しい時代において米は貴重品といって良い。ましてや嗜好品である茶など手に入りようもない。
「そうかい? すまないねえ」
女、富米子は心底すまなそうだった。
「仕方ないわ。蓄えられるものは蓄えておかんと。いざという時なにもできんではたまりませんよって」
言いつつ階段を下りる。
その背に富米子は声を掛けた。
「ごめんねえ。ちゃあんと話し合うんだよ」
刃仁王丸は手だけ振って見せた。
暗い。
刃仁王丸は手元の灯りだけを頼りに階段を下りる。
階段といっても土を階段状に掘って固めただけに過ぎない。足元は酷く不安定だ。
たいした段数ではないが、不安定さのために降りるのに時間がかかる。
暫くして、下の方から灯りが見えてきた。
「皆さん、お待ちどうさんです」
階段をおりきって早々、第一声を発する。だが、待っていた方はすかさず非難を浴びせてきた。
「遅い! 私を待たせるなんていい度胸ね!?」
「すんまへんなあ。夜の商いですよって、昼はどうにも・・・」
刃仁王丸は言いつつ見回す。
それなりの広さを持った空間。米俵が積んである。明らかに隠し蔵である。
申し訳程度のあまった場所にこの時代の主流である持ち運び式の畳。そしてその上には六人の男女。
それぞれの顔がそれぞれの持ち寄った灯りによって照らされている。
上座に胸をそらせて態度大きく正座するのは仏蘭蘇羽子。青玉衆の長。
隣に控えるように座るいかつい男は岩砕アンドレ。青玉衆五支石が一人、側近の瑠璃。
瑠璃と長を挟んで逆隣に座る片目開きの女は鳴海。青玉衆五支石が一人、世話役の翡翠。
下座ではあるが長を正面に見据え堂々と座る退屈そうな女は緋月烈火。青玉衆五支石が一人、切り込み頭の虎目。
鳴海と烈火、二人の間に居座るようにいる男は伽藍。青玉衆五支石が一人、伝令の石英。
下座の傍ら、控えるように座る男は虹考。青玉衆で主に情報収集などを行っている。
「はい、ごめんなさいよ」
そして虹考の隣に座った刃仁王丸は青玉衆五支石が一人、経理の真珠。つまり、ここに一揆衆の中枢が集まったことになる。
集まった中枢の面々に対して、しかし蘇羽子の口からは文句が出てきた。
「だいたい刃仁王丸だけじゃないわ! アンドレ以外の五支石全員決まった刻限に集まらないなんてどういう了見よ!?」
言われた五支石は、果たして誰も反省する者など居なかった。
「まあまあ、人生楽に生きるのがいいっすよー」
とは鳴海の弁。
「あなたたちは組織の中枢だという自覚がないのよ! 刻限どおりにきた虹考を見習って欲しいわ! そうよ、皆虹考の爪の垢でも飲むといいんだわ! まったくあなたたちときたら・・・」
「蘇羽子様、刻限も押してきております。本題に入りましょう」
アンドレの諌めにため息一つ。
「・・・そうね。怒る方が馬鹿らしいわ。本題に入りましょう」
咳払い。
「まずは虹考、皆に報告をして」
「はい。僭越ながら私から報告さしていただきます」
皆の注目が虹考に集まる。皆の目に最早ちゃらけた雰囲気などなかった。
「もうご存知の方も居られるかもしれませんが、先日黄楊から青玉衆に向けて兵が放たれました」
皆一層真剣さを増す。
虹考はそのための間を取って、それから報告した。
「兵を放ったのは武門元浦家。目的は武力鎮圧です」
武力鎮圧。
言葉に空気が硬くなる。報告をしている虹考でさえも。
当然だ。青玉衆はまだ立ち上がって日が浅い。武力による衝突はこれが初めてなのだ。
報告は続く。
「放たれた兵の数はおよそ三百。表立って活動している同士の中にはすでに衝突したもんもおるんです」
「衝突て、どんな塩梅やの?」
伽藍が聞く。しかし、その顔は聞かずとも答えは分かっていると語っている。
「今のところ衝突は末端の同士だけですが、そのほとんどは鎮圧されとります。せめてもの救いは元浦殿の兵は大将首以外殺生する気がないということです」
「っは、なめられたもんじゃのう。殺生は大将首のみとはのう!」
「まあ、うちらの下っ端は普通の百姓っすからね。殺せば向こうも損になるっすよ」
「そないなこと言われんでもわかっとるわい」
