二階建てか三階建ての小さなビルを、間近で見上げたことあるか? 俺、今そんな気持ち。
「うおぅっとお!?」
ノートパソコンの前で、俺はそんな奇声を上げながらコントローラーを振りぬいた。
ねじれる蛇のポーズ。名前をつけるならそんな格好になった。
人間は、なんでゲームしてると体が動いて声が上がるんだろうな? まったくの謎だぜ。
そんなことを思いつつも、俺は必死にコントローラーで操作を続ける。なんせ今、俺の目の前にゃあ小さなビルが〈叩きつけられてきてる〉んだからな。
そう、俺は今ゲームをしてる。ファンタシースターオンライン2。略称はPSO2ってやつだ。
で、ゲームの中の俺、斬九郎(ざんくろう)と名づけられた俺の分身の目の前に、その小さなビルが叩きつけられてきたってわけだ。
ついでにいうとそのビルを避けて蛇のポーズだ。
〈俺〉は体を蛇みたいにくねらせながら、ゲームの中の俺を操作する。
ゲームの俺、斬九郎は黒いポニーテールをなびかせて、必死に叩きつけられまくる小さなビルを避けまくる。
さっきからビルビル言ってるわけだが、もちろん本当にビルという建造物じゃあない。
ビルみたいな大きな敵だ。ターゲットした敵の名前には『ファルス・アーム』とある。
ファルス・アームは黒い巨大な手首だけの化物みてえな野郎で、チョップだのハエ叩きだの、人を虫けらみてえに攻撃してきやがる。
しかも俺はこいつと戦うのは初めてだ。もちろん見るのも初めて。つまり苦戦。
「くっそお! 人を初心者だと思いやがってえ! 初心者だけどよお!」
俺はレベル50のアークスだ。驚くなかれ。レベル50の初心者だ。
PSO2ってゲームはレベルアップがわりと早い。NPCがくれる任務、いわゆるオーダーの報酬経験値が高いし、初心者には運営からキャンペーンを通じて経験値をブーストする特殊アイテムが結構配られる。
なもんで、初めて半月。ヘビーゲーマーの俺はささっとレベル50まで上がっちまったわけだ。
しかしそこはやはり半月だ。いかに俺がヘビーゲーマーだからってキャラクターの成長に合わせて半月程度で俺の知識や経験が埋まるわけじゃあねえってことだ。
かくして、ここにめでたく(?)レベル50の初心者アークスが生まれたってえわけだ。
「こなくそお!!」
ハエ叩きをかいくぐり、俺は無理やり〈大剣(ソード)〉をぶちこんだ。
ハンタークラスの代表的な武器であるソードは、その巨大な剣先でファルス・アームを切り裂く。だが、
「かっっっってぇえええ!?」
硬い。非常に硬い。普段雑魚に与えてるダメージの半分ほどか? まじかよパネェな。
手首野郎はこっちの攻撃なんざ意にも介さずデコピンしてきやがった。くっそむかつくボスだなコイツ!
俺はそれでも冷静にデコピンの範囲と予測される場所から下る。どんなに口でぎゃあぎゃあわめいても俺はゲーマーだ。動くところはちゃんと動くぜ。蛇のポーズはどんどん邪神と化しているけどな。
手首野郎がデコピンを飛ばす。しかし俺はその範囲が――、うお!? 喰らった!?
この野郎、デコピンの範囲が見た目と実際でぜんぜん違うじゃねえか! 何だ今の! 絵的に当たってねえのにダメージ食らったぞ!
俺のHPは一気に下った。見た目以上なのはダメージも同じかよちくしょう! やべえぜやべえぜ……。
思わず手首野郎から距離をとる。今は一対一だ、油断こいて回復アイテムなんざ使ってみろ、ドリンク飲んでるところにハエ叩きが直撃だぜ……。
そう、今コイツと戦ってるのは俺しかいない。ここは惑星ナベリウスの森林エリア。そのSH(スーパーハード)モードの区画だ。
何の変哲もない探索クエストに、レベルが50になった記念と称して意気揚々とひとりで初めてのSHモードに出発。そしてでてきやがったのがコイツってわけだ。
戦ってみた感触から、この手首野郎は一人で相手をするようなボスじゃないと分かる。それだけ強い。だがPSO2はひとりだからって容赦してくれることは無い。ひとりの時でも運が悪ければこんな敵と偶然出会うことだってある。
まあ、ちょっと運が悪すぎやしないかとは思うぜ。
だが泣き言を言っても始まらねえ。ここは慎重に攻めるぜ。
そろりそろりと探っていたそのとき、急に俺のHPが回復した。
「これで!」
回復と同時に急にチャットが表示される。オートワードか? 俺を回復しているのは確かに回復テクニック、レスタの光だ。
どうやら偶然通りかかった奴が助けてくれたらしい。
俺はさらに下る。すると画面にひとりの女アークスが飛び込んだ。地味目な金髪のおさげで、一振りの剣を持っている。こんなところで助っ人とは嬉しいこともあるもんだぜ。
それにしても俺を回復したレスタ、すげえ回復力だ。普通レスタってやつは四回の回復判定が時間差で連続して回復するテクニックだ。今俺が受けたレスタも四回の回復をしたが、最初の一回でもう回復しすぎで鼻血が出るほどだ。
こいつはよほど高レベルな奴に違いねえ。
「大丈夫?」
女が聞いてきた。テクニックを使ったからフォースか? ともかく俺は女フォースに返事をしようとした。瞬間、画面が震えて大きな地響きが聞こえる。
手首野郎、またハエ叩きかましてきやがった!