「しかし、元浦殿の兵が良く訓練されていて助かりましたな。質の悪い兵は無差別に殺生するものです」
ため息一つ。蘇羽子だ。
「敵を褒めても仕方ないわ。とにかく現状は今報告してもらった通りよ。そしてこれに対する対処を考えなければならないわ」
一時の沈黙。
しかし長くはなかった。
「なら簡単じゃない。相手が喧嘩売ってきたなら買えばいいのよ。殴り返してやればいいんだわ」
烈火は言う。
単純といえば単純であるが、至極まっとうなことでもあった。
「私ならそのくらいの雑兵なんて簡単に倒して見せるわ」
なんとも頼もしい発言である。
だが。
「烈火、あなたならそれでいいでしょうけど、問題はそこじゃないの」
蘇羽子はかぶりを振る。
「アンドレ、説明して」
「はい、蘇羽子様」
アンドレが前に出る。
「確かに現在の青玉衆の中枢の人間、五支石を含む約二十人の内から兵を募って撃退することは可能かもしれません。ですが問題はさにあらず。重要なのは末端の同士なのです」
「どういうこっちゃ?」
「ガラには分かりませんか。所詮は鳥頭ということですかな」
「なんやと? いかついだけのオス風情に言われたないわ!」
「ちょっと、内輪揉めはやめるっす! とにかく落ち着いて、アンドレさん説明を頼むっす!」
鼻を鳴らして、再びアンドレは話し出す。
「話はそれほど難しくはないのです。相手が鎮圧という重圧をかけてきたことによって末端の同士、つまり一般の百姓たちが表立って活動できないのです。これにより戦の際に兵となる者たちを表立って訓練することができず、このままでは戦に間に合わないのです。ましてや月光と黄楊の戦がいつ起こるとも知れないこの状況下では時間が足りないのは明白です」
今、黄楊というこの国は月光という隣国との間で戦が囁かれている。黄楊が戦を起こすとなればそれは青玉衆にとって願ってもない好機だ。月光とは半ば同盟関係にある青玉衆にとってまさに絶好の機会なのである。しかし、青玉衆は立ち上がってまだ四年程度。組織として人員がそろったのはつい最近だ。ここに来て黄楊から重圧を受けたのではただの農民の集まりが戦闘集団になるなど不可能に近い。
「この時期でこちらへ重圧をかけ、戦力を効率的に削ぎ落としに来るとは敵ながら流石は大国黄楊と言わざるを得ないでしょうな」
アンドレはそう言って締め括った。
戦とは大将同士が喧嘩すればいいものではない。お互いの兵、つまりは民が戦い、勝った上で生き残らなければならない。兵とは民であり、その逆もまた真なりである。戦の主役は常に民草なのだ。生き残った民が新たな国を作るのだから。
「たとえ今放たれた三百の兵を追い返しても、黄楊は必ず次の手を打ってくるわ。このままでは私たちは戦に勝てない。いえ、戦をする前に負けるわ」
蘇羽子は断言した。
沈黙。
皆の中を重い空気が支配した。
黄楊という大国と一揆衆という烏合の衆の差が歴然としたものであると認識せざるを得なかったのだから。
だが、沈黙は破られる。
「なんや、皆さん黄楊に喧嘩売る言うて息巻いとった割りにだあれも考えつかんのですか」
刃仁王丸だ。
隅に座ってただ聞いているだけかと思えばこの暴言。誰もが怒りを顕にしておかしくなかった。現に蘇羽子は皮肉を返した。
「あら、そう言うからには何か策があるのでしょうね? 小鬼と呼ばれて畏怖される義賊ですものね?」
これで策はないなどと言えば遠慮なく蹴ってやろう。誰も文句は言うまい。
そう考えた蘇羽子であったが。
「もちろん。とっておきがありますえ?」
小鬼は小鬼らしく、いやらしい笑みを浮かべて見せた。
「なんじゃあれは?」
黄楊の農村。
重装備ではないが戦支度をした男たちが数人、元浦家配下の兵だ。
一揆衆を鎮圧すべく農村を回っている彼らだが、それを目にして思わず足を止めた。
それは踊りであった。
農民が歌を歌いながら踊っているのだ。
数人単位で集まりを成し、手に長めの棒を持って踊っている。
ハ〜 よいせ こらせ♪
歌は歌詞らしい歌詞があるわけではなく、踊りに合いの手を入れている。
「おい! おい、お前たち。一体何をしている?」
聞かれて農民の一人が答えた。
「へえ、祭りの踊りを練習してるんでさ」
「踊り?」
蘇羽子は聞き返した。
「そうです。踊りです」
刃仁王丸の策はこうだ。農民たちに武器を模した棒を持たせ、踊りに扮して戦の訓練をさせようというのだ。
「元来武術いうんは隠れて修行するもんです。大陸には昔からそういう習慣がありますし、南蛮にも踊りに扮して鍛錬する武術があるとか。これを各地の農民の間で流行らせ、祭りの準備を装うて戦の支度をするんですわ」
さらには踊りの内容も覚えやすく、手っ取り早く使える技術を中心にしたものにするという。
刃仁王丸の言うとおり、元来武術とは隠れて鍛錬するもので、その理由は敵に戦力を整えていることを悟られないためだ。
そのために夜闇の中で鍛錬したり、踊りに扮して鍛錬するなど、様々な工夫がなされてきたのである。
今回は祭りの準備と称して大胆にも敵の目の前で兵の鍛錬を行うというのだ。
「相変わらずあきれた策を練るものね」
「褒め言葉と受け取りますわ」
刃仁王丸はからかうかのように笑いながら続ける。
「祭りと称すれば武家もそうそう大きく口を出すことはできんでしょうなあ。ただでさえ厳しいこのご時世に、農民の機嫌を悪くするようなことはしたないでしょうからなあ」
蘇羽子は思う。
他人が嫌がることを考えることに関してはこの男に勝てるものはいない。
そしてこうも思う。
だがそれこそが戦略家には必要なのだと。
「アンドレ、あなたはどう?」
「多少卑怯な面もありますが、この際文句は言っていられないでしょう。策としては問題ありません」
蘇羽子は決めた。自分もこれしかないと思える。部下からも賛成が出た。ならば迷うことはない。
「分かったわ。それで行きましょう」
かくして策は弄された。
「祭りの踊り? 聞いたことがないぞ」
「へえ、戦が激しくなりまして、だあれも希望なんざありゃしません。そんで今年からせめて祭りくらいは派手にしようてえことになりましてなあ。手すきの者は踊りの練習やらするようになったんですわ」
「しかし、なにもこんな人数でやらんでも・・・」
「お武家さん、年貢だけでのうて祭りさえもあたしらから奪うんですかい? せっかくの祭りだ、せめて派手にしてえんでさあ」
「ぬう、そうか。わかった。しかし、農作業に支障のないようにな」
「へえ。ありがてえです」
このようにして、刃仁王丸の思った通りにことは運んだ。
元浦家の兵に教育が行き届いていることもあり、下手に農民を刺激する者がいなかったのも攻を奏した。
むしろ刃仁王丸はそこまで考えていたのかもしれない。
しかし、だからといってこのままで済む筈もない。
策が一つ潰されたことなど黄楊はすぐに感づくだろう。そして次の手を打ってくるはずだ。
ゆえに、刃仁王丸は動くことにした。
しゃなり、しゃなりと歩く女がいる。
黄楊の城。主君雉浦珀桜の城だ。
夜も更けたその廊下を、自らの居室に向かってその女は歩いていた。
背は低く、体も小さく、どう見ても童。
だが、着ている者は豪奢で、床を這う裾は上品ささえ感じる。
二つに結われた特徴的な金髪が灯りに映え、顔には不敵な表情。
女は黄楊の軍師だ。名を狐枯九十九という。
(ふふ、面白くなってきましたわ)
その不敵な顔は、時折くすりと笑みをこぼす。
(一揆衆ごときと思っていましたけれど、こんな策を弄する者がいるとは)
九十九は思う。
(興味が湧いてきましたわ)
やがて九十九は居室へと入った。
行灯は点いておらず、部屋は暗い。だが。
「あら? 小鬼が一匹迷い込んだかしら」
闇へ声を放る。果たして闇は答えて見せた。
「はは、流石は狐じゃ。鼻が利きよる」
行灯に火が入れられた。灯りに照らされたのは刃仁王丸。行灯の火は刃仁王丸が自ら入れたものだった。
「お茶でも煎れたほうがいいのかしら?」
九十九はまるで友人でも招いたかのようなそぶりで刃仁王丸の前に座った。
「別にかまわん。上辺だけのもてなしなぞなくとも同じじゃ」