礼を言う暇もなく俺と女フォースは左右に分かれてやり過ごす。ち、空気の読めない手首だぜ。
「すまねえな!」
俺のオートワードが出る。回復してもらったとき用に設定していたやつだ。本当ならちゃんと礼が言いたいところだが、今はオートワードの自動返信だけで済ませるしかねえ。
俺は再び手首野郎に斬りかかる。
と、後ろからもうひとり、突っ込むようにして手首野郎に斬りかかってきたアークスがいた。
ように、じゃねえ。本当に突っ込んできた。水平に横っ飛び、ぐるぐる回りながら手首野郎に突っ込む。
おお、〈両剣(ダブルセイバー)〉じゃねえか。
ハンターと双璧をなす近接クラス、ファイターの武器のひとつだ。長い柄の両端に刃がついた武器で、踊るように敵を切り刻む、攻撃的な奴が選びそうな武器だ。
このファイターも女か。燃えるような赤い髪を回転させて突っ込んでいく。
だがやはり、女ファイターのダブルセイバーも、もちろん俺のソードも、手首野郎に大きなダメージは出せない。まったく硬ぇ野郎だぜ。
「アームは赤いところが弱点よ!」
女フォースが叫んだ。赤いところ? なるほど。確かに手首野郎、手首の切断面、つまり俺たちから見て後ろ側が赤く見える。あそこは中身が露出してるってわけか!
俺と女ファイターは手首野郎の足元(指元?)を走り抜けて後ろに回る。だが、手首野郎は空中をすいすいと移動しやがってなかなか後ろに貼り付けねえ。
「仕方ねえ、やってみるか!」
〈俺〉は画面の前で吼えた。サブパレットからスキルを発動させる。俺の掲げた剣が赤い光をまとい、その光が手首野郎の目の前にも現れてくるくると挑発するかのように回り始める。
ハンターのクラススキル、〈ウォークライ〉だ。
スキル発動後、すぐさま俺は手首野郎から距離をとる。するとどうだ!
来た来た来た! 来やがった!
距離をとった俺に向かって手首野郎がチョップ姿勢のまま空中を滑ってこっちに来た!
スキル〈ウォークライ〉は敵を挑発してひきつけるスキルだ。つまり、俺を追って来た手首野郎は女ファイターにケツを向ける格好だ!
手首野郎のチョップが俺に振り下ろされる。慌てずにソードを構えてガードする。ジャストタイミングとは行かなかったが、ダメージのほとんどは防いでやった。俺は軽傷ってところだ。
そこにすかさず女ファイターが飛びかかった。手首野郎の赤い部分、ケツめがけてダブルセイバー特有の流麗な乱舞が繰り出される!
おお! 今までからは想像すらできないダメージが飛び出しやがった! くー、女ファイターはさぞかしいい気分だろうなあ!
しかし俺の仕事は手首野郎をひきつけることだ。たいしたダメージにならないとは知りつつも手首野郎を正面から切り裂く。
「イル・グランツ!」
女フォースと思しきオートワードが技の名前を叫んだ。グランツは確か光系の攻撃テクニックだったか?
俺の後ろから手首野郎の指先めがけて光のつぶてが大量に飛んでいく。指先ではじけたつぶては手首野郎の硬さをものともせず結構なダメージを与えた。たまらず野郎の指先がはじけ飛んで真っ赤になるくらいだ。
「壊れた指先も弱点よ!」
女フォースが叫ぶ。なるほど、正面からの力押しも無しじゃねえってわけか!