「あらそう? 残念ね。いいお茶が手に入ったのだけど」
九十九は刃仁王丸を見据えた。
「それで、小鬼が狐に何の用かしら?」
「首を取りにきた」
刃仁王丸はさらりと言ってのけた。
「ふふ、ご冗談を」
しかし九十九は笑って返す。
「首を取りにきたなどと相手に宣言してから斬りかかるなんて、そんな間抜けは下忍にだっていないわ。それに・・・」
刃仁王丸をねめつける。その視線はどことなく面白そうだ。
「そう易々と首を上げるほど甘い女じゃなくってよ、わたくし」
刃仁王丸は口端を上げた。笑っている。やがてくつくつと声すら上げて笑い始めた。
「面白いのう、お主。なかなかの策士とは思ったが、肝も据わっておる」
「あら、では私が元浦を動かした黒幕だって分かっているのね」
「もちろん。俺は俺で独自の”草”がいるんでなあ」
「ふふ、抜け目ないのね」
ますます面白そうな目を向ける九十九。
(まさか興味の対象から来てくれるとは思いも寄らなかったわ)
彼女は探究心が強い。興味を抱いた対象は調べつくさねば気がすまない人間であった。
「聞いていいかしら? あなたはここへ何をしにきたの? まさか世間話をしにきたわけではないのでしょう?」
ここは黄楊の主君の城だ。当然その警備は並々ならぬものがある。それを潜り抜けてきたのだ、遊びにきたとは言うまい。
「なあに、ただ敵の顔を見ておきたかったのさ」
言ってのけた。
さすがにこれには九十九も驚くしかない。
「まさか、本当に世間話をしにきたとでも言うの? 命を懸けて?」
「ああそうじゃ。遊びは真剣になるから面白い」
またくつくつと笑う刃仁王丸。
ありえなかった。
奇をてらうなどというものではない。一つ間違えれば頭がおかしいとしか思えない。
「これから戦になる。戦をするのに相手の顔がわからんのでは面白くもないからのう」
九十九は愕然とした。
だが。
口元に笑みを隠せなかった。
好奇の笑み。
「ふふ、ふ、ははは! あははははは! 面白いわ! あなた本当に面白い!」
ひとしきり笑って、言う。
「ふふ、いいわ。戦が始まるまで一揆衆がどれだけ力を蓄えることができるか、やって見せなさい」
気分は最高だった。
「そうしたら思う存分戦をしましょう。お互い最高の状態で、最高の条件で。ふふ、狐と小鬼の化かし合い、面白くなりそうだわ」
刃仁王丸は口端を上げることで答える。
つまり、一種の停戦協定だ。お互いにちょっかいを掛け合うことはしない代わりに、戦に備えてお互い十分に準備することを認める。そういうことだ。
「ふふふ、戦なんてどうでもいいとさえ思っていたけれど、これで面白くなったわ。せいぜい戦でお互い化かし合いましょう。ふふ、派手な戦になるわ」
「くく、顔を拝みにきただけだが、思わぬ交渉ができた。派手な戦、期待しとるぞ」
刃仁王丸は立ち上がる。その手には糸。
「ではここらで退散しよう。お主の顔、戦場で見れることを楽しみにしている」
言うなり刃仁王丸は飛んだ。屋根裏へと。後には何も残ってはいない。
暫くの間を置いて、九十九は呼んだ。
「一、来て頂戴」
「はあーい」
間を置かずふすまが開く。
金無双の忍びにして九十九の妹、狐枯一だ。
「ちょっと頼まれて頂戴」
「えー? 忙しいのにー」
「どうせ若の相手で遊んでいるだけでしょう。ちょっと極秘で動いて欲しいのよ」
「今の人のこと?」
「そう。義賊で青玉衆の五支石の小鬼。あれのことを調べて頂戴」
「えー、あたしああいう人苦手ー。だってなんだかひねくれてて自己中心的で、お姉ちゃんみたいなんだもん」
「つべこべ言わずにやりなさい」
「ちぇー」
一は消えた。残された九十九はふと思う。
(私みたい?)
暫く考えて、ふいにおかしくなった。
「うふ、ふふふ、いいわ、同類同士楽しく化かし合いましょう。小鬼、ますます興味が湧いてきたわ」
夜の城に笑い声。それは静かに響いていた。
戦は近い。
戦を派手にするために、あやかしどもが動き出す。
了
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