「うおお!」
画面の前で〈俺〉が叫ぶ。画面の中でも俺が叫ぶ。
「ノヴァストライク!」
オートワードが技名を叫ぶ。〈ノヴァストライク〉、ソードのフォトンアーツ、必殺技のひとつだ。
最大二段階のチャージが可能で、手首野郎を攻撃しまくってた俺はチャージに必要な時間をほぼ一瞬で終わらせる条件をすでに整えていた。
放たれた最大チャージのフルスイングが手首野郎の指先を吹き飛ばす。一撃じゃ終わらない。振りぬいてそのまま回転。合計四回のフルスイングだ。
ただでさえデカイソードという武器で行われる四連続のフルスイングはそのままでもダメージがデカイ。指先の弱くなったところに全力で当たったもんだからその威力は押して知るべし、だ。
「グオオオオオ!」
急激に叫ばれた断末魔と共に、手首野郎が回転しながら縮こまって空中に消えていった。
倒したのか?
『おつかれさまです!』
オペレーターのアナウンスと共に、手首野郎のいたところに赤くてデカイ塊が置かれる。ボスエネミーのドロップアイテムを内包した結晶だ。宝箱みたいなもんか。
これが出たってことは倒したらしい。なるほど、野郎は殺せないかわりに撤退するっていう、ゲームじゃよくあるあれか。
〈俺〉は画面の前で一服する。
ふー。
煙草をふかして伸びをする。あー、ちと疲れたぜ。
画面に目を戻すと女フォースが話しかけてきていた。
「大丈夫ですか?」
大丈夫か? 何がだ?
一瞬考えて思い当たる。ボスを倒した途端に俺が動かなくなったから心配したんだな。
「ああ、大丈夫です。ちょっと一服、してました」
俺はすかさずチャットを返す。ゲームの中、と言うか、ネットの中の俺は礼儀正しい。〈俺〉本人は口が悪いしガサツだが、ネットなんて顔も知らねえ相手にいきなりこんな調子で話せるわけがない。こう見えて俺もネット生活は長いんだ。そういうことはわりと学んだ。
「そう。よかった^^」
女フォースが軽い顔文字で返してきた。
「グリムも大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
女フォースは女ファイターにも声を掛けていた。二人の名前を今更確認する。フォースがリコリス、ファイターがグリムというらしい。ゲームは頭の上に名前が浮かんでて便利だぜ。
二人の名前は共に青い。この青い名前ってのはパーティを組んでいる証だ。どうやらこの二人でパーティを組んでいるようだな。
「でも、初めてのファルス・アームでどきどきしました!」
このグリムってファイター、見た目と話し方のギャップがすげえな。大人びた女のキャラなのに、話し方は緊張した小動物みてえだ。それにこいつも手首野郎は初めてだったのか。
「助けてもらって、すいません」
俺は二人に礼をした。俺も人のことは言えねえな。中身と喋りが違いすぎるのはお互い様だ。
「気にしないで。ソロのときのボスエネミーはつらいから^^」
そんな会話をしながら俺はさりげなく二人のステータスを確認。グリムはレベル52か。俺と近いな。リコリスは――、うお!? こいつレベル75だ! カンストしてやがる! おまけにテクターか。フォースじゃねえんだな。あのレスタの回復力も納得だぜ。
「それじゃ、私達はこれで^^」
リコリスが告げる。俺も軽く挨拶を交わして、お互い別の方向へ走り去った。
●
運が悪い日ってのは、とことん運が悪いらしい。
俺は走っていた。後ろからはファルス・アーム、手首野郎が追いかけてくる。
「ちっくしょう! またかよ!」
あの二人と別れてエリアを移動して暫く、またもや手首野郎が出現していた。もちろん俺は一人。
「くそう、恨むぜ! 誰をとは言わねえが呪ってやるぜちくしょう!!」
ともかく俺は走る。こいつが強敵ってのはもうわかってる。すでに相手をする気なんざさらさらねえ。
どうせ回りに人もいねえし、突っ走ってエリアの最奥まで逃げおおせてやる。
『強力な敵性反応を探知しました!』
おい、そりゃねえだろ。
手首野郎から逃げる俺の目の前に、でかい図体の巨人がすっ飛んできて両手を打ち鳴らす。このプロレスラーみてえな目立ち方はロックベアか!
ロックベア。ナベリウス森林エリアの主の一体みてえな奴だ。岩のようなごつごつとした巨体でプロレス技みてえな攻撃を仕掛けてくる。一応名前からして熊なのか? どちらかといえば腕の長い巨人だ。
くそ! ともかく逃げてやる。ボスエネミーが二体いようが走り抜けちまえばこっちのもんだ。
ロックベアの足元を駆け抜ける。
強力な力を持つが鈍重なロックベアは俺についてこれない。このまま逃げおおせれば!
と思った瞬間、ロックベアのすぐ後ろ、曲がり角になった向こうから二人のアークスが走り寄ってきた。
げ、さっきの二人!
ボスエネミーの登場を察知してか、この現場に駆けつけたに違いない。不味い、このままじゃ二人をおいて俺だけ逃亡ってカッコわりい事態になっちまう!
「私がアームを引きつけるから! グリムはロックベアを!」
リコリスが指示すると同時に剣を抜き放つ。抜き放った剣が不可思議な光を発したかと思うと、連続ステップで一瞬にして手首野郎に斬りかかる。
おいおい、お前テクターじゃねえのかよ!? 支援魔法使いだろ!
そう思ってるうちにグリムもロックベアに突撃をかました。くそ、俺も戦うしかない!
「ありがとうございます!」
そう言って俺もロックベアに斬りかかった。こう言っとけば手助けに感謝みたいな感じでカッコはつくだろ?
二手に分かれての戦闘が始まった。
と言っても、ロックベアはボスエネミーの中じゃあ一番弱い奴だと言ってもいいようなやつだ。カンストレベルではないとはいえ二人がかりで戦えば楽なもんだ。
素早くロックベアを倒して手首野郎の方に振り向く。するとリコリスの戦いが目に入った。
すげえ、何だコイツ。
至近距離から片手で振るう剣の連撃で、もう手首野郎の指先はほぼ全部真っ赤だ。手首野郎自体が距離をとってもお構い無しに光のつぶてで赤く染まった指先を攻撃している。手首野郎の攻撃は全部素早いステップでかわされまくりだ。
万能超人かコイツ。
ともかく俺とグリムも手首野郎を攻撃する。もうだいぶダメージを与えていたようで、俺たちが参戦したとたんにサクッと倒してしまった。
「いやあ、同じ場所で二回もアームが出るなんて、出る日はでるものですねw」
リコリスが口にする。wなんかつけて苦笑のつもりか? 俺はちょっとわかったことがあるぞこの野郎。
「リコリスさん、一回目のアーム、手を抜いてました?」
俺はチャットで言ってやった。そう。多分手を抜いてたんだ。じゃなきゃ今の手首野郎がすぐに倒れるはずがない。
「あー、まあ、そうです。すみません^^;」
リコリスが謝る。ちょいと不愉快だぜ。なんで手を抜いてやがったのか。
「あ、あの!」
と、グリムが割り込んできた。
「リコリスさんは悪くないんです!」
悪くないらしい。しかし『!』の多い奴だなあ。
「私、リコリスさんにいろいろ教えてもらっていて! あまり手を出さないようにしてもらってたんです!」
ほう。ようするにリコリスはグリムに教えるためにわざと積極的に戦わなかったのか。二回目の手首野郎はボスが二体いたから本気を出したってことか。なるほど。
俺は合点がいった。ヘビーゲーマーではあるものの、こういう師弟関係? みたいなものは初めて見る。ちょっと面白い。
「ごめんなさい!」
グリムは謝った。いや、俺はもう合点がいったから怒る理由はないんだが。理由はないんだがその、片手を目の前にちょっとかざして「てへ」みたいなロビーアクションはなんだ。
「ほ、ほう?」
思わずチャットを打ってしまった。
「ああ!? 違うんです! 謝るロビアクしたかったんですけど! やってみたらこんなのが!」
グリムはごめんなさいを連打した。ふーむ。このグリムもひょっとして初心者なのか?
「えーっと、私からももう一度謝ります。すみません;」
リコリスが謝る。こっちは丁寧に頭を下げた。ああ、こっちのロビアクもあるのか。
「いえ、納得できたので、大丈夫ですw」
俺も返す。もう怒る理由はどこにもない。
しかし、オンラインゲームとはいえ師弟関係とかやってる奴がいるとは。なかなか面白いな。
「えっと、折角? ですし」
俺は切り出した。
「フレンド登録とか、どうですかね?」
「おお! フレンド!」
グリムが叫ぶ。
「いいんですか?」
リコリスの声に、俺は応えた。
「なんだか、ちょっと面白かったので、いいかなとw」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
今度のグリムはありがとうの連打だ。騒がしいけど面白い奴だな。
「じゃあ、折角ですしよろしくということでw」
リコリスの承諾も受けて、俺たちはフレンド登録をした。
実は半月やってきたPSO2経験の中で、初めてのフレンドなんだが、ま、いいじゃないか。
「PT入れてもらって、いいですか?」
PT、パーティの略語だ。ちょっとこいつらと一緒に行ってみたくなった。
「もちろん^^」
こうして俺たちはパーティを組んで森林の最奥まで探検した。リコリスは俺よりも強く、グリムは騒がしい。だが、とても面白いクエストだった。
また今度、声をかけてみようと思う。
to be continue...
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